少し似通っているところがあるというだけで。
あいつを想い出し、微かに懐かしさを感じるなんて。
そんな自分に反吐が出る。

 
 

Road to the end [4]



 
シエルが先生と呼んだ青年は、やはり気恥ずかしそうな表情をしたがそれ以上は何も云わない。
診察のついでにお茶に呼ばれたこの医者と、シエルは何度か顔を合わせ、神父を交えて何気ない会話を楽しんだりした。
あまり人と接触しない日々を送っているシエルには、医者になるだけには頭も良く、善良で正直な性質のこの青年が嫌いではなかった。
ただ外見が。名前だけでなく、二十代半ばを過ぎた年齢やスラリとした体躯や身長などが、シエルの執事だった悪魔と妙に似ていて、あまり心穏やかでいられないのだ。
だから名前で呼ぶなんてとんでもないことだった。そんなことをしたら益々思い比べてしまいそうだ。
「薔薇を見てらっしゃったのですか、先生」
「ええ。いつも数本持ち帰って診療所に飾るんです」
人の手で育てられ品種改良が加えられた薔薇は大振りで美しいが、元々の姿で咲く野薔薇も生命力に満ち溢れていて美しい。
見栄えする美しさではなく、生き生きとした自然の美しさだ。
群生する野薔薇を眺めるシエルの口角は自然にあがっていく。
子供とはいえ、見目麗しい少年がゆるりと微笑む様は、それだけである意味見応えがある。
無意識に見惚れている医者の視線に気がつき、シエルが顔を向けると、青年は慌てたように目を逸らした。
「どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないです!」
あまり自分の美醜に関心がないシエルは青年の視線に意味に気がつかず、反対に『人間らしくない何かが見えたのだろうか』とそっと指で隻眼に触れた。
「そういえば、教会の外でお会いするのは初めてですね」
何かを誤魔化すようにハハハと笑いながら青年は云った。云った後にそういえば、と思う。
薄暗い教会の中でお茶をご一緒したときも綺麗な子供だと思ったが、こう太陽の下、余すところなく晒された少年は蒼い瞳も白い肌もその造詣もすべてが人間と思えないほど美しい。
話題を変えたつもりが思考は同一方向のままで、そんな自分に気がついた青年はひとりアワアワと慌てた。
その手から摘んだばかりの野薔薇が滑り落ちる。
少々挙動不審な医者を訝しく思いながらも、地面に散らばった野薔薇のことを指摘して一歩踏み出したシエルは次の瞬間、ぐらりと傾いた。
シエルの接近に動揺した青年が振った手が偶然当たったのだ。
無意識なだけに意外に力が篭っていたのだろう、軽いシエルの体はその勢いに耐えられなかった。
「っ!」
バランスを取ろうとして失敗したシエルはそのまま地面へ倒れ込む。
妙な体制のまま転んだのか、右足首に激痛が走った。
「伯爵!!」
青年は真っ青は貌をして、蹲るシエルの前に膝をついた。
「すみません、大丈夫ですかっ!?」
いくら悪魔であっても、怪我もすぐに治るとはいえ痛みを感じないわけではない。
以前、セバスチャンが云っていた台詞をシエルは思い出す。確かに痛い。
苦痛に軽く歪んだシエルの表情と少し捩れた位置にある足首をみて、青年は小さい躯をヒョイと抱き上げた。
「なっ!」
「すみません、ここじゃ汚れますからあの木陰に」
シエルを抱いたまま足早に大木へ近づくと、そっとその根元に足を伸ばさせた状態で座らせる。
さすが医者というべきか、手馴れた様子で、それでも丁寧にゆっくりとブーツ脱がせた。
青年が細い足首に触れると熱を持っている。それに軽く腫れている。
連れて来られる間の軽い振動でも痛んだ足首に、捻挫したなとシエルは思ったが、医者の診断も同じだったらしい。
「足を挫かれてますね。すみません、私のせいで」
「いえ、先生のせいではありませんよ」
今は痛いがすぐに治るのだし、という思いがあるシエルの言葉だったが、青年は気休めにもならなかった。
医者のくせに怪我を、それも子供に怪我をさせるなんてとんでもないことだ。
「治療します!診療所まで少し我慢してください」
青年はふたたびシエルを抱き上げた。まるで大事な壊れ物を扱うかのように膝裏と背中を支えたそれは、いわゆるお姫様抱っこ。
シエルは少し慌てたが、ここで治療を拒否しては不自然だと、すぐに大人しくなった。
歩きはじめた青年の腕の中で揺れる世界を見る。
視線の高さ。しっかりと抱える腕の感触。そしてシエルの頬が触れる男の胸板から肩にかかるライン。
体型が似ているだけによく馴染んだ感触と感覚だ。シエルはまた執事だった悪魔を思い出す。
セバスチャンもよく、ことあるごとにシエルを腕に抱きかかえていた。
相手は人外、それも悪魔だというのに、シエルは嫌悪感も違和感も持たず当たり前のようにその腕の中にいた。
懐かしくさえ感じるその感覚に、シエルは自らを嫌悪し、眉間に皺を寄せながら目を閉じる。
「大丈夫ですか?」
シエルの様子から痛むのだと勘違いした青年から心配そうな声がかけられる。
『大丈夫』
そう答えようと貌をあげた視界からあっという間に青年の貌が遠ざかった。

「大丈夫です、私が参りましたから」

今まで青年の腕の中にいたはずなのに、その青年は少し離れた所で驚いた貌をしてこちらを見ている。
その腕はまだなにかを抱いているかのような形をしているが、そこにはもう何もない。
それなのに。シエルはまだ誰かに同じように抱きかかえられていた。
視線の高さも視界の端に映る男の体も同じだが、頭から降りかかる声が、衣服越しに伝えてくる体温の低さが違った。

「・・・・・・セバスチャン」
「はい」
「あっ、はい!」

シエルの呼びかけにふたつの声が返事をする。
自分を抱く男がクスリと笑ったのが、振動でシエルに伝わって来た。

「申し遅れました。私はこの方の執事。セバスチャン・ミカエリスと申します」

上質な燕尾服を着た品の良い男の放った挨拶に、青年がホッとしたような表情を浮かべた。
呆然とした後にいったい何者かと慌てたのだろうが、執事然としている姿に疑う余地はないらしい。
青年がにこやかに挨拶を返したあとすぐにシエルの怪我について説明し謝る姿を、シエルはずっと見ていたがふたりの会話も何も耳に入っていなかった。
当たり前のように自分を抱き、自分の執事だと、セバスチャン・ミカエリスだと名乗る悪魔への感情が胸を渦巻いていたのだ。
自然と地を這うような低い声が出た。

「・・・貴様、どういうつもりだ」
「と、おっしゃいますと?」

笑いを含んだ声も、鼻につく言い回しも、すべて覚えがあるものだ。
何も変らない。いや、変ったのか?
少なくともこの悪魔の態度はシエルが人間であった頃の態度と同じものだ。契約書を突き返した頃のものとは違っている。
だが。既に右目に契約書ははない。それなのにシエルが与えた名を名乗り、執事だと言い切る悪魔の考えが読めない。

「離せ」
「まさか。怪我をしている主人を離すことなどできませんよ」
「うるさい!お前はもう僕の執事なんかじゃっ」

怒鳴りながら貌をあげたシエルの視界いっぱいにセバスチャンの貌があった。
久しぶりに見る貌だ。契約してから三年半。見飽きるほど毎日見ていた貌だ。
しかし、その表情を見たシエルの言葉は途中で止まった。
声色も雰囲気もすべてが以前通りで執事然としていたし、目の前にある表情も笑いの形を取っているのだが、目が。
シエルを見つめる、赤く光る目が深い怒りを含んでいるのだ。

「では、坊ちゃん。参りましょうか」

悪魔はそう云うとにっこりと綺麗に微笑んだ。



診療所まで案内しますと青年が小道の先に視線を送り再び振り返ったときには、既にふたりの姿はなかった。
 



[5]へ
 
 

最後への道 -再会-

 








■なかがき

ようやくセバスチャン登場。

怪我をしているとはいえ他の男の腕の中にいるシエルを見て嫉妬丸出しで奪い返すセバス。
実はこのシーンが先に頭にあって書き出した話だったりします。
なので、私的には達成感というか終わった感というか・・・そんな感じ(笑)
ま、とりあえず再会できて良かったね、的な(^^)





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