12月に入りクリスマスも近づき街は賑いをみせている。
もちろん辺鄙な崖の上に建つBJの家も例外ではなく、ピノコが飾りつけだのケーキの予約だのに大忙しだ。
BJはそれを横目に我関せずとマイペースに日々を過ごしていた。
子供の頃ならまだしも、もうこの年になって特に浮かれることはない。
だが、ピノコが嬉しそうなのを邪魔するつもりもないし、彼女のクリスマスに対するささやかな望みは叶えてやるつもりだ。
ピノコにプレゼントを買っておいてやればいいだけのこと。
そして当日に彼女が用意した料理の数々に口をつければよいのだ。
そんなクリスマスも近いある日、キリコから電話がかかってきた。
随分久しぶりだった。
お互い忙しく、この数ヶ月会うことはなかった。
キリコが忙しいという事実は腹立たしく知りたくはないが、クリスマス時期に死を望む人は少ないのか電話口の彼は暇そうなことを言っていた。
それがなんだか嬉しい。
そんなBJにキリコは飲みに来ないかと誘ってきた。
勿論酒を飲むだけですまないことはわかっているが、機嫌がすこぶるよくなった上、かなりご無沙汰していたので、BJもまあいいかとばかりに素直に承諾して、キリコの家に向かった。
用意されたチーズや生ハムなどちょっと上等なツマミを肴に、やはりキリコが準備していた上等な酒を飲んでBJは上機嫌だった。
酒も肴も旨く、久々の会話も楽しい。
JBの機嫌の良さは満面の笑顔、などというわかりやすい現し方ではないから付き合いが短い人間には判断つかないだろうが、キリコには充分伝わっていた。
機嫌よく飲んで貰おうと思って準備したから、そのかいがあったというものだとキリコの機嫌も比例して良くなる。
そんな良い雰囲気のなかで、BJが思い出したように言った。
「そういえばピノコがお前さんをクリスマスディナーに招待したいとさ」
「それは光栄だな」
思わぬ招待に驚くが、なんだかむず痒い嬉しさが湧く。
あの娘が招待してくれるのは嬉しいが、当の家主はどう思っているんだろうか、とBJをみると、楽しそうにクスクスと笑っている。
なんだか嫌な予感がするキリコである。
よく考えれば、BJの「奥たん」を自称するあの娘は小さいながらも女だ。
彼とふたりきりでクリスマスを過ごしたいと思うに決まっているのに、なぜキリコを招待してくれたのか。
なんかおかしい。
その考えが表情に出たのか、BJのクスクス笑いは大きくなっていく。
「なにがおかしい?」
「いや、別に」
「なんか、おかしいぞ?なんであの子は俺をクリスマスに招待しようと思ったんだ」
悪戯気な目をしてBJは笑い声を消して、今度はニヤニヤと口元を歪めた。
「言えよ」
軽く睨みつけるとBJは面白そうに話し出した。
「キリコの家に飲みに言ってくる」
そう言うと、ピノコは「えーー」と抗議の声をあげた。
既に夕食の準備にとりかかっていて、あと30分もすればふたり分の夕食が出来上がるのである。
準備した側にすれば抗議するのは当然の権利。
それに今から行くとなると、一晩中飲み明かすとかで泊まりどころか帰ってくるのは明日の夕方近くなるだろう。
と、今までの経験からわかっている。
キリコは嫌いではない。
BJと異にして同の雰囲気を醸し出す唯一の男である彼を、BJを大好きなピノコが嫌いになれるはずはないのだ。
だが、いやだからこそ、BJを取られそうな感じがして自然と警戒心が湧いてしまう。
キリコが女だったら完全排除の対象だろう。男だから変な心配する必要はないのだが、とピノコ自身不思議なのだがなぜかそんな気がするのだ。
女のカンというのは怖ろしいものである。
そんなピノコの微妙な心境を察したBJは優しく言った。
「あいつはひとり暮らしだろう?」
「うん」
「あの年で妻も子もなく寂しいんだと思うんだ。特に今はクリスマスシーズンだからな。商売敵の私を誘うくらいだ。寂しさが身に染みるんだろうよ」
ちょっと驚いた顔をしたあとピノコは少し考え込んで、「行っていいわよさ」と外出を許可した。
そしてなにやらまた考え込んでいたようだったが、BJが家を出ようとしたときに
「こよしやのおいちゃんをクリスマスディナーに誘っていいのよさ」
と言ったのだ。
なんと心優しい娘だと、BJは感動を覚えずにいられなかった。
「お前さんなぁ」
ガックリと肩を落としてキリコは抗議の声をあげた。
誰が妻も子もない寂しい中年だ。<中年までは言ってない by BJ
失礼極まりない。
そんなに寂しい男ではないが・・・恋人と呼べる唯一の相手がこれだから仕方がない。
と、諦めの溜息を吐く。
彼の優しい娘の心遣い、親に似ずなんて出来た娘なのか。
行けば寂しい中年を肯定するようで癪だが、行かなければ彼女の心遣いを踏みつけることになる。
なんとも複雑な心境だ。
ニヤニヤ笑うBJをジロリと睨みつけるが、彼とクリスマスを過ごすという誘惑には勝てない。
「喜んでいかせてもらうよ」
苦々しくそう言うと、BJは声をあげて笑った。
上機嫌なBJの様子をみて、これはチャンスだとキリコは思った。
元々、これが目的で上等の酒とツマミを用意してBJを呼んだのである。
ソファーの後ろに隠し置いていた紙袋を取り出した。
「ブラック・ジャック」
「なんだ?」
「ディナーに呼んで貰ったしな。ちょっと早いがクリスマスプレゼントだ」
そう言って袋から取り出した綺麗にラッピングされた箱をBJへ差し出した。
ふいをつかれたBJはつい手を出したが、それが掌に乗せられる前に手を引く。
「おい?」
キリコの訝しげな声。
だが、BJの背筋には嫌な寒気がしたのだ。
本能が受け取るな、と言っている。
ような気がする。
「・・・いらん」
体ごと逃げるように後ずさりながらBJは受け取りを拒否する。
「なんでだよ、ホラッ」
箱を持ったキリコの腕が伸び、箱をBJの胸にトンと突きつけた。
いらんと再度拒否する前にキリコの腕は箱を残して去っていき、支えを失った箱はポトンとBJの膝に落ちた。
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