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階段を下りた先の薄暗い地下室。
コポコポと音を立て煙をはいているフラスコ。どろりとした茶色い液体の入ったビーカー。
白衣を着て、眼鏡をかけた男が真剣に機器の中を覗いている。
どうみても怪しい実験の最中である。
ルパンを呼びに来た五右エ門はあまりの怪しさに躊躇して、いったん開けた扉を思わず閉めようとした。
それを遮るように。
「出来た〜〜！！」
ルパンの嬉々とした叫び声があがった。
今にも小躍りしそうな様子でルパンは扉の方を振り向き、逃げ出す寸前の五右エ門を手招きした。
「ちょっとみてくれよ、俺様の最高傑作をよ！」
「いや、いい」
「なに警戒してるんだよ、チョコだよ、チョコ！」
はぁぁ？
意味のわからぬルパンの言葉に五右エ門は大きく首を傾げた。
たしかそんな国名もあったっけか。いや、あれはチェコだ、チェコ。
チョコといえば、やっぱりチョコレートしか思い浮かばない。
そこまで考えて、ようやく五右エ門は気がついた。
部屋を満たしてる甘ったるい香り。それは確かにチョコレートの香りである。
ルパンがさっきまで覗き込んでいた装置をあけると、その香りは強烈になった。
「ホラ、うまそうだろ？」
装置の中から取り出した大きな四角い皿のようなものを机にドンと置いてルパンが胸を張った。
いつでも逃げ出せる体勢でそろそろと近づき覗き込むと、小さくて綺麗なチョコレートが幾つも並んでいる。
「なんだ、これは？」
「みてわからねぇのか？チョコよ、チョコレート！！」
「それはわかるが・・・」
わからないのは台所でなく、こんな地下のルパン専用研究室で作っているかということである。
もしかしてこれはチョコ型の爆弾か！？
と五右エ門は小さいチョコレートを睨みつけた。
「ま、いろいろ理由はあらぁな。そのひとつは不二子ちゃんに知られたくないってやつだ」
「不二子？」
「そう。いつ遊びにくるかわからないからな。サプライズでこっそり、当日びっくりってのを狙ったわけ」
不二子に作っていることを知られたくなかった。
そしてこのチョコレートは不二子へのプレゼントらしい。
ということは理解した侍である。
だが、なぜルパンがチョコレートを作るのか、なぜ不二子にそれを渡すのかがわからない。
未だ疑問符だらけの五右エ門の様子に、ルパンはふーと小さく溜息を吐いた。
やっぱりこの侍はイベント事に弱いらしい。
それが彼らしいといえば彼らしいのだが、そんなんだから女が出来ないんだ。マメじゃない男はすぐ振られるもんだ。
と思うが、目下侍が付き合っているのは男の次元だから問題ないのかもしれない。
「バレンタイン。知らねぇ？」
「・・・知っておる」
言われてようやく五右エ門は思い出す。そういえばもうすぐ２月１４日だ。
海外では違うらしいが、日本のバレンタインは女性から男性へ愛を込めてチョコレートを渡す日だ。
と、昔みんなに教わった。
「そうだよな、教えたもんな」
「だが、おぬしは男だろう？」
「馬鹿だなぁ。皆と同じことして何が楽しいんだよ。男から女にってのが意外でばっちり女心を掴むもんだぜ？」
不二子の心がチョコレートくらいで掴めるとは思えないが。
そんな考えが表情に出たのか、ルパンはニヤリと笑ってみせた。
「最高の食事にスイートルーム。窓からは夜景がみえちゃったりしてよ。
プレゼントは薔薇の花。メインは不二子ちゃんが欲しがっていた豪華ダイヤのネックレス。
そしてサプライズで俺様手作りのチョコレート！指に絆創膏なんかしちゃってたら女心擽りまくりよ！」
成る程。なかなか頭を使っている。
不二子から貰うという発想がないところが、夢見がちなのか現実的なのかわからないところだが。
絆創膏貼るにも怪我ひとつしてないルパンの手を見ながら、五右エ門は呆れるやら感心するやらだ。
「五右エ門、甘い物好きだったよな。味見する？自慢の出来だぜ？」
甘いものは確かに好きだ。
そしてルパンの手作りというところにも興味を惹かれる。
だが、この研究室で料理器具でない器具で作られた品だ。果たして食べられるのだろうか。
「作ってる最中、何度も味見したからな。味は保障するぜ？」
ニヤリと笑ってルパンは大皿を五右エ門に差し出す。
小さくて綺麗なチョコレートはまるで市販のもののようで、手作りには見えない出来だ。
喰うか、喰わぬか、ムムムムと考え込んだ侍だったが、甘いチョコの香りと好奇心に負けて一粒摘んだのだった。
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