いつどんな顔をしてもそれが誰かに見られているとすれば、下手に顔の筋肉を緩めることすら緊張してしまう。
胸は…どうしようもないだろう。
さきほど疾走したときのように腕で持ち上げるのはおかしいし、周りに与える刺激が強すぎる。
凶悪なまでに女らしさを放つこの部分だけは、火の吹くような恥ずかしさを耐え忍び、開放することにした。
周囲の目でいよいよ本当に窒息してしまうかとおもった直前、なんとか自分の教室へとたどり着く。
(ふぅ…やっとここまできたよ)
自分でも感心する。なんだか自分で自分をほめてやりたい気分だ。
ガラガラとできるだけ音を立てないように教室のドアをスライドさせた。
ググッと一瞬気構える。廊下とは違い、制限された空間に人々が密集しているのだ。
ひとたび注目を引いてしまえばそれはとてつもないパワーで迫ってくることだろう。
(………?)
意外だった。
チラリと何人かの同級生がこちらを見ることはあったが、すぐにまた友人とのおしゃべりに夢中になってしまった。
「ふぅ…」
正直いって安心した。
同じクラスの生徒など、一日のうち何時間も空間を共にしている人間にそれほどの好奇心もわかないだろう。
そんなことを思ってしまった。これこそが普通の学園生活。
普通に学生をやっている限りすくなくとも雄介自身にとっては十分すぎる毎日なのだ。
栢山(かやま)高校は少子化の進むこのご時世にでもだいたい1クラスあたり40人ほどの人数がいる。
ギリギリで登校するものも多く、雄介の後にも次々と同級生が教室にはいってきた。
その誰もがそれほど自分に対して興味を抱いてはいないようだった。
(…なんだか、注目されないことが逆に幸せだな)
いちいちこんなことを感じてしまうとは…自分でもずいぶん心が不安定だったのだろう。
ついボケ〜っと入り口近くに棒立ちになってしまった。
「邪魔だ…」
ドガッ!
「ごふぅ!」
急に背中から何者かにぶつかってこられた。またもや床に鼻の頭を強打する。
(ふんぐぬぬぅっ!!一度ならずや二度までもっ!)
今度の復帰は早い。ガバッとすぐに身を起こすと、加害者の背中をキッとにらみつける。
「てめっ!いきなり後ろからなにすんだっ!」
「……」
まるで最初から誰もいなかったかのような風体で自分の席へ行こうとしていたその女生徒。
ちらりと顔だけを少しこちらに向けてくる。
それも横目で盗み見るような…意外なところから声が聞こえてきた、といわんばかりの対応である。
「……」
「……」
しばしのお見合い状態。はて、こんなやつ同級生にいたっけ?
「・・・・・ふっ」
バカにしきったように軽くせせら笑うと、時間の無駄をしたとでもいうように無視していってしまう。
お前がそんなところに突っ立っているから悪いのだろう、その背中から無言の指摘が迫ってきた。
確かに、確かにそのとおりだ。しかしだからといってその態度はなんなのだ? いったいてめえは・・・
「てめえは何様の…!」
何様のつもりだ、と怒鳴りつけてやる。いや、できなかった。
そうする直前、教室を満たす空気が変化していることに気がついたからだ。
(おい…なんだ?)
視線が集まる。…自分にではない。これはすでに確認したことで、驚くようなことでもない。
自分ではないのだ、同級生たちのまなざしは。
彼や彼女らの視線の先は…ぶしつけな態度を平然と放つあの女生徒へ集中していたのだ。
(な、なんだってんだ・・・。あの女になにがあるってんだ?)
自分からは後姿しか見えないため、顔はわからない。
先ほどこちらを覗いてきたときもあまり顔ははっきりとわからなかった。
ただその限定された視界からとはいえ、その女生徒の肉感的なボディだけは見て取れた。
身体の凹凸はその女性的特徴に従い忠実に成長している。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、ちょうどそんなかんじだ。
歩くたびに左右に少し揺れ動くヒップから目を離すことができなかった。
制服のスカートの下にいったいどれほど美しい造型の尻があるのだろうとおもわずにいられまい。
男ならば、いや女である自分さえ、知らぬ間に下半身が熱を帯び始め…。
(う・・・うわっ…。なんだ・・・)
思わずスカートの上から股間を押さえる。
熱を…感じる…。確かに感じるのだ…。…抑えきれない。
(うわっ・・・うわわわわわ・・・)
なんと表現すべきか・・・。
男のような「先」で感じる熱源ではない、股間のずっと奥――下腹部の中心からじんわりと温まるような・・・。
(はぅ・・・ちょ、ちょうど男が勃起するようなもんなのかな・・・?)
男として――おかしな話だが――「女の部分」が反応している。そう……いえるのだろうか?
(い、意外に・・・“くる”んだな、女も)
女に欲情してしまっては・・・まぁレズというものなのだろうが、
いやいや、それを認めれば自分は本当に女になってしまうではないか。
(俺は男俺は男俺は男・・・!! だからいいんだよ!! こういう反応は普通だ、うん普通!!)
無理矢理納得してしまう。いつまでも股間を押さえて動揺しているわけにもいかないし…。
その女生徒はどうやら一番後方の席らしい。
机のサイドにある鞄掛けに手持ちの荷物を引っ掛けると、
そのまま周囲の視線など空気のようにあしらいながらイスに腰掛けた。
(で、でけぇ・・・)
おそらく自分だけでなく教室にいる皆がそうおもったことであろう。
でかい、確かにでかい。
胸が。
あんな高校生がいるのか?いや、現実にいるのだ…ここに。
およそ平均的な高校生のサイズなどとうの昔に超えている。
そのまま胸だけがひとり立ちしてしまったかのようにスクスクと発育を急進していったに違いない。
メロンだかなんだか服の下に隠してるんじゃないだろうな…
ちょっと本気でそんなことを考えてしまったほどだ。
この胸にどんな顔が引っ付いているんだ?
あまりじろじろと顔を覗くのは悪い気がする。実際に今朝も自分がやられたことでもあるからだ。
でも…この期に及んで気にならないなどと言ってみせるのはあまりにも無理がある・・・。
ちらっと…ほんのちらっと…盗み見るように覗いたその容貌。
(…!?)
……まさに美少女、である。
今朝鏡で発見した自分の顔、確かに紛うことなき美少女であった。
しかし、この女生徒は違う。
自分とはまた違った、別の趣を漂わせる美少女であったのだ。
“美少女”という表現はその意味においてあまり適切ではないかもしれない。
そう、“美女”と表現したほうが…。
かわいい、というよりも美しい。その風貌から生じる幻惑のような魅力はまさに『妖麗』とあらわすほうがいいだろう。
皆が注目する理由がわかった。自分にたいして注目をしないその理由も。
こいつだ。この女のせいだ。こいつが皆の注意をすべて奪い取ってしまったのだ。
(ってなに考えてんだ俺は…)
別に注目などされたくない。そうだ、こいつがいれば俺は安心じゃないか。
そう思うことで心に余裕ができた。
その女に怒鳴り散らそうとしていた自分なんてとっくに忘れて、むしろ感謝までしている始末だ。
とことん楽観的、いや短絡的といったほうが適切だろう。もともと頭のいい人間ではないのだ。
しかしこれで朝から余計なトラブルを回避できたことも事実である。下手な注目を招くようなことだけは免れたい。
(ってか…俺のとなりの席かよ…)
どうせならその女とは席が離れていて欲しかった。
そのほうが自分とはまったく別の方向へ視線を集めることができるからである。
まぁ…大丈夫だろう。自分へのものじゃねえんだから…。
(静かに、静か〜〜に)
さささっと半ば盗み脚で自分の席へと向かう。一番後方、しかも窓際のベストプレイスだ。
(あ〜あ。こりゃ気が楽だぜ)
イスに腰掛け、背もたれを傾ける。ついつい机の上で脚を組んだりしてしまった。
ザッと同級生の視線が集まってきた。
(んをあっ!?)
一瞬思考が停止する。それでも動揺を隠すため必死で冷静さを保った。
(や、やべっ!そういや俺は今女…)
…浅はかだった。
いくら自分に注意が向けられていないとはいえ、女がいきなり机の上でこれはないだろう。
しかもスカートであったことを忘れていたせいで、おもいっきりふとももが露出している。
それだけで男が今夜のネタに使えそうな光景を提供してしまったといえるだろう。
隣に座る先の女生徒に負けずとも劣らない発育が自らにも訪れていることを失念していた。
これでは見てくれといっているようなものだ。ギラギラと淫らな情が周りの眼から痛いほど迫ってくる。
発育を妬む女子の眼光までもが痛い…。
「……」
静かに脚を下ろす・・・。
う〜ん、やっぱこれはこれでいろいろ神経使うな…。
(おとなしくしていよう…)
はぁ、と小さくため息をつき窓の外をぼんやりと眺める。
今日も今日とていい天気だ。寒いのが苦手なのでもっと日が差してくれたほうがありがたい。
これだと昼近くにはいい感じに太陽が差し込むことであろう。
昼食後の気だるげな眠気を暖かい陽だまりで解消することできるに違いない。
それを思うとどうもいまから顔がニヤニヤときてしまった。
こんなことだから一向に成績は下位グループから脱出できないのである。
おまけに遅刻の常習犯、スタイル抜群の美少女が朝からこれでは……
外見だけでなく中身を知る同級生の注目を集めないのも当然かもしれない。
HRがもうすぐ始まる。
そんないつもの朝。
「席に着け〜〜!」
担任の教師が教壇の定位置に立つ。
本当にいつもどおりの朝が今日も始まろうとしていた。
だが今日は・・・少しだけ違う。
外を眺める雄介の姿をじっと見つめるものがいた。
それはさきほどの美しき女子高生であった。
同級生のたぎる視線などとっくに消えてなくなってはいたが、その女子だけは違う・・・。
心配をなげかけるような、あきれ果てたような…複雑な目をかわるがわる繰り返していたのであった。


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