暗い部屋の中で音楽が流れる。

「・・・ん」
机付近から鳴っているその音楽が大きくて、咲はうっすらと目を開く。
(でん、わ・・・?)
少し身じろいだ。
すると、頭が重く、身体中が痛い。
もう窓から差し込む光はなく、月が見えた。
重い瞼をぱちぱちと瞬きさせながら
手探りでベット付近においてある時計を探す。
「・・・・・・7時?」
引き寄せた目覚まし時計は、はっきりと青白い色で19:00となっている。
「・・・・・・携帯」
鳴り響く音楽にようやく気付き、
机に行こうとベットから上半身を起こすと、途端に眩暈がした。
そんな中でもうっとおしく携帯は鳴っている。
「・・・・・・っ」
それでも重い身体に鞭打ってベットから降り、すぐ近くの机に手を伸ばし携帯のボタンを押す。
『咲?』
声は学校まで一緒にいた怜だった。
「怜・・・どうかしたの?」
ふわぁと欠伸をしながら尋ねに尋ねで返す。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
欠伸をしたというのはともかく、普通に答えたつもりが急に黙ってしまった。
「怜?」
再び尋ねる。
『誰だ?』
長い沈黙の末に、携帯の向こう側で言葉が返ってきた。
「は? 何言ってるの、怜。僕だよ」
『・・・・・・・・・・・どちら様でしょうか』
「お前は何を言って!!!・・・・・・・・・・はぁ!?」
叫んだ後に、ふと気付いた。
「何で僕声高いんだよ!?」
背も低い。
顔も女みたい。
だが、声だけは甲高いわけではなかった。
…特別低いというわけでもないが、テノールくらいの高さの声であったのだが、
今叫んだ時の自分の声は明らかに高く、ソプラノくらいであった。
「怜、何で僕はこんなに声高くなってるんだよ!?」
混乱のあまり、つい、電話の相手である怜に尋ねてしまう。
『・・・・・・・・・咲なのか?』
自分の動揺っぷりと今の問いから、怜は何となく察してくれたあたり、持つべきものは友人というべきか。
「これは僕の声じゃないけど、僕は僕なんだよって・・・あーもう、どう説明しろって言うんだよ!」
長年待って待って、待ち続け、ようやくテノール調の声になったというのに。
思わずその場にうずくまった。
その時にVネックのセーターがずるりと肩から落ちた。
「・・・・・・・・・・・・・ん?」
肩からずり落ちたセーターはサイズが大きい。
見栄を張って大きめのサイズを選んだ記憶はうっすらとあるが、
(その大きめの服を着てるところが可愛いだの何だの言われているが)
だが、肩からずり落ちるほど大きい服ではなかった筈だ。
『どうしたんだ?』
怜の言葉が耳に入ってこない。
ずり落ちた服を戻す時に恐ろしいものを見てしまったのだから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわあああああぁぁぁぁっっっ!!!」
思わず電話に向かって叫んでしまった。
少なくともこの部屋だけではなく下の居間にも十分聞こえるほどの大きさだったのだろうが、
そんなことを一々咲は気にしていられるほど冷静ではない。
『・・・・・・・・・ど、どうした?』
怜は怜で突然電話の向こうから悲鳴が聞こえてきて、一瞬身体の全感覚が麻痺してしまいそうだったが、
冷静であった彼は気を取り直して尋ねる。
「や、や、や、柔らかいのが! ぽよんとした柔らかいのが!
魚の臓器みたいに柔らかい、そんなに大きくないけどぽよんとしたのが!!!」
『とりあえず落ち着け。よく分からんが、こんな時だから冷静になるんだ』
咲の状況をよく理解していない、1度冷静になるように諭すようなことを言う声が電話から聞こえてくるが、
やはりこんな時だからこそ慌ててしまうのが人間の心理というものだろう。
「だ、だ、だ、だってですね、網谷サン。ぼぼぼぼぼぼ、僕の、僕の胸に、む、胸が生えてるんだよ!!」
小さくてあまり気付かなかったが、男の平たい胸とは違う柔らかさが咲の胸にあった。
自分の手で触れてみれば兄の胸を触った時と同様のぽよん、という感覚が手のひら全体に伝わる。
『生えた?』
「ナンカ、ポヨンッテシテマスヨ、コレ」
意味もなく棒読みなあたりが混乱している状態を表している。
『・・・・何か今日のお前は面白いな』
「面白くないよ!!!」
はっはっはっと笑う声がムカツクくらいによく聞こえてくる。
「とにかく本当なんだってば! 疑うんだったら1度僕んちに来てよ!!」
『・・・・・・・・・・まぁ、面白いお前を更にからかうのも面白そうだしな』
何気に小馬鹿にされたような気がした咲だが、
とりあえず咲の非常事態(?)だということは察してくれたらしいので一安心して電話を切った。
「・・・・・・・・ど、どうしよう・・・」
会話相手がいないことでようやく落ち着きを取り戻し、ぽつりと呟いた。
「どうしたのサキちゃん???」
きいぃと何故か嫌な感じに聞こえるドアの開く音を聞き、咲はびくりと身体を震わせた。
「に、兄さん・・・」
悪いことをしていないが、謝りたい気分になりながらもドアの方に目を向ける。
「さっきの悲鳴は・・・!」
部屋の電気をつけ、自分を見た兄は動きを止めた。
「サ、サキちゃん・・・・・・?」
彼の目に映った者といえば、小柄でセーターが少しずり落ちている美少女。
それ以外の何者でもない。
それでも何とか弟だと分かったのは見慣れているから、としか言えない。
「兄さん、こ、これ・・・は・・・」
何と説明して良いのか分からず、思わず言葉が詰る。
「か、可愛いvvvvv」
真先に発された言葉はそれであり、真先にとられた行動は強く抱きしめられるというものであった。
「んなっ!!!」
香は咲と性格も正反対であったが、体格も反対であった。
女のような顔であるが身長は170弱あり、咲が可愛いらしいと言われるのであれば、
香は綺麗でカッコイイと言われるような節があった。
抱きしめられた咲は倒れてしまいそうになったが何とか踏みとどまることに成功したが、
およそ140強の身長と化した咲は香にすっぽりと抱きしめられた。
「ちょっと、兄さん!!!」
何とか彼を離そうと彼の自慢の長い髪をひっぱる。
「可愛いvv男の子のままでも可愛かったけど、女の子になったらもっと可愛くなったわねvvv」
キラキラと新しい玩具を手に入れた子供のような目で間近で咲を見つめる。
「そ、そうじゃなくて、どうしてこんな風になったんだよ!」
再び抱きしめようとする香の腕を避けながら咲は尋ねる。
「魔法よ。ま・ほ・う♪」
「そんなわけないってば!!」
「だってサキちゃんは突然女の子になっちゃったんでしょ?」
「うっ・・・・それは、そうだけど・・・」
反論することが出来ずに咲は押し黙る。
「じゃあ魔法に決まってるわ! ワタシだって突然こんな風になっちゃったんだもん♪」
「だもん♪じゃないよ・・・って、兄さんも胸が生えたってこういうこと?」
じっと香の胸を見ると、相変わらず大きな胸がある。
「・・・・けど、何で僕は小さくなったのさ?」
兄と自分を見比べ、ふと疑問に思う。
兄は以前と比べただ胸が生えた(?)だけであり、身長、声、容姿などは全く変化ない。
しかし咲は胸が生え、声が高くなり、身長まで若干小さくなり、おまけに体つきも以前より華奢になったらしい。
1つ1つ変化を上げていくうちに自分が情けなくなった。
「じゃあ下はどうなってるの?」
追い討ちをかけるように香が尋ねる。
「それは・・・」
まだ見ていない。
「・・・・・・・・・・・・・・もし、なかったら・・・」
「かわりにオマンコでもついてるんじゃないかしら?」
「そんな、モロに言わないでよ・・・」
心配が積もってゆく。
もし、下半身まで変化していたら自分はどうすれば良いんだろう?
「確かめてあげましょうか?」
「は?」
言うや否やベットの方へ押し倒された。

「ちょっと待て! 落ち着けー! 落ち着くんだ兄さん! ノリで行動を起こしてはいけないよ!!」
「だから今は、姉さんだって言ったでしょう? それにワタシはノリで行動をおこしてるわけじゃないわよぉ〜」
なおさら性質が悪いわ!と叫んでやりたかったが口を塞がれた。
「・・・・・・・・んんっ!?」
一瞬何で口を塞がれているのか理解できなかったが、すぐ間近には兄の顔。そして唇には柔らかい感触。
ここまでこればキスをしたことがない咲であろうと、今自分の置かれている状況に気付く。
「・・・ん・・・っ」
口を閉じようとするが、そうする前に香の舌がそれを拒んだ。
何とかしようにも、何とか出来ない状況に苛立ったが、キスが濃いもので1度もキスを経験したことの無い咲は戸惑う気持ちが大きい。
「う・・・っ」
唇が割られ、歯列をなぞり、舌を絡められながら口内を犯される。
顔を動かそうにもしっかりと手で固定されている為、動けない。
「・・・・サキちゃんはキスは初めてだったかしら?」
ようやく唇が離すと香は耳元でそう呟いた。
「な!」
反抗しようにも、事実を言われ何と言い返して良いのかが分からない。
顔だけが真赤に染まってゆく。
「まぁ可愛いv」
再びぎゅっと抱きしめられる。
抱きしめられるのは良いが胸が顔にあたり、喜ぶべきなのか苦しむべきなのかよく分からない。
「可愛いから悪戯したくなっちゃうのよねぇ〜」
「するな!」
咲の精一杯の叫びも空しく、香はセーターに手をかけた。


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