ルパンが新しい仲間に天然記念物の侍をゲットして数ヶ月。
ようやく仲間としての意識が芽生えはじめた頃。
この数ヶ月の五右エ門の言動を観察して導きだされた結論。
というか、提案。
それをルパンは五右エ門に切り出そうと決心した。
「五右エ門」
呼びかけるとソファーの上に胡坐を組んだ五右エ門が、瞑っていた目を開きルパンをみた。
返事はないが、視線がなんだと問いかけている。
無口なヤツだなぁと苦笑しながら、ルパンは五右エ門の前のソファーに腰を下ろした。
「おまえさあ、いつも和服だけど洋装したことってあるか」
ルパンの質問を聞いて、銃の手入れをしていた次元の手がとまる。
それは次元も常々思っていたことだったからだ。興味がある。
「・・・・・・・・・」
長い沈黙が続く。
五右エ門は答えない。
そんな難しい質問をしたわけではないのだが、と侍の目を覗き込むと焦点がほんの少しずれている。
そしてややあって。
「ある」
と答えた。
どんな遠い記憶を引き出していたのかは突っ込まないが、この侍が洋服をほとんど着たことがないことはこれで証明された。
「おまえさぁ、和服やめて洋服きない?」
「・・・なぜでござる」
焦点を戻し、訝しげに五右エ門が問うた。
「目立つんだよね〜、その格好。特に外国ともなると目立ちまくりよ?」
「断る」
有無を言わせぬ力強さで、五右エ門は当たり前のように拒否した。
だが、ルパンも簡単には引き下がらない。
時代錯誤なその服装は日本でも十分目立つのに、日本国外ともなったらどんなことになるのか。
よく考えれば、いやよく考えなくても十分想像がつくからだ。
「どろぼーさんが目立っちゃだめでしょ?」
諭すようなルパンの言葉に、五右エ門はふっと笑った。
怒り出すと思っていたが、まさか笑うとは思っていなかったルパンが目を丸くすると。
「真っ赤なジャケットのおぬしと全身真っ黒な次元。目立ってないと思っているのか。自分達のことを棚にあげるな」
流石にルパンもグッと詰まる。
確かに自分達も十分目立っているだろうということはわかっている。
だが、自分達と五右エ門とは目立つ種類が違うと思うのだ。
「でもさあ」
「では聞くが、次元」
ルパンの言葉を遮って、五右エ門は少し離れたところに座る次元へ声をかけた。
「え、俺?」
いきなりのご指名に戸惑うが、五右エ門は気にせずそのまま問いかける。
「おぬし、今後ルパンと同じ格好をしろと言われたらどうする?」
「はぁ?」
と間抜けな声を発してから、次元は視線をルパンに向けた。
真っ赤なジャケット。
真っ青なシャツ。
そして黄色いネクタイ。
改めてみるとなんという組み合わせ、なんという配色。
「こんなイカレタ格好なんて冗談じゃねえ、俺はそれほどセンス悪くねぇ」
帽子のつばを親指で持ち上げ、嫌そうにルパンを眺める次元。
心底嫌そうな口調と目つき、そしてそのままズバリな台詞。
ルパンのコメカミにビキリと血管の筋が浮き上がった。
「なんだと、お前だって上から下まで真っ黒で辛気臭いったらねぇじゃねぇか!」
叫ぶルパンに五右エ門から新しい問いかけ。
「ルパン、今後次元と同じ格好をしろと言われたら」
「お断りだね!葬式かってーの!」
速攻拒否され次元のコメカミにも血管の筋が浮き上がる。
「なんだとっ!?」
「なんだっ!!」
ズサッと立ち上がり、お互い仁王立ちで睨みあう。
目からバチバチと火花が飛び散りそうな勢いだ。
そんなふたりの耳に。
「わかったか?」
と、冷静な声がかかる。
「なに?」
睨みあいをギギギととき、いまだ悠然とソファーに座る五右エ門をみる。
侍はそれみろ、といった表情を浮かべている。
「自分に合ったものというものがある。他人に強制されるものではなかろう」
確かに。
それはわかっていた。そのうえでの提案だったのだが、五右エ門がここまで冷静に対応するとは思わなかった。
逆上すればやりやすかったのに、まだまだ侍の扱いの修行が足らなかったな、とルパンは思った。
「わかった。悪かった・・・・・・だがよ、五右エ門」
話は終わったとばかりに目を閉じかけていた五右エ門は、再び目を開きルパンをみた。
「なんだ、まだ文句があるのでござるか」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せる五右エ門にルパンはヘラっと笑いかける。
「ないけどよ、今後仕事で変装する機会は山ほどあるぜ?洋装にも慣れとかなきゃそのとき困るぜ?」
「・・・」
「和服をやめろとはもう言わねぇけどよ、ちょーっと洋服に慣れとこうか」
再び長い沈黙。
だが、さっきほどは長くかからず侍は答えた。
「・・・洋装は好かぬ」
「なんで?」
「体中締め付けられて苦しい」
ルパンと次元の目がキョトンとなる。
洋服が体を締め付けて苦しいなんて初めて聞く言葉だ。
確かに五右エ門は、胸元を大きくあけてるし、袴もまるでキュロットスカートのようだ。
腰こそ締めているが、確かに五右エ門の格好は全体的に余裕がある。
「苦しいのか?」
「ああ」
「じゃあ、益々なれとかなきゃなんねぇな」
にっこりとルパンが笑いかける。
『ニヤリ』じゃなく『にっこり』というところが、五右エ門から反撃力を奪った。
「いざというとき苦しい嫌だじゃ駄目だろ?修行と同じさ。いざというときのために日々鍛錬しなきゃぁな」
「・・・どうしろというのだ」
「今日は30分、明日は1時間、みたいな感じで洋装に慣れようぜ。とりあえず俺の服を貸してあげるからさ」
仲間に加わって数ヶ月。
五右エ門にだってそれなりの仲間としての自覚は出来てるし、ルパンの言っていることも間違いじゃない。
彼らと何度か仕事をして『変装』というのがいかに重要であるかもわかっているから、しぶしぶながらではあるが頷く。
「・・・あの赤いのか」
いくらなんでもあの色はいただけない。
修行といえど苦行すぎると五右エ門は眉間の皺を深くした。
「なんだよ、嫌なのかよ」
「嫌に決まってんじゃねぇか、あんな組み合わせを着て平気なのはお前くらいだぜ」
侍に代わって、次元がさも当たり前だろうというように答えた。
「なんだと?!」
次元は立ち上がると、睨むルパンを無視して五右エ門へ歩みより、横から顔を覗き込む。
「じゃあ俺のはどうだ、五右エ門」
五右エ門は次元に顔を向けると、小さく頷いた。
ルパンの不満げな叫びを背に次元は部屋を出て行ったが、すぐに戻って来る。
「ほらよ」
バサリとシャツと黒いスーツ上下がソファーに放られた。
「着かたわかるか?」
「・・・わかる」
五右エ門は服を手にしてじっと暫く眺めたあと、ゆっくりと立ち上がった。
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