死にたい訳ではない。
ただ生きて逝く方法が知りたいだけ。
それには選択肢が多いほうが都合が良い。

 
 

Road to the end [3]



 
シエルが単独行動を取るようになって随分経つ。
悪魔になった身では体が成長するでもなく、人間のときのように分刻みでスケジュールをこなす訳でもない日々の中では、どれだけの時間が経ったのかよくわからない。
だが幾つかの季節を越えたことは確かだ。
人間であった頃のシエルは自分一人では何も出来ない子供だった。
持って生まれた権力や身の回りにあるすべてのもの、召還した悪魔の力さえ利用して、伯爵としての女王の番犬としての役割を果たして来たが、身分が通用しない世の中に放り出されればただの世間知らずの子供であったことは、パリでセバスチャンに置き捨てられたときに証明されている。
契約主が気に入らないと契約も命令も無視してシエルを見捨てたセバスチャンと、魂の報酬がなくなってもまだ命令という鎖に繋がれて悪魔の執事となったセバスチャンが同一人物だと思うと、今でも失笑しそうになる。
人間に囲まれ人間として日々を送り、悪魔のくせにある意味人間臭くなったのかもしれない。

「馬鹿な悪魔だ」

シエルは契約印ごと捨てた右目を眼帯の上から触れながらセバスチャンのことを思い出す。
あの悪魔の聖地で、あの見知らぬ悪魔が云った言葉がどうしても忘れられない。
放っておけばいい事柄なのに、刺さった小さな棘のようにたまにチクリとシエルの心を刺激するのだ。
いつも影のように傍にいた存在。
その正体が悪魔で、その目的がシエルの魂だったとしても、シエルにとってはどうでもいいことだった。
駒として優秀で決して自分を裏切らないのであれば、ただそれだけで良かった。
だがあまりに身近な存在として共にあったから、離れた後に軽い喪失感がシエルを襲ったのは確かだ。

「いや、もうあいつとは関係ない」

脳内に張り付く思考を振り払うようにシエルは頭を振った。
悪魔となったシエルにはもう執事など必要ない。
ひとりで生きて逝く。それだけの力が今のシエルには在る。

悪魔になって連れて行かれたあの屋敷で。
セバスチャンから魔力の扱い方、コントロールの仕方を教えられながら、執事として身の回りの世話をするその所作もひとつひとつ覚えていった。
服を着て、髪を整え、歯を磨き、入浴する。
誰もが出来る当たり前のことを貴族として育ったシエルは出来なかったが、一人で生きて行くからにはそんなことは云っていられないと、見て必死で覚えた。
だから今は一人でもどうにか自分の身の回りの事くらいは出来るようになった。
とはいえ、子供の姿のままだと世間一般には舐められることは嫌という程知っているから、人前に出る途ときは今まで通り貴族然として振舞うようにしている。
ただの子供より貴族の、それも爵位を持つ子供という方が断然扱いが違うからだ。

普段は人里離れた場所で魔力を使う練習をして日々を過ごす。
セバスチャンに教えられた事を元に自分なりにアレンジし、新しい事にチャレンジするのは結果が出る分なかなか楽しいものだ。
それでもたまに飽きてくると人里の降り、ある事柄について調べるために短い旅をする。その行き先のほとんどが教会であるというのは悪魔になったシエルにとってはジョークみたいなことではあるのだが。
人間とはどうしても権力に弱いもので、それは聖職者であっても例外ではない。
爵位を盾に、なんとなく自分の背後にいる人物を匂わせる。
『誰』とも云わずともそれなりの態度を取ると、相手は勝手に背後の人物を感じ取るのだ。
馬鹿馬鹿しい限りだしいつまで通用するかわからないが、ばれたらばれた時で、とりあえずこの手が使える限りは使うつもりだ。

「過去の事例はそれなりに面白いが・・・人間にはやはり悪魔は消滅させることが出来ないということか」

分厚い本の最後のページを捲って溜息をつく。
いくつもの悪魔祓いの教会を廻って旅したシエルが出した結論だ。

黴臭い書庫の中にある書物や覚書などは非常に興味深く面白かった。
悪魔祓いに関する報告書だけに限らず、進化論否定の論文の写しや他宗派教義の解説など、記録は多岐に渡っていた。
教会の闇の部分、悪魔祓いを請け負う教会だからなのか、保管されていたそれらはシエルの知的好奇心を満足させてくれた。
一番知りたかった情報は得ることは出来なかったが、最初からあまり期待はしていなかったので落胆はしていない。いい暇つぶしにはなったとシエルは思っていた。

悪魔を消滅させる方法は『悪魔の剣』と『デスサイズ』。
セバスチャンも知らない、これ意外の方法があれば面白いと旅して回ったが、結局新たな情報は得られなかった。
別に消滅する方法を知って何かをしようという事ではないし、少なくとも死にたい訳でもない。
そう、まだ死にたいとは思わない・・・今は。
だが、聡いシエルは思うのだ。
永遠に続く命の果てにあるものはなんなのだろうか、と。
権力や金を手にした人間が最後に求めるものは『永遠の命』だという。
人間で在った頃のシエルはそれが愚かしいことだと思っていたし、悪魔になった今でも思っている。
たった13年半の短い人生さえ、シエルにとっては長く辛い、そして幸せな日々だった。
慈しんでくれた両親や優しく接してくれた屋敷の召使、それらを一気に失ったときの、すべてに置いて逝かれ自分ひとりだけ残ったという絶望感と喪失感。
それが悪魔としての長い生の中で繰り返されるであろうことは予想がつく。
だからこそ、人間として生きた場所も周りの人々も全て捨てて来たのだ。
少しでも心を残さずにいられるように。シエルが愛し心を寄せた人々がいなくなるのをこの目で見なくて済むように。
永遠の生の果てに何も見出せず、自分が知る悪魔達のように退屈を持て余し、ただ在るだけの存在になるのなら。
そのときは自分の生を終わらせるつもりだ。
だからそのときのために『悪魔を消滅させる方法』というものを知りたかった。

だが、この方面からはもう何も手がかりはつかめまい。
とはいえ、まだ別の切り口を見つければその方向から調べることは出来るだろう。
時間は腐るほどたっぷりとある。思いついたときにまた旅に出ればいい。
この筋での調査はこれまでだ、とシエルはバタンと音を立てて最後の本を閉じた。

*

シエルが人間らしく貴族らしく見せるために、暗示をかけて操った御者が迎えに来るのは明日。
礼と何も見つからなかった旨を伝え、あと一晩やっかいになりたいと云うと神父は気持ち良く了承してくれた。
かたいパンに豆のスープ。硬いベッド。薄い掛布。
そんな質素な教会の暮らしに文句もひとつ云わず嫌な顔も見せぬ幼い伯爵に厚意を抱いたらしい。
せっかくですからお時間があるのなら散歩をされては如何ですか。ここら辺は田舎ですが、この先の野薔薇はとても美しく、今がちょうど見事なのです。
そう神父に勧められ、シエルは素直に外出してみることにした。
どうせ明日まですることはないのだし、湿った黴臭い部屋に篭っていたから外の空気を吸うのも良いと思ったのだ。
数日振りに陽の光を浴びながら、神父に教えられた道を歩く。
夕方近い時間だが、陽はまだ燦燦と降り注いでいて眩しいくらいだ。土や緑の匂いが清清しく鼻腔を擽ってくる。
その匂いに薔薇の密やかな香りが混じりだし、シエルに目的地が近いことを伝えた。
大きな大木を回り込むように蛇行する小道を曲がると、そこには小さな可愛い花をつけた野薔薇の群生があった。
そしてその前に薔薇を覗き込むように腰を屈めた男の背中が見えた。
「セバ・・・」
名を呼ぼうとして、すぐにその名の持つ響きに気がつき止める。
シエルの声を聞きとった青年はゆっくりと振り返った。見知った青年だ。
「こんにちは、伯爵。お散歩ですか?」
「先生はこんなところで何をされているのですか?」
腰の具合が悪いという神父の診察に何度か教会を訪れた若い医者である。
医者の免許を取ったばかりで、修行の一環として知り合いの老医者の下で働いているらしい。
「先生なんてやめてください。セバスチャンと呼んでください」
なんの悪い冗談か、悪魔につけた名と同じ名前を持つこの医者は、爵位を持つシエルに「先生」と呼ばれるのがくすぐったいらしい。
「僕は若輩者ですし、立派な医者である貴方を名前で呼ぶことなどできませんよ、先生」
シエルは穏やかで人の良さそうな青年に苦笑を浮かべてみせた。
 



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最後への道 -シエルの決意-

 








 





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