『待てー!!!!』

有らん限りの大声で叫んだ。バー内の人間の視線がいっせいに俺に注がれる。
ギリギリだった、かもしれない。とにかくなんとか間に合ったようだ。
寝子神から翔の居場所を聞いて、全力疾走でここに向かった。で、いざ中に入ってみればこの有様。
何人ものいかにも凶悪そうな男たちが円を作り、その中心に翔が倒れていた。
男たちのにやついた表情を見れば、これから何が起ころうとしていたのかは容易に想像がつく。
なんでこんなことになったのかは分からない。ただ翔が凶悪な連中に襲われそうになっていたのは確かだ。
男たちが誰なのかなんて見当がつかない、いや、1人だけ心あたりはあるのだけれど。
もっとも人から特徴を聞いていただけで、直接出会ったのは今が初めてだ。
堀田史也…危険な男だと聞いていたが、実際会ってみてその通りだと思った。
人を外見で判断するのはよくないかもしれないが、どう見ても危険人物だ。
『ちゃんと1人は見張りたててろって言っただろうが!』
その堀田が口を開く。外見そのままのような低くドスの効いた声だ。
『『す、すいません』』
周りの男たちが堀田に謝る。やっぱり堀田がこの連中のリーダー格だな。
『早く翔を離せ! 警察を呼んであるんだぞ!』
『誰に命令してんだコラー!』
『サツって…やばくねえ?』『
おい、どうすんだよ?』
周りの男たちが口々に俺に向かって暴言を吐いたり、不安めいた顔でざわめきあったりしている。
このおどしで素直に引いてくれればいいが…
『落ち着け!仮にサツを呼んでてもここまで来るに時間がかかる。場所を移しゃあいいだけの話だ。まあ、その前に…』
堀田が俺を睨む。
『…こいつをブチ殺してな』
それを合図に男たちが俺の方に距離を詰めてくる。お楽しみを邪魔されたからか明らかに怒りの表情だ。やばいな…
『翔、大丈夫か?』
おそらくはまだ何もされてないと思うが、一応翔の状態を確認するために声をかける。
『馬鹿!なんで来たんだよ! 俺のことなんかどうでもいいからとっとと逃げやがれ! 今ならまだ間に合うからよ!』
床に倒れたまま翔が声をあげる。
うん、どうやら何かされて動けないみたいだが、ぱっと見てこれといった傷とかもないし、体の方は大丈夫なんだろう。
良かった…
『お前を助けに来たのに、逃げたら意味無いだろ』
以前のことで少々度胸がついたのか、凶悪そうな男たいが今まさに俺を叩きのめそうとしている状況でも割と冷静に声が出る。
『助けるとか格好つけてんじゃねーよ! さっさと逃げろ! 逃げねえとブチ殺すからなぁ!』
泣き出しそうな声で俺を怒鳴りつける翔。俺のこと心配してくれてるのか…嬉しいな。
でも逃げないとブチ殺すって言ってもこの状況じゃ無理だろ。
『俺1人じゃ逃げない! 翔も一緒に逃げる』
そうじゃないと来た意味ないし。
しかし幸いというべきか俺が注意を惹きつけたから連中は翔から離れた。今、翔のそばにいるのは堀田1人だけだ。
『馬鹿! ばかばかばかばばかばかばかぁ!』
涙をポロポロ流しながら俺を怒鳴る翔。むう…助けに来た人間に対して馬鹿は失礼じゃないか…?
『へへへ、お涙頂戴の再会はすんだのか? つうか、なんだてめえは? 翔ちゃんの男か?』
『…兄貴だ』
お前なんかに翔を翔ちゃんだなんて呼ぶ権利はないと思うぞ。
『ほう、そりゃ随分妹思いの兄貴だな〜。しかし1人で来るとはなかなか勇敢なお兄ちゃんだ』
『お前らなんか1人で充分だから』
ドっと周りから笑いが起きる。
当然ハッタリだ。俺じゃ正直1人も倒せないかもしれない。ま、別にケンカしにきたわけじゃないんだが。
『ひゃははははは。なるほど「1人で充分」か。はははははははは…―――なめてんじゃねーぞ糞ガキがぁ!!』
馬鹿笑いから一転ものすごい形相で俺に罵声を浴びせる堀田。ぐ…さすがに迫力がある。
『…もちろん俺だって何の準備もしてきてないわけじゃない』
ポケットに手を突っ込む動作をする。
『くたばれクソがぁぁぁ!!』
その動作を見て男共がいっせいに飛びかかってくる。
ポケットの中には…ティッシュが入っているだけだ。
さっきのはただのハッタリ、こうでもすれば飛びかかってくるだろうと思っていたが案の定。
俺はケンカはそんなに強くない。ましてや俺よりも格段に強い翔を動けなくようにした連中にかなうわけがない。
でも身のこなしなら少しは自信がある。
『っつらぁ!』
単調に襲いかかってくる連中の間をすり抜ける。いっせいにかかってきたのが逆にアダになったな。
普通後ろにもう何人かは置いておくものだ。
そのまま全力疾走で翔のところまで走り寄る。
『翔!!』
倒れている翔の手を取り一気に背中に担ぎ上げる。
『貴志……』
『逃げるぞ!!』
『あっ! 前!!』
『え……うぐっ!』
前からかかってきた男に腹を思いっきり殴られる。思わず苦悶の声が漏れる。
…っ! 倒れるかよ!
『死にやがれ!!』
“ドス!”
立て続けに腹を殴られる。他の男たちのぞろぞろと寄ってくる。
『オラァ!』
“ゴス! バキ!”
駄目だ…このままじゃ…翔を…
なんとか力を振り絞って翔を傷つけないようにゆっくりと床におろす。
『おにいちゃん!!』
『…へへ』
翔に大丈夫だと言うように笑ってみせる。正直ぜんぜん大丈夫ではないが…
『オラオラさっきまでの威勢はどうしたよ!!』
“ガス! ガス!”
翔をおろした後一緒に倒れた俺の横っ腹に容赦なく蹴りをいれる。にぶい音が何度も耳に響き痛みが襲ってくる。
翔の蹴りには全然及ばないがそれでもこう何発もくらうとやばい。
『が…ああ…っ』
他の男たちの俺の背中やらを蹴り飛ばす。
『やめろぉー! やめてくれ! 頼むからもう止めてくれよぉ……俺は、俺は何でもするから…っ!』
その気持ちは嬉しいけど…お前が何でもされたら俺がたまらない。
『もう遅いっつのー! こいつを血反吐吐くまでボコったらゆっくり好きにさせてもらうからよぉ〜。大人しくまってな!』
“ドス! ドス!”
『やめてぇー!! もう…やめてよぉ!』
翔が涙を流しながら懇願する声がきこえる。
はは、俺は大丈夫だって言ってやりたいが…ちょっと今は無理かな…へへ
『ひゃははははははは。残念だったなお兄ちゃんよぉ〜。
ま、今は気絶しねえ程度に抑えといてやるから、ゆっくりかわいいかわいい妹がザーメンまみれになるのを見物するんだなぁ!』
堀田のゲスい声がかろうじて聞こえる。
『漫画とかドラマだったらここで正義の味方やら何やらが助けに来てくれるんだろうが…
生憎そんなことはねえみたいだなぁ〜。へへ、現実ってのはきびしいねぇ〜なあ? 翔ちゃん』
『…っ!黙りやがれクズがぁ! てめえら絶対、絶対に殺してやる!』
『おお〜恐い恐い。俺ら殺されちまうぜ。ひひひ』
『ああ〜殺されるぅ〜助けてママってかぁ〜?』
『きめえ〜何言ってのお前? ははははっ』
俺をいたぶっている連中が翔をからかって笑う。さも愉快そうだ。
でも、間にあったか…けっこうギリギリだったな。
『…なんとか時間はかせげたみたいだな』
『あん?』
堀田が怪訝な顔で俺の方を見る。俺の言っていることの意味がよく分かっていないようだ。
『俺は本当は警察なんて呼んでないよ。この世には警察よりも確かなものがあるって知ってるからな。
警察よりももっと確実な正義の味方がいることを…』
『なに言ってやがる? へへ、恐怖でイカレちまったのか?』
周りの連中も訳が分からないといった顔をして俺を笑う。笑えばいいさ。危険ってのは実際にあってみないと分からないものだ。
『警察呼んでねえのならなおのこと好都合だ。場所を移す手間が省ける。
ここでこの女をじっくり犯して、それを充分にお前に見物させたらゆっくりといたぶってやるよ』
『まったく…正義の味方ってのは何でピンチにならないと現れないのかな…』
まあ、しょうがないか。呼んだのは俺がここに入った直後だ。むしろ10分ほどでここまで来れる方がすごい。
『貴志…』
翔が涙を浮かべて不安そうな顔で俺を見てくる。ああ、翔からも見えないのか…
でも残念だな。俺が翔の正義の味方になってやりたかったんだけど…
まあ、俺じゃ無理か…
『ホントにイカレちまったみたいだな。正義の味方なんているわきゃ…

『―――正義の味方登場ってか』

『『………………!?』』
その場にいた俺以外の人間が皆、声のしたほうを振り向く。
その視線の先には―――

夜の空のように暗く夜の海の如きに漆黒き。
地獄そのままに闇く影さながらに黒い。

黒衣の美女が皮肉な笑みを浮かべて。
ただ単純に、存在していた。


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