今にして思えば、単に夢でよかったと思っている。けれど、現実を見ると・・・

真っ青な空、明るい太陽。なのにボクは憂鬱だった。
「毎朝・・・なんでこんな気持ちになるんだ?」
今日もどんよりとした気持ちで学校に向かっている。
ボクの名は、篠崎 徹(しのざき とおる)16歳。
今年県立霜村高校に進学したばかりの高校一年生。
普通、新入生となれば希望に溢れた気持ちで門に入るって言うけど今の僕にとっては最悪だ。
必死で勉強してこの県屈指の進学校に入学したのに最初の自己紹介であんな事がなければなぁ。

「えーっと名前は篠崎徹です。うーーー、○○中学校から来ました。
み、皆さん宜しく・・・・お願い・・・・します」
とボクが自己紹介した時、教室中がざわめいた。女子なんかクスクスと笑っている。
そう、喋り方が変だったのだ。
もともと、背が低く(そうは言っても160センチはあったけど)華奢であったので中学の頃はよくイジメられた。
それが嫌で必死に勉強していたんだけど。
元々人見知りするタイプだったので大勢の前では何を言っているのかわからない事がたびたびあった。
これもイジメ原因の一つなんだけど、もっと深刻なのがあった。
容姿って言うか、顔が女性のような顔つきなのである。
長い睫毛・小さい唇、凛とした鼻。
たしかに美形の部類は入るけど、性格が大人しいかったから、「女男」とか言われてからかわれていた。
思えば、小さい頃にはよく他人に女の子と間違えられていた。
そのためなのか四つ違いの姉や母親に女の子用の着物やら洋服を着せられたりもしていた。
ううっ・・・今でも思い出したくない。

「・・・・学校に行くのがいやだなぁ」
溜息を付きながら学校へ向かう。足取りは遅い。
「そう言えば、昨夜の事は本当の事なのだろうか?夢じゃないのか?
昨夜・・・・自宅の自分の部屋にて。
ボクの机の上には一つのタラブローチがある。
2年前に亡くなった母の形見だ。銀色で真ん中には真紅のオパールが埋め込まれていてなかなかの物だ。
何でも母の父親、つまり祖父が考古学者で、ヨーロッパの遺跡の発掘中に偶然これを見つけたそうだ。
今でもそうだけど、遺跡の発掘品は個人が勝手に持ち出せない。
にもかかわらずお爺さんはこのブローチの魅力に負けて、密かに持ち出していたそうだ。犯罪だよな・・これ。
「不思議だな・・・」
しげしげと見る・・・真紅のオパールは、まるで炎のような輝きを放っていた。
「でも、なんでボクなんかに・・・姉さんにでも、あげてもいいのにな」

今でも覚えている、あの時の事を。
それは病気で長い間入院中の母が家に帰ってきた時だ。
医者はもう長くないので自宅で最後を迎えた方がよいと判断したという。
母は家に帰るなり、ボクを自分が寝ていた部屋に呼んだ。
「とーるちゃん、これをあなたにあげるわ。わたしももう長くないから、持っていても駄目なの。
このブローチは、『妖精の炎』といってね、昔、これに願い事をすれば、叶えられると言う伝説があったそうよ」
「だったら、母さんがブローチにお願いすればいいじゃん。重い病気なんでしょ?」
「ううん。わたしではもう駄目なの。今まで持っていたけど何も起こらなかったわ」
「でも、あなたなら使えると思うの」
「どうして?」
「このブローチはね、願い事は一つしか出来ないそうよ。そして条件は・・・」
「条件は?」
「純真な乙女でないと駄目みたいなの(笑)」
それを聞いた時、僕は遠い目になった。

結局、母さんはボクの事を最後まで女の子扱いだったんだよな」
ブローチを見ながら呟く。結局そのまま姉にでも渡してもよかったけど思い出の品なので、そのまま手元に置いていた。
「でも、本当に願い事なんて叶うのかな? 眉唾ものだけど」
ベッドの上で寝転びながらブローチをかざしていると・・・・
・・・ピシ!!・・・・・
っと鈍い音がした。
「なんだ? あ、オパールにひびが・・・・あー、あー勿体ない」
真紅のオパールには筋のようなひびが出来ていた。だが、次の瞬間。
・・・・・ピカーーーーーーー!!・・・・・・
「うわぁぁぁぁーーーーーーー!!」
ブローチが物凄い光を発したと思ったら、次の瞬間には見たことのない空間に来ていた。
「ここは・・・・」
「ふうん。何だ男の子か。あたしはてっきり女の子かと思ったけど」
「誰だ!! どこにいる?」
不意に聞こえた声に思わず大声を出す。だが周りには誰もいない。
「あれ? ちょっとアンタ!ちゃんとあたしの事が見えないの?」
「見えない!!(きっぱり)」
「もう、よく見てよ!足元を」
「足元・・・・ってオイ!!お前は」
言われたように視線を下げると、そこには身長が15センチくらいの金髪の女の子がいた。
まるで絵本に出てくる妖精のような姿だよな。
「察しがいいわね。自己紹介をしとかないと駄目かな?
あたしの名前はベラ。貴方たち人間の言う『妖精』って言った方が良いかしら?」
なんだ? まだ何も言ってないのに一方的な。もしかして心を読まれた?
「持ち主の心なんてわかるわよ。あ、プライバシーの保護は厳重だから安心してね♪」
心を読んでいるくせに、プライバシーの保護とは。ちっちゃいくせによく言うよ。

「あーー!! アンタ、あたしの事をちっちゃいと思ったでしょ?」
「酷い!! 500年ぶりに解放してくれたのに(泣)」
「ちょと、何だよ? 500年ぶりって・・・」

彼女が言うには、500年前一人の聖職者によってブローチに封印されたらしい。
当時の聖職者は名ばかりで腐敗していたから、いろいろな要求をされていたようだ。

「で、ある奴なんか酷いのよ!あたしに無理難題も出してきたの。
それであたしは怒って『純真な乙女でなければ願いを叶いません』って言ってやったわ」
「そうしたら?」
「そのまま、ブローチごとポイ捨て!! 以後ずーっと土の中だったの」
なんだか、妖精の愚痴を聞いているような気がするけど。
ん? そう言えば願い事を叶えてくれるはずでは?
「あ、忘れていたわ。そうねぇ折角解放してくれたから、お礼に妖精の力をアンタにあげるわ」
妖精の力って・・・一体?
ちょ、ちょっと、待ってよ!!まだボクは願い事は言ってないぞ!
「イイって!遠慮はしないの。まぁ、妖精の力って人間には言っても無理みたいだけどね。論より証拠。では!!」
ベルは右手を翳すと巨大な光の姿となり、僕はその光に飲み込まれた。
「うわぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」
気が付くと元の自分の部屋に戻っていた。だがベッドの上には有るべき物がない。
「あ、ブローチがない!って事はこれって夢・・・じゃないよな」
「たしかに、ボクは光に飲み込まれたんだよな」
しげしげと自分の体を見ながら、体を触る。いつもの自分だ。
「なんでもない。やっぱ夢かな?」
ベラはボクに妖精の力を与えたって言ったけど・・・何にもないじゃん。詐欺じゃないのか?
などと腹を立てつつ、その日はそのまま寝てしまった。

昨夜の事を思い出しつつ、同時に日々の憂鬱な気分になりながら教室に入る。
すると、いきなりクラスの連中がざわめきだす。
「よーーー!!女男の登校だ」
「とーるちゃ〜ん♪ 女の子なんだから制服が違うよ〜ん」
「篠崎!今度は下着も変えてこいよな。ククク・・・」
などと言っているのは、クラスの実質的中心人物の 川原 武 (かわはら たけし)。
ボクにとってはムカツク連中の親玉。
この間なんか、腹を立ててコイツに向かって殴りに掛かった事があったけど、簡単にあしらわれてしまった。
それ以来イヤガラセはエスカレートするばかり。
コイツに触発されたのかクラスの女子も騒ぎだす。
「・・・・・もう帰りたい・・・」
授業時間中も憂鬱だった。だが2時間目に入る中休みの時。
「うーーー、気分が悪い。熱でもあるのかな?」
授業が始まってから体中が熱い。喉もカラカラになっている。
体のダルさに加え、吐き気もする。
「大丈夫? 篠崎くん。保健室に行く?」
と言ってくれるのは、保健委員の真崎 恵美(まさき えみ)さん。
ボク自身、実は密かに憧れていたりしている、クラスのアイドルだ。
「うん、そうするよ。先生にはそう言っておいてくれる?」
「わかったわ。でも、一人で行ける? 一緒に行こうか?」
「いいよ。一人で行けるさ。心配してくれてありがとう」
足どりを重くして教室をでる。背中にはアイツの笑い声が聞こえる。
まったく、ボクの事を他の奴等は心配しないのか・・・
学校は旧校舎と新校舎に分かれている。
教室は新校舎の3階なので保健室のある旧校舎1階には階段で下りなければならない。
体のダルさで足元はふらつく・・・・う、目眩がする。
「・・・・う!!・・・・」
物凄い吐き気がした。いそいで、近くの男子トイレに駆け込む。
2時間目が始まっているため中には誰もいない。
さすがにこの場合、個室の方に入らないとまずいよな。急いで中に入って鍵を掛ける。
入ってボクは便器の前で吐こうとした時、急に体に変化が起きた。
「グギギッギ・・・・痛てぇ・・・・」
身体中が軋む。姿勢を保つのが精一杯だ。
「イテェ・・・・ぐぐぐ・・・」
まるで、身体中が壊れる感じ。たまらず、そのまま座り込む。
「はぁはぁ・・・・んん・・・」
暫くして、しだいに呼吸が楽になる。どうやら収まったらしい。熱も下がったようだ。
立ち上がってみる。身体中、汗でびっしょりの感覚がする。
「うぅぅっ、気持ち悪い。このまま帰ろうかな・・・ん?」
男子トイレに女の子の声・・・誰もいないはずなのに。
「い、今、女の子の声がしたような・・・え?」
思わず自分の口元を触る。
「ボクの声が・・・変だ!」
それは、凛とした綺麗な声だった。
「ちょ、ちょっとなんだよ・・・これって・・・プ二?」
思わず手を下ろした時、何か柔らかい物を触ったような感じがした。
胸のあたりがやけに重い・・・なんだ?この感触は。
視線を下げるとその下は本来なら想像もしないものがあった。
「な、なんで・・・こ、こんなのが僕の身体に」
それは紺のブレザーを押し上げている二つの物体。
「これって、ま、まさか・・女の子の・・お、おっぱい?」
可愛い声で思わず口にした言葉に自分自身、恥ずかしくなってしまった。
頭に血が上る。
「・・え? 手が・・」
もともと華奢な作りの自分の手だったが、目の前にあるのは透き通るような白い肌で、
しなやかな細い指のある女の子の手だった。
「と、とにかく、確かめないと・・・」
ブレザーを脱いでシャツ越しで触ってみる・・・思わずグァシ!!っと鷲掴みにしてみた。
「・・・痛っ!・・」
じんじんっとする感じがする。思わず優しく撫でまわすと、今まで感じたことのない感覚が来る。
「・・はぁはぁ・・・本物? マジで?・・・って事は・・まさか!!」
嫌な予感がしたので思わず、ベルトを緩めてズボンの中に手を突っ込む。
やけに腰周りが細いような気がするけど。
「あれ?こんなにブカブカだったけ?」
汗でトランクスは濡れていた。気持ちわるいが非常事態だ。
「な、ない!! アレがない! そ、そんな馬鹿な」
急いで便座に座るとズボンを下げ、トランクスもさげて・・・
全てが終わって見た時、ボクの股間の光景は頭を真っ白にしてしまった。
そこには本来あるべきものがなく、毛のない縦の筋があっただけ。
「こ、これじゃぁ、ボクは本物の女の子になっちゃったわけ?」
混乱する頭を左右に振る・・・ん? なんか重いけど。
とにかく急いでズボンを履いて個室を出た。
目の前には洗面台にある大きな鏡。思わず自分を見た時、
「こ、これは・・・・」
鏡に映ったのはダブダブの男子の制服を着た美少女だった。
もともと女のような顔付きだったが、今の自分はより美人の顔つきに変わっている。
大きい瞳に桃色の唇・・・思わず自分に恍惚としてしまった。
ふと、さっきからうっとうしいと思ったら、髪の毛が伸びていることに気が付いた。
普段は耳がかかる程度なのに、今は肩まで伸びている。しかも光沢を持った美しい髪だ。
「何だよ・・・なにかの冗談? この子は本当にボクなの?」
首をかしげると鏡の少女も首をかしげる。思わずアッカン・べーをしても鏡の少女も同じ動きをする。
「一体なんだよ。ははっ・・・夢じゃないのか?・・・・そ、そんなぁ!!」
悪夢と思いたい。凛とした綺麗な声が男子トイレに響いた。


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