「サキちゃんって本当に可愛いよな〜v」
華里咲(かざとさく)、ただ今思春期の真只中。
よくふざけてサキちゃんと呼ばれ、あだ名と化しているが、正しい名前はサク。高校1年の16歳。
明らかに成長不足、身長152cmと小柄な上に学ランを着ていても間違われる女顔。
周りは良いかもしれないが、お年頃な咲としては嫌悪以外の何も感じられない。
「そんな痛いことを言う君も好きさー」
「野々村クン。僕はそんなこと言われても嬉しくないんデスケド」
だから僕は男なんだってば!僕だってこんな顔に生まれてきたかったわけじゃない。
「俺だけじゃなくて、皆お前のこと可愛いって思ってるよ。怜、お前もそう思ってるだろ?」
阿呆なことを抜かしているのは、一様友達の野々村雅明…こんな奴のくせに彼女持ちらしい。
「・・・・・・・・・可愛いな。」
そして同じく阿呆なことを言ってる友達その2は網谷怜(あみやれい)。
これぞ男!かのように身体つきがよく、身長183cmは羨ましいを通り越して憎い。
「怜も同意するなよー…男子高校生に向かって可愛いって何だよ、可愛って!」
冗談じゃない。何で僕が女の子扱いされなきゃならないのさ?
ぶつぶつ言いながら、僕が怒っている様子に笑っている2人を置いて1人放課後の教室を後にした。
階段の踊場にある大きな鏡に足のつま先から頭のてっぺんまで全身が映ると、
そこらへんの女よりも華奢な身体、薄い桜色の唇に、白い素肌、大きく開かれた瞳、
学ランを着ているということを除けば女の子に見えないことも無い、ということを自覚して不満は更に積もった。

「ただいま」
家からは返事が返って来ない、玄関先の時計を見ると時刻は18時を少しばかり過ぎた頃だった。
どうせ両親は仕事だ。そう、思ったのだが、玄関をよく見るとハイヒールがあった。
「母さん、帰ってるの?」
家族は4人だが、女は母親以外にいない。
確かめるように家の中に声をかけたが、やはり最初に声をかけても返ってはこない。
履き慣れた靴を脱いで玄関を上がり、まっすぐに自室へ行かず居間に顔を出す。
「母さん?」
居間を覗くと、それらしい人物は見当たらなく、しばらく居間の端から端まで目を追っていたが、
「サキ〜帰ってたの?おっかえり〜〜〜♪」
突如、背後から手を伸ばされ抱きすくめられた。
「・・・いい加減にやめてくれない?」
無理矢理手を振り払い、その人物を真正面から見据える。
「だって〜たった一人の妹ですもの〜vv」
「弟だよ!」
茶髪のややパーマがかった腰まである長い髪、ばっちりとメイクされた綺麗な顔、
すらっとしたナイスバディの身体、どこからどう見ても大人の女性。
見た目は。
「兄さん。いい加減にその格好やめない?」
どこからどう見たって目の前の人物は女性…のように見せかけておいて、彼女…否、彼は男だった。
ちなみに女装だけで、手術はしていないそうだ。
「や・め・な・い」
ウインクをして言われると、何だか兄なのに変な気分になる。
「父さんや母さんに何て言われても僕は知らないからね」
兄に呆れて居間を後にしようとした。
「待って、待ってよ〜サキちゃん。ワタシは今日、パパやママは勿論、サキちゃんにも用があって来たのよ?」
「僕に?」
やけに嬉しそうに微笑む。
赤いスーツの胸元がやけに開いており、嘘の胸だと分かっていても妖艶さを十分にかもし出していた。
「そうなの〜♪」
わざと見せ付けるように、谷間を強調する・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?」
谷間なんぞある筈がない。
いくらブラジャーをつけてパットを大量に入れようとも、少し屈んで昔懐かし、だっちゅーのポーズをとっても、
嘘の胸なのだから立派な谷間なんぞ出来る筈がない。
「ほらほらv触ってみて〜〜vv」
驚いている咲の手を兄は無理矢理自らの胸に押し付ける。
「!!」
ぽよん、と、
大きく柔らかいものが手のひらに当たる。
「ね、ね、どう、どう???」
触られている…というよりも、触らせている本人は至って楽しそうだ。
「ど、ど、ど、どういうことでしょうか!?」
男である筈の兄に胸などある筈がない。
華里咲、女(?)の胸を触るのは初体験だった為、予想以上に柔らかいということの驚きもあったが、
それ以上に兄に胸があるという驚きの方が勝っていた。
「手術・・・?」
その可能性も全くと言って無いことに咲は気付いている。
昨晩見た兄の胸は明らかに平べったかった。
昨日の晩から今の夕方にかけて、手術する時間はあったとしても、すぐにこんな風に出来る筈が無い。
「・・・・・・・・・知りたい?」
意味ありげな言い方に、しばし戸惑ったが、それでも兄の胸の謎は知りたいことも事実である。
「・・・・・う、うん・・・」
聞くのが怖いけれど。
内心そんなことを呟いた。
「じ・つ・は!魔法をかけてもらったの〜〜〜vvvvv」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
兄の言っていることにどう対処して良いのか、咲の思考回路はぷっつんと途切れた。
「なに〜その目は〜〜〜信じてないでしょ〜〜〜〜???」
「当たり前だよ。科学で何でも出来るような世の中に魔法なんてあるわけないじゃん!」
いつも変な兄だが、頭がついにおかしくなったのではないかと咲は本気で心配し始めた。
「なによ〜ほんとなのよ〜〜〜魔法で、半分女の子にしてもらったの〜〜〜!」
「そんな変な妄想は止めなよ! そもそも、半分ってどういうことさ?」
足元から頭の上まで見回す。
「だってね・・・・」
突然、ミニスカートを捲りあげた。
男だ、男なのだ、と思いつつも、咄嗟に目を背けた。
「ほら〜」
恐る恐る兄の股間の方に目を向ける。
すると、穿いているのは女性物の下着であるが、ちゃんと男性性器はついている。
兄の股間を見るというのは、色々な感情が入り混じり複雑な気分だった。
「どこらへんが半分なのさ?」
「だって、半分じゃない〜〜〜」
上半身には女性特有の膨らみがあり、下半身には男性特有の性器がある。
「半分って・・・ただ単に兄さんが胸の手術しただけじゃ・・・?」
「だから〜違うの〜〜!気付いたらおっぱいが生えてたのぉ〜〜〜!!」
もうわけが分からない。
「・・・・・・もしかして兄さん。僕のことからかってる?」
滅多に人をからかうことは無い兄だが。
たま〜に思い出した頃に女の子の服を着せられ、遊ばれることがたまにある。
「違うんだって! 本当におっぱいが生えたんだって!」
久々に兄の地の喋り方を聞いた気がする。
必死に弁解している兄をよそに咲はそんなことを思った。
「兄さんもいい加減にしないと父さんが怒るよ? もうそろそろ女の子の真似は止めたら?」
これ以上兄のわけ分からない芝居に付き合っている道理はない。
居間を出た廊下のすぐ近くにある階段へ上って行く。
後ろでは相変わらず兄が何か叫んでいた。

「女・・・ねぇ。」
自室で1人咲は呟いた。
(まぁ、兄さんはどっちかっていうと女顔だけど・・・)
弟の咲が言うのも変だが、兄は女顔だった。
ただ兄は幼少の頃から女の子みたいと咲と同じように言われ続け、
咲とは逆に、自分ってもしかして可愛いかも?と思った…ようするに、
兄、香(かおる)はあえてその女の子のような容姿をしているという事実を受け入れ、
弟、咲はその事実を受け入れずに嫌悪している。
まさに正反対であった。
(兄さんがもし、兄さんじゃなくて姉さんだったら、それはそれで美人なんだろうけど)
職場にもあえて女装して行く兄さんの姿を思い出すと、兄が女になった姿は容易に想像できた。
(僕も、もし最初から女の子だったらここまで自分のことに悩まないよな・・・)
やはり、自分の顔が可愛いという気はないのだが、それでも周りの反応を見ていると時々分からなくなってしまう。
「・・・・はぁ」
小さく溜め息をつき、クローゼットから出したセーターとズボンを着る。
「もっと僕の人生は輝いていたんだろうか・・・」
昨日までやりかけたままのテレビゲームをやろうにも、何故かやる気になれず、そのまま咲はベットに横になった。
(男の方が楽だけど・・・)
目を瞑ると、何時の間にか深い眠りへと堕ちていった。


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