「はい、ちゃんと背を伸ばして」
「姉ちゃん、もういいって」
 鈴が口を尖らせて抗議するが、長い髪をカタツムリの殻のような形にくるくるっと巻き上げて
頭の上で止めている有沙は、『妹』の言葉を笑って受け流す。
「ダメよ。去年のこと、忘れたの?」
「はうぅっ……」
 去年の同じ七夕祭りの『惨事』を思い出して、鈴(りん)は硬直する。
 なにしろ、ブラジャー無しで浴衣を着て七夕祭りに連れ出され、
人ごみの中で上半身を丸出しにしてしまう醜態を晒してしまったのだ。
この時はさほどショックでもなかったが、今は思い出すだけでも顔を赤面させてしまう。
 この頃は妙に男の視線が気になる。
 夏服に替わった時のクラスメートの微妙な反応も記憶に新しい。
はやし立てられるのは慣れたのだが、黙ってじっと見つめられ、ため息をつかれるのは今までに無いことだった。
 最近、女っぽくなったと、よく言われる。
 別に化粧をする様になったわけでも、女性らしくしようと意識をしているわけでもない。
なのに、会う人会う人にことあるごとに変わったと言われるのは、正直なところ鬱陶しい。
 進路相談で、担任教師にまで最初から女子大に行くものだと思われていた時には、
立ち上がって机を蹴っ飛ばしてしまったほどだ――ただし机はびくともせず、
鈴の足がねじれて、全治二週間の捻挫となったのだが。
「俺は男なんだよぉ……」
「はいはい。だったら最初からお祭りに行くなんて言わなければいいのに」
「あぅう……」
 姉にまでこう言われては返す言葉も無い。

 この市の七夕祭りは七月ではなく、八月の第二土・日曜日に開かれるもので、
巨大な七夕飾りで全国に知られており、観光客も結構やってくるという一大イベントなのだ。
八月だから当然学校は夏休みなのだが、鈴達は高校三年生。
夏は大学受験に最も大切と言われる時期である(とは言うものの、大切じゃない時間など無いのだが)。
 それでもやはり息抜きは必要だし、露天にも、そこらの町内会の盆踊りとは比べ物にならないほど多くの種類の店が出ている。
この地方の子供達にとっては数少ない、大人公認で夜更かしができる日なのである。
 鈴のクラスメートの女子達も、この日ばかりは夏期講習を休んだり、うまく日を調節して祭りに被らないようにしている。
鈴も例に漏れず大手予備校の夏期講習を受講しているのだが、『彼』はもちろん、講習を休むつもりなどなかった。
 夏期講習は朝の九時から午後三時くらいまでで、夕方からは体が空いている。
それを知ったクラスメートの一人が、
「ねえ。リンリンもお祭り、一緒に行こうよ」
 などと誘ったのだが、もちろんいつものようにもてあそばれるのがわかりきっていたので、
鈴は「イヤだ」と、一言のもとに斬って捨てた。ところが、
「みんなに浴衣姿を見られるのが恥ずかしいんでしょ」
 なんて言われると、つい反発してしまうのが鈴の弱点だ。
 確かにこんな姿を人前に晒すのは、恥かしいというより、嫌なのだ。
嫌なら出て行かなければいいようなものだが、人に言われると否定したくなる。
恥かしいなら来なくてもいいよなどと言われ、
鈴はついつい、そんなことはない。皆と一緒に七夕祭りに行く、とのせられてしまったのだ。
 つまり鈴は、基本的に人が良くて、すぐに騙されるタイプの人物なのである。
「さあ、できたわ」
 ぽんっ、と姉にお尻を叩かれ、抗議をしようとして鈴が口を開こうとした瞬間、
ふすまが開いてビデオカメラを構えた男が姿を現わした。
「おお、鈴! その浴衣、似合ってるぞぉ!」
 淡い黄色の生地に金魚と水草をあしらった浴衣にピンクの帯は、まだ一人前の女性ではなく、
少女らしさをたっぷりと残している鈴にはことのほか良く似合っていた。
「一回と言わず、千回くらい死んでこい! この糞親父」
 言うが早いか、DVD ビデオカメラを回し続けている父親に向かって手に持った巾着袋を投げつける。
ところが父親はさっと身をかわしてしまったので、袋は壁に当たって床に落ちる。
「よしよし。可愛い娘のためだ。お父さんが娘にお小遣いをあげよう」
 心行くまで『愛娘』 の浴衣姿を存分に DVD に収めた父・航十朗は、
財布から一枚の新札を取り出し、鈴が投げ付けた巾着袋を開けて中にそれを収めた。
「今時千円かよ。……って、その前に俺の持ち物に勝手に触るな!」
「うんうん……鈴がますます女の子らしくなって、お父さんは嬉しいぞ」
「ふ……っざけんじゃねぇ! 俺の名前は徹で、男だって言ってんだろうがっ!」
 最初は蹴飛ばそうとしたのだが、浴衣では足が上がらないので代わりに右手の甲で何度も父親の体を叩く。
だが、航十朗はにこにこと笑うだけで、一向に堪えた様子が無い。
元の男の時だったら顔をしかめるほどの威力があったかもしれないが、
今の鈴では親子のコミュニケーション程度の威力しかない。
 『娘』との久々のスキンシップに目を細めて感動している父親を見て、ようやく鈴は攻撃の手を休めた。
これでは父親をますます喜ばせるだけだ。そこで父親が、鈴に言った。
「じゃあ、“パパ、鈴にお小遣いちょうだい”って可愛らしく言ったら二万円やるが、どうする?」
「うっ……」
 月一万円の小遣いでやりくりしている鈴としては、二万円は非常に魅力的な金額だ。
鈴の心の中で葛藤が繰り広げられたのは一瞬だけで、『彼女』はあっさりと悪魔に魂を売り渡してしまった。
「パパ♪ 鈴にお小遣い……ちょーだいっ♪」
 体を少し前に倒し、手を後に組んで小首をかしげ、下から覗きこむようにして父親の顔を上目使いにみつめる。
 つぶらな瞳とポニーテール気味にまとめた後ろ髪から見える後れ毛とうなじに、
航十朗は目眩を起こしたように体を揺らし、危うく後ろに倒れそうになるのをなんとか堪えて、右手でこめかみを押さえる。
「くっ……わかってはいたが、なんという破壊力だ。よーし、父さん、可愛い娘にお小遣いをあげちゃうぞっ」
「わーい、パパ大好き♪」
 思わず抱きついてしまってから我に返り、鈴は父親を突き飛ばした。
「こら、何を言わせるんだエロ親父!」
「ふっ。強くなったな、鈴。では約束通り、小遣いをやろう」
 倒されて床に座り込んだままズボンの後ポケットから札入れを取り出し、三枚の一万円札を取り出した。
「え? さ、三万円!?」
「いらんのか?」
「いるいるいるいる、もちろん、いるっ!」
 鈴は小走りに駆け寄って父親が差し出す手から三枚の高額紙幣を奪い取り、
床に落ちた巾着袋の中に入っていた財布に札を四つ折りにして放り込むと、
「じゃ、行ってくる!」
 と言って履き物をつっかけ、からころと軽やかな音を立てて飛び出して行った。
 航十朗は鈴の後ろ姿を、腕を組んで見守っていた。
「あれだけ暴れまわっても着崩れしないとは、ずいぶんと慣れたものだな」
「そりゃあもう、私が厳しくしつけましたから」
 今まで黙っていた姉が、笑みを浮かべながら言う。
 だが、今の彼女の微笑みには、先程までは微塵も感じさせなかった邪(よこしま)な雰囲気がうかがえ、
それを隠そうともしていない。
「んぅ〜んっ♪ 鈴ちゃん、萌え萌えよっ!」
 今まで堪えてきた感情を爆発させ、有沙はぷるぷると体を震わせて悶えた。
「あのなぁ、有沙……」
「お父さん。それは言わない約束よ♪」
 両拳を口の前に持っていって、かわいこぶりっこのポーズで有沙が言う。
「それに、鈴ちゃんが今更男に戻った所で、普通の生活に戻れると思う?
お父さん似のあの子が、女の子っぽい仕草をしてるところを想像してみてよ」
「……ううむ」
 航十朗は一瞬だけ脳裏に女物の浴衣を着てしなを作っている息子の姿を浮かべ、
顔を左右に振って無気味な光景を頭から追い払った。
 確かに、近頃めっきり女の子が板に付いてきた鈴を男に戻しても、
男には戻りきれないだろうということは、容易に想像がつく。
「それに、研究データも全部破棄したんでしょ?」
「ああ。お前の言う通りにな。でもあのデータは科学と、
かつての錬金術に通じる神秘学とのハイブリッドという、
大変に素晴らしい成果に繋がるはずだったものなのだがなぁ……」
「お父さん。錬金術は等価交換が原則なのよ」
「なんだそれ。そんな話は聞いたことが無いぞ。パチンコか?」
「私も、旭(あきら)から聞いた受売りなんだけど」
「旭もそういうことに興味を示すようになったのか? 私の跡を継ぐのは有沙ではなく、案外旭かもしれないな」
「うふふ。そうだといいわね、お父さん」
 何ということだろう!
 味方だと思っていた姉の有沙が、実は鈴が男に戻るのを阻止する最大勢力だったのである。
しかもOLをしているというのは真っ赤な嘘で、某大手化学メーカーの研究室で、
父親にも負けないマッドサイエンティストとして日夜怪しげな研究に明け暮れているのは、鈴も知らない秘密であった。
 父親の航十朗が万能系のオールラウンダーだとすれば、娘の有沙はケミカル・バイオ系に特化している。
彼女の試算では、もし鈴を元に戻すとしても、偶然起きた転送機の事故の結果を分析し肉体のみを男性に戻す研究は、
これに専念しても、少なくとも十年はかかるという結果だった。
鈴としてはあっさりと諦めて欲しくないだろうが、二人がこの偶然の事故を喜んでしまったのが、彼女の不幸の始まりだった。
「やっぱり年の近い妹がいると、いろいろと張り合いがあっていいわぁ」
「有沙は、徹が……」
「鈴ちゃんでしょ」
 いつもの優しげな表情とはうって変わって、人を貫かんばかりの鋭い視線で父親を射すくめる有沙。
「……鈴が生まれた時から、妹の方が良かったって言ってたからなあ。旭の時も、次は絶対に妹だって言い張っていたな」
「うふふふふ。お父さんだって、二人目も娘が良かったって言っていたんでしょう?」
 そして、父と娘は顔を見合わせた。
「越後屋。そちも悪だのぅ?」
「いえいえ。御代官さまほどではございませんわ。おほほほほ」
「はっはっは!」
 怪しげな会話をかわしている二人を物陰から覗いていた影が、ほうっと息を吐いた。
「やれやれ。うちのなかでまともなのはあたしだけかなあ……。お姉ちゃんをしっかり見守ってあげないといけないわね」
 齢(よわい)九歳にして一家の良心であり大黒柱になりつつある、次女、もとい三女の香菜だった。
彼女の背後には、線の細い少年が立っている。
「ねえ、香菜。僕もお姉ちゃんに付いていっちゃだめかな?」
「だめよ。お姉ちゃん、そういうのすっごく嫌がるから。
旭お兄ちゃんも、もう少し鈴お姉ちゃんのことをりかいしてあげなきゃだめよ?」
「うん……そうだね」
 六歳も年下の少女に諭される少年は、次男もとい、長男の旭である。
母親に似て優しげな顔立ちをしている。
 だが困ったことに、この旭は、実の姉である鈴をオナペットにしていたりするのである。
鈴が下着をそこらじゅうに放り出しているのをいいことに、
自分の部屋に姉の下着を持ち込んでは(自粛) なことや(自粛) なこと、
果ては(自粛自粛自粛)という、顔に似合わず相当にえぐいことをやっていたりするのだ。
 可愛げのある顔をして、やっていることはエグイ(でも童貞)。
 まともなのは、香菜だけであった。
 ――今の所は。

 たぶん。

 ***

 家を出て五分もしないうちに、鈴は何人かのクラスメートに取り囲まれた。どうやら待ち構えていたような感じである。
「おいっす、滝田」
「こんばんは、リンリン!」
「鈴ちゃん、かわいい〜♪ ねえ、触らせて触らせてっ!」
 擦り寄ってくる女共を手を使って寄せ付けず、
「うっす!」
 と返事を返す。
「おい、滝田。その浴衣はなんだよ」
「……仕方ないだろ。これ着ていけって言われたんだから」
 両手を前でクロスさせ、鈴は口を尖らせる。
「母さんが若い頃の、形見の浴衣をほどいて仕立て直したものなんだってさ」
「そうなんだ……」
 鈴の言葉に、場がちょっとしんみりとした雰囲気になる。
 ちなみに、嫌がる鈴にそう言って聞かせたのは姉の有沙で、もちろん形見の浴衣だなんていうのは大嘘である。
大体、二十数年前の布地がこんなに色鮮やかで、真新しいわけなどあるわけがない。
「おっ! いいねぇ、それいただきっ!」
 今時珍しい一眼レフの銀塩フィルムカメラを顔の前にかざし、
フラッシュを焚いて鈴を撮影したのは、藤堂一三(とうどう かずみ)。
 十人並みの平凡な顔立ちだが、誰にも負けない得意なことがある。それが撮影技術だ。
大きな展覧会で入賞するような芸術的な写真から、盗撮スレスレの隠し撮りまで実に幅広い。
手にしたカメラで、一度狙ったどんな獲物も逃がさないことと、
彼女の名前から連想されるあるマンガの登場人物をもじってつけられたあだ名が、「ゴ○ゴかずみ」だったりする。
「おい、藤堂。いいかげん、俺を写真に撮るのはやめろよ」
「いやあ。いい被写体を見掛けると、つい、こう……ね」
 と言うが早いか、唇を尖らせて膨れっ面をしている鈴の顔を素早くフィルムに納める。
「こら、人の話を聞けよ!」
 次の瞬間、
「うおっ!」
「おおうっ!!」
 男共の視線が鈴に釘付けになる。鈴は一瞬、事態を把握できなかったが、
すぐに何が起こったかを理解すると慌ててしゃがんで、胸の下までずり落とされた浴衣を直そうとあたふたし始めた。
「うわ! この娘(こ)、胸が大きくてブラが落ちませんよ?」
「んまー! 何を食べたらこんな牛乳(うしちち)になるんでしょうねっ」
「うきーっ! 羨ましぃ〜っ!!」
 とかはしゃいでいるのは、クラスメートの女共だ。
 もっとも、この程度のお遊びは日常茶飯事で、一歩間違えば陰湿ないじめなのだが、
体育の授業で水着を着る時も、平気で全裸になるどころか、ヘアラインの処理を見せあったりするのには鈴も驚いた。
 おまえら、羞恥心無いのかよと問うと、だってセックスする時は裸でしょと返された日には空いた口が塞がらなかった。
そのまま鈴も全裸に剥かれ、体の隅々までチェックされてしまったのは、
男子には絶対に言えない秘密(と書いてトラウマと読む)である。
「うっわー、奥さん見ました?」
「ええ、確かに見ましたわ。リンリンがおしゃれなブラしてましたよっ」
「信じられなーい! あ、でもそのブラ、どこで買ってもらったの? リンリン」
 夕闇の下でもはっきりとわかる白い豊かな双球を押し込めていたのは、
スカイブルーのレーシィなフルカップのブラジャーだった。もちろん、下もお揃いである。
しっかりと胸を包んでいるから胸をさらけ出す醜態を見せなくてすんだのだが、
こうなったら、鈴が白状するまで彼女達の追求が止むことはないだろう。
 鈴はがっくりと前にくずおれた首を傾け、恨めしそうにクラスメートの女狐たちを横目に見上げて言った。
「知らない。姉ちゃんにむりやり連れてかれて、色々と着せられた」
「で、どこよ? 私達が知りたいのはそこなんだけど」
「壬谷(みぎわ)駅前のデパートだけど」
「あ、知ってる。そこ、フランスとかの下着売ってんだよねー。
外国の高級ランジェリーショップだけで五店舗もあるって。
うちのお姉がそこで買ったの持ってるけど、高いし勝負用なんだって絶対に貸してくんないの。ケチだよねー」
「おー。お嬢様じゃん、リンリン」
「うっせーや。ほっといてくれ」
 ようやく浴衣を着つけ終わって立ち上がった鈴は、男三名がしゃがんだままなのに気づいた。
「何やってんだよ」
「……いや、マジ、直立できない」
「勃っちゃったんでしょ?」
 女子共は容赦が無い。
「うわ……お、お前ら、正気か!? 俺は男なんだぞ?」
「いやー。頭では理解しているんだけど、下半身は別の生き物でー……」
「わかるけどな。わかるんだけど……」
 鈴が彼らを見つめる目は複雑であった。

 ***

 祭りの出店が一番多く軒を連ねているのは、地元の神社である弥郷(みごう)神社である。
御神体が隕石だったり、祭っているものが少し変わっているとかそれなりに曰くのある神社なのだが、
説明していると非常に長くなるので端折ることにする。
 この弥郷神社の神主の娘が鈴のクラスメートということもあり、
一行はまず、ここをスタート地点にしてめぼしい場所をぐるりと回っていく予定だ。
 境内に入るやいなや、
「はりょはりょ〜ぉ、りんりん。おハョ〜♪」
 浴衣ではなく巫女装束を身にまとってこちらに駆け寄って来ようとし、
途中で二度もこけた少女は、辻村紅葉(つじむら もみじ)。
この弥郷神社の神主の娘であり、巫女姿で家を手伝うことから一部のマニアから熱狂的に支持されていたりするが、
それも口を開くまでの話。成績の良さからは考えられないような奇妙なイントネーションの、
脱力系の軽薄な口調は、神主の父親にとっても悩みの種だという。
「辻村。それを言うなら、こんばんは、だ」
「てへっ☆」
 何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべて、鈴の耳元で紅葉が囁く。
「ねえ、りんりん。みわりょんが来てるよぉ〜」
「……って、辻村っ! 皆の前でそんなこと言うなよぉ!」
 鈴の顔が瞬時に真っ赤になった。
「あれぇ? りんりんは、みわりょんが嫌いかみゃ?」
 んー? と腰を屈めて鈴の顔を覗きこむ。
「き……嫌いってわけじゃ……ないけど、さ」
 口ごもる鈴の前に、
「こんばんは」
 鈴にも負けず劣らずの白い肌をした長髪の美少女が、紅葉の背後から現れた。
紺に朝顔の柄が染め抜かれた浴衣と黄色い帯が夜目にも映え、実に涼しげだ。
「あ……やあ」
「こんばんは、鈴ちゃん」
「こ、こんばんは……元気?」
「ええ、元気よ」
 少女は、くすりと笑った。
「あー、あーっ! もう見てられないわね、このバカップルは!」
「熱い熱い。熱くて死んじゃいますよ?」
「それじゃあ、一緒にデートして来なさいよ。あたし達なんかジャマみたいだし」
「でででで、デートだなんて、そ、そんな……」
 顔を真っ赤にさせて口ごもる鈴を、生暖かく見守るクラスメート達。
 それもそのはず。
 みわりょんこと、丹堂美羽(たんどう・みわ)は、バリバリのレズっ娘なのである。
どうして鈴が拒否をしないかというと、美羽から男性恐怖症を治したいから付き合って欲しいと言われたからである。
 それが今年の二月の末だったから、付き合い始めて半年近くが経とうとしている。
今では校内の誰もが認める『レズビアンのカップル』であった。
 自分は男のつもりだから、鈴としては不本意な称号であるし、レズだなんて思ってもいないのだが、
周囲から見れば、甘々な雰囲気でべたべたとくっついて一緒にいる二人は、どうひいき目に見てもレズのカップルなのだった。
「うぉお……滝田よ、道を踏み外すな。俺達はいつでもお前を待っているぞ」
「誰が男と付き合うか、ボケ!」
 級友の男子の言葉に反応した鈴の右ストレートが、見事に彼の顎をえぐった。
「い……いいパンチしてんじゃねぇか。がっくり」
 顎を押さえて崩折れる彼と冷やかしの声援を送る女子達を背中に受けながら、
鈴は生まれて初めてできた『彼女』の手を取り、喧騒の中へと足を踏みいれた。


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