『伏せて! 妖術が来る!』
 剣を構えた僕の頭の中に、ミルクの香りのの法力思念が響く。
 相対した敵が呪文を唱えている様子はなかった。それでも僕は指示を疑わず、身体を地面に投げ出した。
 頭を掠めて馬でも飲み込みそうな火球が走り、進路の木立を消し炭に変えた。
「詠唱なしでフレイムストライク!? シャ、シャレになって、うわぁ!」
 凶悪にごつごつしたメイスが僕の頭をめがけて振り下ろされる。
 地面を転がってその一撃をかわした。起きあがりの駄賃に、メイスを持った腕を剣で薙ぎ払った。
 だけど剣撃は分厚い剛皮に弾き返され、鈍い打撃音だけが森に響いた。
「くそっ」
 跳び下がって身構える。僕の相手のゴブリンは地面に埋まりかけたメイスを軽々と抜き上げて、
豚のような面構えに醜悪な笑みを浮かべた。
「その程度でこの儂に挑むだと? はっ、片腹痛い」
 金属を摺り合わせたような聞き取りにくい声だけど、それは確かに人間の言葉だった。
 ゴブリンに似ているけれど、さらに強靱な体躯とヒト語を解する高い知能を備え、
齢を経たものは不可思議な妖術を操るといわれる中級魔物。
「ホブゴブリンだなんて話が違うよティア姉……」
 まだ剣士としては駆け出しの僕には手に余る相手だ。口を衝いて出た弱音に、思念で返事が返ってきた。
『ごめんなさい。でも、私たちが頑張らないとまた村の人が襲われるわ』
 言葉が帯びた優しいミルクの香りが僕を勇気づける。
 法力は術者に固有の、五感で感じ取れるイメージを持っている。
 ティア姉のそれはミルクの香り。本人は恥ずかしがっているけれど、僕はティア姉にとてもよく似合っていると思う。
「わかってるよ。そっちの首尾は?」
『準備OKよ。泉までおびき出したら発動まで少しだけ時間を稼いで。お願い』
「了解!」
 ホブゴブリンの喉を狙って腰のダガーを投げつけ、命中は確かめずに背を向けて駆け出す。
 どうせ命中しても傷を与える事はできないけれど、挑発には十分だ。
「貴様ぁっ!!」
 怒号が背後で轟く。これだけ頭に血を上らせれば、とうぶん妖術は使ってこないはずだ。

 全力で森を駆け抜け、泉のほとりにたどり着いた。ティア姉は樹木が邪魔にならないこの場所で法力陣を展開しているはずだ。
 茂みを割って現れたホブゴブリンと相対し、上がってしまった息を整えながら左手で腰の革袋を探る。
「遅いよ、ノロマめ」
「小賢しい。だが、もう逃げ場はないぞ」
 優位を確信したホブゴブリンは無造作に間合いを詰め、横殴りにメイスを繰り出した。
 僕はバックステップでやり過ごし、今度は深く踏み込んで無防備な懐に飛び込んだ。
 ホブゴブリンの顔に、皮袋から掴みだした丸薬を十数個まとめて叩きつけた。丸薬が一斉に弾け、
きつい香草の匂いをまき散らす。
 その途端、ホブゴブリンは獣じみた咆吼をあげてのたうち回り始めた。
 本来は魅了や幻術に惑わされた味方に使う回復薬だけど、こうして大量に使えば敵の目や鼻、喉を冒して一時的に行動力を奪う事ができる。
 僕は転げ回るホブゴブリンから距離を取ってティア姉に呼びかけた。
「ティア姉、奴が泉に落ちたりする前に、急いで」
『うん、もう始まる』
 その通信を合図にしたように、聖水で地面に描かれた法力陣が燐光を灯して浮かび上がった。
 法力陣を通して聖なる祈りを込められた周囲の大気がミルクの香りを帯びて輝き始め、らせんを描いてホブゴブリンへと押し寄せた。
 らせんに捕らわれたホブゴブリンの声が、雄叫びから苦悶と困惑とを伴ったものに変わる。
「これはっ! 馬、馬鹿なぁ、なぜ聖巫女がぁ――――!」
「いえあの、聖巫女ではなく、まだ見習いです」
 今度は思念ではなくぽやっとした声がして、茂みに潜んでいたティア姉がごそごそと姿を現す。
 背中を覆う流れるような金髪と、法衣をモチーフにした神学院の女子制服。優美と言ってもいいその姿のそこら中に、枯葉や小枝が引っかかっていた。
「見習い、だと……」
「あ、あの、ティアナ=ホールトリッヒと言います。未熟者ですけど、せいいっぱい成仏のお手伝いをしますから……」
 律儀にお辞儀してから、自分の努めを確認するみたいに聖杖を両手で握りしめて、おたおたと突き出す。
 子供の頃からやる事なす事がたどたどしかったティア姉だけど、それは一八歳になった今でも変わっていない。
 そんなティア姉は一見すると頼りなげだけど、ミルクの香りの奔流は一段と輝きを増して、
 ホブゴブリンの剛皮がぐずぐずと崩壊を始める。
「ぐ、あぁぁぁぁ、おのれえぇぇぇぇ」
 あらかじめティア姉が築いた法力陣に僕がゴブリンを誘い込む。予想外の大物に冷や汗をかいたけれど、結果は上々だ。
「あの、だめです。暴れないで。よけい辛くなりますから」
 ティア姉は相変わらずへっぴり腰でおろおろしながら聖杖を構えている。
 いわゆる魔物と通常の動物の違いは、凶暴性や残忍性ではなくて、奴らが世界のひずみに積もった悪想念と魔法力が織り合わさって生まれた疑似生命だという 事にある。
 本当の意味で生きてはいない魔物を、剣や普通の魔法で完全に滅ぼす事はできない。
その代わりに、核となる悪想念を祈りで癒すことで存在を無に帰してやる事ができる。
 ティア姉は王都の神学院で、祈りを捧げる聖巫女としての修行を積んでいる。そして僕にとっては、二つ年上の幼なじみでもある。
「許さんぞ、決して許さんぞ!」
 ホブゴブリンの肉体がぼろぼろと崩れていく。ティア姉はそれを正視できず目を閉じてしまった。
 そんな心の迷いが、法力陣の綻びを誘った。
「許さんぞぉ!!」
「きゃあっ!」
 耳をつんざくような猛り声と共に、法力のらせんを貫いて四方八方に火炎が迸り出た。
 その一本がティア姉の聖杖をはじき飛ばし、法力を絶たれたらせんがふっと消え失せた。
「ティア姉!!」
 僕は状況を理解する前に飛び出し、ティア姉に飛びかかろうとしたホブゴブリンの進路に割り込んだ。
 奴の爪が頬を掠めたけれど、それには構わず全体重を預けた剣を腹に突き立てる。
 剣は法力で崩れかかった剛皮を貫いて深々と突き刺さった。返り血が僕とティア姉をどす黒く染める。
「くそっ!」
 致命の手応えを感じた僕は無念の声を漏らした。確かにこの場では倒す事ができた。
 でも、これでは季節が一巡りもすれば現し身を取り戻してしまうはずだ。
 僕らへの恨みを募らせ、さらに用心深く、さらに狡猾になって。
 ホブゴブリンの身体が黒い霧に包まれるようにぼやけて、剣で突き刺した肉の感触も少しずつおぼろげになっていく。
「よくも貴様ら!! 儂に血を流させた報いを受けさせてやる!
 聖巫女などと永劫に名乗れぬ汚らわしい姿で狂い死ぬがいいぃぃっ!!」
 すでに空気に溶けてしまったホブゴブリンの、怒りに満ちた叫び声だけが周りの木々を震わせた。
 その残響が消えたとき、森は普段の静けさを取り戻していた。
 僕は剣を振ってまだ残る血糊を振り落とし、鞘に納めた。
「ごめん、ティア姉……」
「ううん。こっちこそ油断してごめんなさい。それより、ほっぺは大丈夫?」
 僕の頬にはかすかなひっかき傷が浮かんでいた。ティアラは心配げな表情で僕の頬に触れて、傷の深さを確かめる。
「うわ、だ、大丈夫だよティア姉。かすり傷だから」
 ティア姉の指の柔らかな感触に、僕は慌てて後ずさった。それが可笑しかったのか、ティア姉はようやく
朗らかな笑みを浮かべた。
「よかった。だけど、あの魔物が変な事を言ってたよね。汚らわしい姿って……。ひぁっ!」
 首をかしげたティア姉が突然すくみ上がり、そしてへなへなと座り込んだ。
「ティア姉っ! うぐっ!」
 僕はティア姉に助け寄ろうとしたけれど、強い悪寒を感じてうずくまる。
「ぐっ、何だこれ……」
 身体に目をやると、さっき浴びた返り血の染みが鬼火のように輝いていた。どす黒い血液がじわじわと皮膚に染みこんで、身体の芯まで食い入ってくる。
 僕の内臓が耐え難い熱を帯びて、ぞわぞわと蠢き始める。
「う、うぁぁぁっ!」
 苦痛と恐怖に悲鳴をあげてのたうちながら、僕はティア姉に手を伸ばした。
「!!」
 異様な桃色に染まった手足を震わせ、ぐずぐずと人としての形を崩されていく肉塊。
 それが、気を失う僕が最後に見たティア姉の姿だった。


「リュー君」
 ぼんやりしていた僕はティア姉に呼ばれて我に返った。
「どうしたの? 大仕事が終わったから気が抜けちゃったのかな?」
 目の前のティア姉は小首をかしげてくすくすと笑う。
 そうだ、僕とティア姉は街道で村の人達を襲い続けていたホブゴブリンを退治したんだ。
「いや、大丈夫。ちょっと戦いの事を思い出していたんだ」
「大変だったもんね」
「確かに大変だったけど、ティア姉のためなら大したことないよ」
 昔は僕がティア姉を見上げていたけれど、今はティア姉が僕を見上げている。
「リュー君、少し会わない間にずいぶん大人になったね。ううん、もうリュー君なんて呼んでたらダメだよね」
 ティア姉は胸に手を当てて、自分の中の何か確かめるみたいに小さくうなずいた。
「もうそんな子供っぽい呼び方は似合わないもん。これからはリューネって呼ぶね」
「ティア姉……」
 僕の胸がじんと熱くなった。
 幼なじみだったティア姉の事を、憧れの人として意識するようになったのはいつからだったろう?
 だけど3年前、僕の背丈がようやくティア姉に追いついた頃、ティア姉は聖巫女の素質を認められて王都の神学院に行ってしまった。
 僕が剣の修行を始めたのはその年だ。
 剣を究めて騎士になれば、遠くなったティア姉にもう一度追いつけると思ったから。
 村の近くにゴブリンが現れ、5年は会えないと思っていたティア姉が駆けつけてくれると知ったとき、
僕は不謹慎にも眠れないくらい嬉しかった。
 ティア姉が手伝いを僕に頼んでくれたときは有頂天になった。これでティア姉に男として認めてもらえると。
 そして今、その望みが現実になったのだ。
 僕はティア姉の肩に手を置いて見つめる。ティア姉は囁いて目を閉じた。
「私のために頑張ってくれてありがとう。キスして、リューネ……」
 僕は喉から飛び出そうな心臓を静まらせながら、ティア姉に顔を近づける。
 きつく掴んだティア姉の肩が、グズリと崩れた。
「え? うわぁぁぁぁっ!!」
 悲鳴を上げた僕の目の前で、ティア姉の笑顔が、身体が、おぞましい桃色に染まってグズグズと崩れ落ちていく。
 そして、僕自身の身体も同じように崩れ始めていた。
「あぁぁぁぁっ!!」


 僕はがばりと飛び起きた。
「ひ、ひどい夢だった……」
 身体を見回せば、手も足もちゃんとついている。夢みたいに溶けてはいなかった。
 僕は身体中に冷や汗を感じながら、ふうっと息をついた。
 だけどそのとき、胸を守る皮の装甲が斜めにずり落ちた。
「あれ?」
 元に戻そうとしても、妙に大きくて僕の身体に合わない。
 そう言えば、ブーツやズボンもがばがばと大きくなっている。
 ホブゴブリンが消えかけに残した呪いの言葉を思い出す。
「ま、まさか小さくされた?」
 いや、子供にされたのか、それとも、人よりも小さな亜人の姿にされたのか。
 震え上がった僕は慌てて装甲を外し、中に着ていたかたびらも脱ぎ捨てる。
 きついかたびらから身体が解放された瞬間、チュニカの下で僕の胸がポヨンと揺れた。
「!?」
 今まで感じた事のない奇妙な感覚に、僕は背筋を凍らせて硬直した。
 おそるおそる見下ろしたチュニカの胸が、ほんの少しだけど膨らんでいる。
 とっさに掌をあてたら、ふにゅっと柔らかな手応え。そして胸からは、とてもくすぐったい感覚が伝わってきた。
「な、なんだこれっ!?」
 僕はチュニカの胸元を引っ張って中をのぞき込んだ。そこには、小さいけれど確かなお椀型の膨らみが二つ。
 僕は悪友と一緒にそいつの姉さんの着替えを覗いた前科があるから見た事がある。
 そのお姉さんのよりずっと小さいけれど、これは女の子の乳房だ。
「あ、あはははは……」
 僕は自分のばかげた想像を笑った。そんなものが僕にあるわけがない。だって、僕は男だから。
 そうして意識した下半身には、とても頼りない喪失感。
 僕ははっとしてぶかぶかになったズボンに手を突っ込んだ。だけどそこには、何もなかった。
「え、えぇえええ!?」
 そんなはずはないとズボンを引きずり下ろした。
 男のシンボルがあるはずの場所に、一本の奇妙な縦スジ。
 指先でなぞって確かめると、それはしっかりと閉じ合わさった溝だった。指が当たったところが、とてもくすぐったい。
 指でたどっていくと、その溝は脚の間を通り抜けてお尻のそばまで続いていた。
 僕は剣の兄弟子から教えてもらった知識を思い出した。
 女の子の股には男のあれの代わりに割れ目があって、エッチの時には……
「うわぁぁぁっ!」
 膨らんだ胸、股間の割れ目。それが示す事をが信じられず、僕は泉のほとりに走って水面をのぞき込んだ。
 そこに、見知った僕はいなかった。代わりに、僕によく似た活発そうな女の子が映っていた。
 もう間違いない。ホブゴブリンの呪いは、僕の身体を女の子にしてしまったのだ。
 足ががくがくと震え、僕はへなへなと座り込んでしまった。
「そ、そうだ、ティア姉! どこだよティア姉――――――――っ!」
 大声を上げたら、その声も女の子だった。それでもちゃんとティア姉からの思念が返ってきた。
『リュー君……』
「ティア姉、いるの!? どこ!?」
『どこって、その……』
「出てきてよ! 大変なんだよっ!
『でも……』」
 気後れしたティア姉らしくない様子で、僕は感づいた。僕が女の子にされたように、ティア姉は男にされたに違いない。
「ティア姉! 僕も女にされちゃったんだよ! 恥ずかしがらないで出てきてよ」
『驚かないって約束してくれる?』
 まるで上目がちにおどおどと僕の心を確認するような、ミルクの香りのの思念。
「約束するよ」
『じゃあ出て行くよ。絶対に驚かないでね?』
 僕の返事に応えて灌木ががさごそと動き、そこから得体の知れない桃色の物体が這いだしてきた。
 高さ半メルトルくらいの伏せたお椀のてっぺんから数十本の長い触手が伸びたそれは、
一言で表現すると巨大なイソギンチャクだった。
 桃色のイソギンチャクが、底面をシャクトリ虫のように使って僕に向かってくる。
「あ、あ、あ……」
 腰を抜かしかけて剣を探す僕の前で歩みを止めたイソギンチャクは、抗議するかのように身体を震わせた。
 それと同時にミルクの香りの思念も伝わってくる。
『嘘つき。驚かないって言ったのに』
「まさか、これがティア姉……? なの……?」
『うん……』
 困り果てた思念が返ってきた瞬間、僕は今日二度目の気絶をしていた。
 再び目を覚ましても、やっぱり僕は女の子のままだった。
『ごめんなさい。本当にごめんなさい。こんな事になってしまって、私なんて謝ったらいいのか……』
 法力で作られた虚像のティア姉がしゃくりあげながら一所懸命に頭を下げる。
 こうして顔が見えれば、桃色の物体より少しは話がしやすい。
 僕が再び目を覚ましてから、ティア姉はずっとこの調子だった。
「僕の事より、ティア姉の心配をした方がいいよ……」
 いくら僕が性別を変えられてしまったとはいえ、ティア姉は人間ですらないものにされたのだ。
 どちらが深刻かは考えるまでもなかった。
 ティア姉の本体は触手で自分自身の身体を確かめた。目や耳はなくても、触手が五感を感じられるのだそうだ。
『うん……。この身体じゃ村に帰れないよね。これ、きっとメフィラだと思う……』
「メフィラ?」
 ティア姉がメフィラについて説明してくれた事をまとめると、こうだ。

 メフィラは植物と動物の中間の生き物で、花粉で交配して種で子孫を残す植物と同じ生殖のしくみを持っている。
 だけどその方法はきわめて特殊で、虫媒花が昆虫の仲介で受粉するのと同じように人間の女性を仲介させて受粉するのだ。
 雄花を持つメフィラが女性の胎内に花粉を送り込み、さらに雌花を持つメフィラがその花粉を受粉する。
 すなわち、メフィラは女性を襲い、犯し、一生消えない恐怖と悦楽を被害者の身体に刻みつける。
 そのおぞましい生態への嫌悪から徹底した対策と駆逐が行われ、メフィラは現在では絶滅したとされている。

「で、でも、ティア姉は人を襲ったりしないでしょ? なんとか事情を説明すれば……」
 僕は途中で口ごもった。事情を説明したって分かってもらえる保証はない。
 おまけに、医学者や魔道士の好奇の対象になったとき、ティア姉が人間として扱ってもらえるのかも分からない。
「元に……、元に戻る方法はないの……?」
『分からない。身体を造り替える妖術なんて学校でも聞いた事がないから……』
「そんな……」
 僕は絶望的な気持ちで自分の身体を見下ろした。
 もしティア姉がずっとこのままだったら? 僕も一生女の子のままだったら? 想像するだけで恐ろしかった。


 どれくらいそうしていただろう。
 不意に、何かが僕の手足に巻き付いた。そいつはすごい力で僕の身体を地面に引き倒す。
「うわっ! ティ、ティア姉!?」
 それは、ティア姉の本体から伸びた触手だった。
 戸惑って目を白黒させた僕の前で、ティア姉の法力像がゆらりと立ち上がった。
 その口から、信じられないくらい淫らな笑い声が漏れる。
『ふ、ふふ、うふふふ……』
 輝きをなくした無機質な瞳が僕の身体を値踏みするように睨め回す。
 ぞくりとした僕は触手を振りほどこうとしてもがいた。だけど女の子の身体はあまりにも非力だった。
 決して太い触手ではないのに、僕は易々と両脚を広げられ、大の字で地面に縫いつけられてしまった。
 愕然としてティア姉を見上げる。
「な、なにをするのティア姉……?」
『ふふふふ、決まってるじゃない。メフィラがどんなものかは教えてあげたでしょ?』
 ミルクの香りの思念は確かにティア姉のものだけど、さっきまでの暖かみがまったく感じられなかった。
 ティア姉の心は、メフィラの身体に支配されてしまったらしい。
 集まってきた触手たちが、するすると僕の身体を這いずり始める。
 布一枚を隔てて這い回る何本もの触手に僕は悲鳴を上げた。
 開いた口を塞ぐように、新たな触手がねじ込まれる。
「むぅぅぅぅっ!」
 噛みつこうとした瞬間、口いっぱいの触手が脈打って生暖かい粘液を噴き出した。
 思わず飲み下してしまったそれがお腹に達したとき、僕の身体の芯がじわっと熱を帯び始めた。
 股間が奇妙に疼きだし、僕は触手に縛られた太ももを擦り合わせようとして身体をよじる。
「な、なに、これ……?」
『こうすると女の子は大人しくなるのよ……』
 僕の身体にとりついた触手たちも同じように粘液を吹き出し、僕の服や手足に擦りつけ始める。
「あっ! くぅっ!」
 粘液が濡らした肌がじわりと疼く。
 その異様な感覚に僕が身をよじるたび、触手は歓喜に震えてさらに粘液を吹き出した。
 粘液でべったりと濡れた服が至る所で綻びはじめ、穴になった場所から素肌が覗きはじめる。
 服が粘液に溶かされているのだ。
『さあ、邪魔な服は脱いでしまいましょうね』
 ティア姉がねっとりと笑う。生地が弱ったチュニカの胸元に触手が掛かり、一気に下まで引き裂いた。
 真珠色の膨らみが日の光を浴びてぷるんと揺れ、僕は息をのんだ。
 薄い色の乳首は男とは違うツンとした円筒形に変わっていて、僕の頬が恥ずかしさに染まる。
『ふふふ、ふくらみかけのかわいいおっぱいね』
 僕の胸の上に伸ばされた触手の先が、十字に割れていく。その内側は、ねっとりと濡れた舌のような粘膜だった。
「だめだよ、やめてよティア姉」
 手足を縛られて動けない僕に、二本の触手の先が僕の胸の柔らかさを確かめるみたいに絡みつく。
「ひゃうっ!」
 触手の四本に分かれた枝がそれぞれくねって胸の膨らみをひしゃげさせる。
 そのたびにじんと熱い物が全身に広がり、乳首が恥ずかしく尖っていく。
『気持ちいいのね』
 胸に張り付いた触手から細い蔓(つる)みたいなものが伸びて、僕の乳首に巻き付いた。
「ひぁぁぁぁぁぁぁ!」
 巻き付いた蔓がぎゅっと乳首を締めつける。
 甘い痛みが全身を走り抜けて、僕は叫び声を上げていた。あふれた涙で景色がぐちゃぐちゃになる。
 さらに蔓はバネのように伸びたり、縮んだり、曲がったり、僕の乳首を粘土細工のように弄んだ。
 そのたびに少しずつ違うショックが襲ってきて、手足を縛られた身体ががくがくと跳ね回る。
 蔓がほどけて乳首が解放されたとき、僕の息は絶え絶えになっていた。
『とっても感じやすいのね。すっかりとろけちゃって』
 ティア姉は僕が見た事もない淫らな顔で舌なめずりをした。
 僕はようやく自分が感じていたのが女の子の快感なのだと気が付いた。
 あまりに激しくて、苦しさと区別できないくらいの快感。
 僕の脚を、触手がヘビのように巻き付いて昇ってきた。
 素肌を這われる感触に、ズボンも下穿きもすっかり溶けてしまった事に気が付いた。
 華奢な女の子の裸身が桜色に染まり、粘液でテラテラと光っている。
 とても僕自身の身体とは思えない淫靡な光景だった。
 だけど、触手の鳥肌が立ちそうな感触が確かに僕に伝わってくる。
 触手は僕の脚を登り切ると、僕の両足の間、あの縦スジに狙いをつけるように鎌首をもたげた。
「な、なにを……」
 触手が、まるでヘビの舌のように蔓を伸ばし始める。
 蔓は僕からは見えない股の間で何かをちょんちょんとつつき始めた。
「ひあっ!!」
 今までで一番の衝撃が来て、僕はあごを上げてのけぞった。
 そこにほんの少しの力が加えられるだけで、僕の身体は電撃のような快楽にのたうつ。
「やめてっ! そこはっ! きひぃ!」
 僕はあまりの刺激に恐怖を感じて無我夢中でもがいた。
 おかげで両腕を縛っていた触手がわずかに緩んだ。
 僕は両腕を強く引いて触手から引き抜き、上半身を起こした。足の間の触手を払い飛ばして手で股間を隠す。
「え……?」
 そして、僕はその部分の変化を知った。
 きつく閉じていた口は綻んで、開いた割れ目の奥からトロトロとメフィラの物とは違う粘液があふれ出している。
 自分の身体が女の反応を始めているのを知って、思わず力が入ってしまった指がずぷりと割れ目に沈み込む。
 じっとりと濡れた熱い粘膜に指を挟みこまれる感覚と、敏感な粘膜に乾いた異物を割り入れられる感触を、同じ場所から感じた。
 そして、指を引いた割れ目の始まりのところには……
「これ……? 本当にこれが……?」
 僕は、触手がつついていたのが、割れ目に隠れた豆粒のように小さな肉芽だった事を知った。
 もたらされた強烈な刺激とのギャップに驚き、爪でその部分を引っ掻いてしまう。
「痛いっ!!」
 快感も何もない、まるで焼けた火箸を突き刺されたような傷みが走り、僕はだらしなく悲鳴を上げた。
『バカねえ。クリトリスはとっても敏感なのに』
 とてもティア姉とは思えない言葉にハッとした。
 どうして気づかなかったのだろう。いつの間にか、ミルクの香りだった思念が鼻を突く腐臭に変わってしまっていた。
 慌てて見上げれば、法力像も姿を消していた。
「ティア姉? あっ!?」
 焦って周りを見回した隙に、また触手に両手を絡め取られた。
「ティア姉! どこ!?」
『ふふふ、こうして触れあってるのに……言ってるの? さあ、本当の女の子の……を教え……げる』
 思念はかすれ、さっきよりも嫌な臭いが強くなっていた。
 僕は恐ろしい事に気が付いた。法力のイメージが変わるとは、術者がその人ではなくなる事だ。
 ティア姉の心はメフィラに支配されるだけではなく、その中に取り込まれて消えかかっているのだ。
「ティア姉!! しっかりして!! 正気に戻らないと駄目だよ!!」
『……は……よ…………………………%?!』
 最後に伝わってきた思念は、意味不明の雑念を残してぷつりと途絶えてしまった。
「ティア姉!! ティア姉、返事をしてっ!!」
 もう答えはなかった。
 触手がざわざわと動きだし、十重二十重に僕の身体を縛り付ける。そして胸を、お尻を、貪るように蹂躙する。
 股間にも何本もの蔓が集まって、またあの豆粒……クリトリスや、割れ目の壁をまさぐり始めた。
 そのたび、僕の身体の奥から熱い粘液が染み出してくる。
 声も出せなくてぱくぱくとわなないた口に触手がずぶりと入り込み、口の中を嘗め回して犯す。
「むぅ、むぅぅぅっ!」
 息もできないくらい苦しいのに、僕の身体はどんどん高まっていく。
 快感に何度となく弓を絞るように身体が反り返り、僕の意志に関係なく反り返ったつま先が地面を引っ掻く。
 そして、とどめの火花が身体中で散った。
 あそこが何度も引きつるように収縮して、ぷしゃっと熱い液体を撒き散らした。
 背中が折れそうに反り返り、僕は快感に絞り出されるように声を上げていた。

 その快楽の津波がどれだけ続いていたか分からない。
 ようやくそれが通り過ぎたとき、僕の心は快感に洗い流されて空っぽになっていた。
 触手が僕の身体からほどけていくのを感じても、身体が弛緩しきって身動きできなかった。
 あそこだけが、まだ快楽の余韻を残してひくひくと痙攣している。
 これがいくって事なんだ。それが分かった途端、目からぽたぽたと涙がこぼれた。
「こんなの……こんなのって……」
 僕は女の身体で犯されて達してしまったのだ。
 ティア姉は……もはやそう呼んでいいのかも解らないメフィラは、欲求が満たされたのか触手を縮め、
桃色の身体をゼリーのように震わせていた。
 だけど、もしもう一度さっきと同じ目に遭わされたら、僕はきっとおかしくなってしまう。
「逃げないと……」
 腰が抜けていて、起きあがる事はできそうになかった。
 1メルトル、2メルトル、まだ蕩けたままの手足で這いずって、僕は近くの藪を目指した。
 だけど、そこまでだった。僕の足首に再び生暖かいものが巻き付いた。
 悲鳴を上げる間もなく何本もの触手が絡まり、僕を引きずり戻す。
「うあぁぁぁっ!!」
 腹這いのままメフィラのところまで引きずり戻された僕は、そこで空に向かって足首を持ち上げられ腰の浮きあがったエビぞりにされた。
 さらに何本もの触手が僕の両脚に巻き付き、無理矢理に左右へと広げる。
 肩越しに振り返れば、脚の間にいるメフィラに、空を向いた僕のお尻や割れ目が全て晒されてしまっていた。
 そして、僕はメフィラが決して満足なんてしていなかった事を知った。
 メフィラの触手が生えた頂上の真ん中から、ひときわ太い触手がにちゃっと音を立てながらせり上がった。
 それは先端をどくどくと脈打たせながら、ゆっくりと僕の股間へと迫ってくる。
 あれが花粉を送り込むための雄しべに違いない。僕は自分が何をされようとしているか理解して震え上がった。
「やめて!! ティア姉!!」
 自由な両腕で地面を掻いて逃げようとする。でも、身体は触手に引きずられておしべに近づいていく。
「ああ、誰か……、誰か助けて……」
 それでも必死で地面を引っ掻いていた指先に、何かが引っかかる。
 すがるように握りしめたそれは、丸薬を入れた革袋だった。
「これは!?」
 気付けの丸薬なら、もしかしたらティア姉を正気に戻す事ができるかもしれない。
 僕は袋の中身を掴みだしてメフィラに投げつけた。
 丸薬が弾けて香気がメフィラを包んだ瞬間、全ての触手の動きが止まった。
「ティア姉? 気が付いた?」
 僕は期待を込めてティア姉に呼びかけた。
 だけど返事はなかった。その代わりにメフィラのどこかから、ぷしゅっと空気が吹き出す音がした。
 その音がぷしゅ、ぷしゅっと何度も度と繰り返される。そして、
「ビィィィ――――――――――――――!」
 メフィラの身体中から吹き出した空気がまるで猛り声のような風切り音を響かせた。
 桃色だったメフィラの身体が赤く染まっていく。
 それを合図に、全ての触手が僕に襲いかかってきた。
「ひっ、痛いっ! いたぁぁっ!」
 触手が僕の身体中を、全ての敏感な場所を、力任せに揉みしだく。
 最後の希望も砕かれた僕は、あまりに乱暴な責めに高い悲鳴を上げた。
 丸薬はメフィラを怒らせただけだったのだ。
「かはっ! ひっ! ふぁっ!」
 あそこを、胸を、お尻を、粗暴な愛撫と粘液だけで無理矢理に感じさせられて、僕は息もできないまま幾度も絶頂に上り詰めた。
 もう自分の身体がどうなっているか分からなくなってきた。
 開ききってしまった瞳になにが写っているのかも分からない。
 どんどん周りの現実感が薄れていく。
 このまま消えてしまえば楽になれる。そんな諦めに支配され始めた僕の心を、何かがかすかに引っ掻いた。
『ぅぁ……』
 眠たげなミルクの香りの思念。僕はそれを心の中でそれをたぐり寄せた。
『ティア姉? ティア姉でしょ』
『ふえ? リュー君?』
 ぽけっと放心したティア姉の思念が伝わってきて、僕は泣きだしたくなるくらい嬉しくなった。
 だけど、気が抜けたせいでさらに気が遠くなる。
 ティア姉が放心していたのは僅かな間だった。
『え!? いやあぁぁっ! なによこれっ! リュー君! リュー君! だめ、止まって! 止まってぇっ!!』
 ティア姉が意識を取り戻しても、僕の身体を蹂躙しつくす触手は動きを止めていなかった。
 もうティア姉は自分の身体を制御できないみたいだ。恐慌するティア姉の意識がそのまま僕に伝わってくる。
『リュー君! しっかりして! ごめんなさい、止めようとすると身体から弾かれて、バカァ何で止まらないのぉ!!』
『いいよティア姉。もう平気だよ。何も感じないから』
 触手も、女の子になった身体も、もう遙か遠くにしか感じられなかった。
 僕の心は真っ暗な安らぎの中に溶け始めていた。
『ごめんティア姉、力になれなくて……』
『そんな。こんな時に謝らないで。私こそ、私がリュー君に手伝いを頼まなければこんな事には』
『違うよティア姉。手伝ったのは頼まれたからじゃない。少しでもティア姉と一緒にいたかったからだよ。
 それに、一人前だってティア姉に認めてもらいたかったんだ』
『え?』
『この気持ちを胸を張ってティア姉に伝えるために』
 僕はティア姉の思念に自分の心を全て開いた。これで、ティア姉への気持ちも、今までの想いも、全て伝わるはずだ。
『好きだよティア姉。これからも、ずっと』
 僕は微笑んでいたかもしれない。もう何も見えなくて、何も聞こえないけれど、心はティア姉と繋がっていた。
 ティア姉のしゃくりあげるような気持ちが伝わってくる。
『リュー君……、リュー君……。私も、大好き……』
 僅かに伝わってくる感覚で、ティア姉が頬をなでてくれるのが分かった。
 頬の傷を心配してくれたときと同じ、優しい手つきで。
『ありがとう、ティア姉……』

 ん?
 ティア姉が、頬をなでてくれる?

 ハッとした僕は、一気に現実に引き戻された。
「ひっ! あんっ!」
 メフィラに身体中をまさぐられる感触も一気に蘇り、声を上げて身をよじる。
 だけど、その触手の中で一本だけが、地面にこすりつけられて土に汚れた僕の顔を優しい動きで撫でてくれている。
 それが僕の心を身体に繋ぎ止める。
「ティア姉っ! これ……、ティア姉だよね!!」
 必死に顔を上げて、快楽に裏返りそうな声でティア姉に叫んだ。
 頬をなでていた触手がびくっと震えて、戸惑って辺りを見回すように揺れた。
『本当だ、この一本だけ……。リュー君の事が愛おしいと思ったら……。そうか分かった!!』
 ティア姉が快哉を叫び、全ての触手がぴたりと止まった。
『そうだよリュー君。無理に止めないで、メフィラと私の心を重ねて一つにすればよかったんだ。待ってて』
 しばらくして触手たちが一斉に動き始め、僕の下半身を地面に下ろしてくれた。
 僕はあおむけにひっくり返って上半身を起こした。
 触手達が手を貸してくれたけど、僕はもう嫌悪を感じなくなっていた。動きがどこかティア姉っぽいのだ。
「もう大丈夫だね」
『ふふ、ちょっとしたもんでしょ』
 触手をひらひらと動かして、ティア姉は少し得意げだ。法力像がなくても、触手の動きだけで表情が分かる。
 でも、まだ僕の身体に何本か触手が絡みついたままなのはどうしてだろう。
 僕は脚に巻かれた触手を掴んで言った。
「ティア姉、もうこれも離してくれていいよ」
 その途端、滑らかだった触手の動きがカクカクとぎこちなくなった。
「どうしたの?」
『その……実はね、そうしてあげたいのはやまやまなんだけど……。
 今ってその、途中だったわけでしょ。だから、えーと、最後までしないと離してあげられないの……』
 消え入りそうな口ぶりだけど、内容はとんでもなかった。
「最後までって、えぇっ!? エッチな事を? そんなバカな!?」
『だってだって、メフィラってそういう生き物だし……』
 触手の先が地面にのの字をのの字を書き始める。
『それに……、私ももうメフィラと心が一つになっちゃったから、女の子のリュー君を見てるとドキドキしていけない気持ちに……』
「だ、だめだよティア姉」
 僕は顔を真っ赤にして亀のように身体を丸めた。
 ティア姉にそんな目で見られたら死にそうに恥ずかしい。まして、この身体でティア姉とエッチするなんて。
「できるわけないよそんなの……」
『やっぱり、こんな私は嫌?』
「違うよ! だけど……、本当は僕が男として……」
 男としてティア姉を抱き締めたい。
 だけど今、僕はティア姉に女の子の姿で抱かれようとしているのだ。これではあべこべだった。
『ふふ、それはお互い様。だから元に戻れたら、そのときは……』
「え?」
 視線を上げた僕の周りに触手が集まり、顎に触れた一本が僕の顔を持ち上げる。
『でも、今はすぐにこの気持ちを確かめたいの』
 顔の前の触手の先が、唇のように開く。僕は、ティア姉の言葉に誘われるように目を閉じた。
 僕の唇と触手の唇が触れあい、器用に割られた触手の先端が僕の舌と絡み合う。
 その間に、ティア姉は僕の身体に何本も触手を回し、腕や足にも絡めて抱き上げる。
『女の子のリュー君、かわいいよ……』
 別の触手に耳を甘噛みされて、ぴくんと身体が跳ねた。
 でも、キスに溺れる僕は抗議の声を上げられない。
 それをいい事に、ティア姉は僕の身体に何百ものキスの雨を降らせ始める。
 二の腕に、うなじに、太ももの内側に、おへそに、脇腹に、脇の下に、女の子になった僕の身体はまるで全てが性感帯のようだった。
 思いも寄らない所から次々に生まれる甘い快感で、僕の頭は真っ白に染まっていく。
 ようやくティア姉が僕の口から触手を離したとき、僕は身体中にキスマークを刻まれ、
身動きも出来ないくらいに感じさせられてしまっていた。
『ほら、リュー君も準備OKになっちゃったよ』
「卑怯だよ、ティア姉」
 僕はティア姉を睨み付けたけど、こんな有様では効果なんてないに決まっている。
 ティア姉は僕の抗議を肯定と受け取った。
『優しくするからね』
 掌のように広げた触手を僕の胸のふくらみに沿わせ、円を描くようにして軟らかな肉をこね始めた。
 焦らされた僕の乳首は目の前でみるみる尖ってじんじんと痺れ始める。
「は、恥ずかしいよティア姉!」
『じゃあ、こうする?』
 二本の触手が両方の尖った乳首に噛みつく。
 歯のない唇だけの口が、僕の乳首を包んでねじるようにころころと転がす。
「きゃうっ!こ、こんなの、すごい……」
 乱暴なメフィラとは全く違う、心の通った愛撫。
 それだけで僕は精一杯なのに、ティア姉は他の場所にまでちょっかいを出し始める。
「ひぃ! そこはダメっ!」
 僕の股をにゅるっとくぐってお尻に回った触手が何本も細い蔓を伸ばし、お尻の穴をくすぐり始めた。
 お尻を振って逃げようとしたけど、抱き上げられていてはたいした身動きはできない。
 すぼまったひだに蔦が引っかかるたび、こそばゆい快感と恥ずかしさで、僕のお尻とあそこがきゅっと締まる。
 おまけにその触手は、僕の股間に胴体を擦りつけて前後に滑らせ始めた。
 なめらかな触手の表面が何度も行き来して、僕の女の子の場所がくすぐったさに震える。
 太ももで締め付けて止めようとしたけれど、両脚はもう力を入れる事ができなくなっていた。
「あ、ふあ、あん……」
 胸と、後ろ、前と立て続けに走る快感と、女の身体をいじられて声を上げてしまう恥ずかしさが、
背筋の奥で今まで感じた事のない気持ちよさになって全身に伝わっていく。
 触手を擦りつけられていた僕のあそこが、にちゃっとエッチな音を立てた。
 聞きつけたティア姉が、触手の先で音の源をのぞき込む。
『ふふふ、ここ大変だよリュー君』
 言われるまでもなく、僕はそこがぐしょぐしょになっているのを知っていた。
 視線を感じたそこが、さらにじわっと恥じらいの蜜をあふれ出させる。
「見ないでよティア姉……、恥ずかしい……」
『じゃあ、どうして欲しい?』
 そんな質問だけで、焦らされ続けた僕のあそこは期待にひくりと震えた。
 僕の女の子の身体は、ティア姉の全てを受け容れる事を何よりも望んでいた。
 でも、男のはずの僕がそんな事を口にするのは恥ずかしすぎた。
「意地悪しないでよ……分かってるクセに」
 真っ赤な顔を俯かせてそう言うのが精一杯だった。ティア姉は艶っぽく笑って囁いた。
『ごめんね』
 口を開いた触手が割れ目を押し開いてクリトリスに取り付き、ちゅうっと吸い上げる。
「ひあぁぁぁっ!!」
 今までで一番の快感が来て、僕はたまぎるような悲鳴を上げてのけぞった。
 すると触手がびくっと縮こまって、まごまごおろおろと先端をさまよわせる。
『ご、ごめんなさい。ちょっときつかった?』
 さっきとはうってかわって申し訳なさそうなか細い思念が送られてくる。
「あ……、ううん。でもいきなりだったから……」
 僕は答えながら触手の一本を引き寄せた。
 あんなふうになってとても恥ずかしかったけれど、自信満々でリードしているように見えたティア姉が、
実はおっかなびっくりだったのが可笑しかった。
「……少しびっくりした」
 滑らかな触手の胴体に軽くキス。触手が恥ずかしそうに震えた。
『気をつける。できたての女の子だもん、もっと優しくしなくちゃね』
 触手がさっきと同じようにあそこに入り込んで、クリトリスを軽く咥えた。
 今度は、もごもごと口の形を変えてこね回す。
「あひっ!? そ、それ、いぃ……」
 背中までぴりぴりと感じた僕はそんな言葉を漏らしてしまっていた。
 今さら口を塞いでも手遅れだ。
 快感よりも男の沽券をなくした恥ずかしさに染まった僕の顔を窺いながら、ティア姉はころころと笑った。
『嬉しいな。じゃあ、こっちは?』
 クリトリスを責め続けながら、何本も蔦を伸ばして割れ目の中の壁をつんつんとまさぐり始める。
 クリトリスのような強烈さはないけれど、くすぐったさに似た曖昧な刺激が切なくて、割れ目の内側がヒクヒクと脈打った。
 もっと深くまで入り込んだ蔦は、割れ目の一番奥、熱い蜜があふれ出す場所をなで回し始めた。
『ほら、ここがリュー君の一番大切な所』
 その奥にある蜜の源と、さらにその奥、お腹の深くにある何かが、この先に起こる事に期待してきゅうっと収縮した。
 でも、それって、要するに……。僕は猥談で得た知識を心の中で反芻して、ごくりとつばを飲み込んだ。
 そして、その正しさを証明するように、ティア姉の触手の奥からあの雄蕊が伸び上がる。
 その先端からにゅうっと、まるで男のあれそっくりの柱頭が現れた。
『いいよねリュー君。もう、我慢出来そうにない……』
 雄蕊はするすると伸びて割れ目に押し入り、蔦に代わって蜜の出口、いや、僕の入り口に柱頭を押しつけた。
「ひ、ひぇ……、ティア姉! 本気なの!?」
『大丈夫、苦しいのは最初だけだから、さあ、力を抜いて?』
「無、無理だよよそんなの〜」
 男の僕が女の子の身体でティア姉のモノを受け容れる。
 それが急に恐ろしくなった僕はぎゅっと身体を強張らせた。
『もう……』
 ティア姉の思念がため息をつき、触手が再び僕のクリトリスをきゅうっと吸い上げた。
「ひぁああっ! あ、あ、ああぁ――――――――――っ!」
 びくっと身体が跳ね上がった直後の力が抜けた瞬間を狙って、ティア姉の雄蕊が僕の身体に押し込まれた。
 引き裂けそうな痛みと、身体に入り込んでくる巨大な異物の感触に、僕は涙を流して力の限りの悲鳴を上げていた。
 そして、僕の肺の空気が全て絞り出されてしまったとき、雄蕊は僕の奥深くまで埋めこまれていた。
『ごめんね。でも、これだけは仕方ないから……』
 ティア姉は何本も触手を伸ばして、涙でぐしょぐしょに濡れた僕の頬を拭いてくれる。
 それで痛みが消えたわけではないけれど、少しだけ気持ちが安いで、強張っていた身体が楽になった。
『そう、力を抜いて。あとは、これで少しはよくなるはず』
 僕のあそこに差し込まれた雄蕊から、じわっと何かが染み出してきた。
 すると、灼けそうな痛みが消えて、かわりにじんわりと痒みの混じった熱さがお腹に広がってくる。
「あ、なに……」
『触手と同じ粘液。気持ちよくなっちゃったら恥ずかしいかもしれないけど、痛いよりはいいよね?』
「うん……。それと、お願いだけど、手を繋いでいてほしい」
 ティア姉は一瞬きょとんとしたけどすぐに分かってくれて、寂しそうに笑った。
『そうだね。今は一つになれないけど、ごめんね』
 本当は触手越しではなくて、ティア姉の身体をじかに感じたかった。
 でも、それはメフィラの姿のティア姉にはできない相談だった。
 代わりに触手の一本が僕の手のひらに巻き付く、僕はそれをしっかりと握り返して、暖かさを確かめた。
 そして、僕を突き通した雄蕊が前後に伸び縮みを始める。
 おまけに、柱頭が往復運動に合わせてぐにゃぐにゃと変形しながら僕の内側を引っ掻く。
「くっ! ひんっ! ひあっ!」
 僕の内側は、ティア姉を離すまいとするかのように襞を雄蕊に絡みつかせてひくついていた。
 突かれるたび、引かれるたびに、快感と、その快感を生み出す自分の身体への驚きに声が出てしまう。
『あぁ、熱い。リュー君のなか、すごい……』
 思念がうわごとのように漏れて、ティア姉も僕と同じように高まっているのが分かった。
 そして、ティア姉の昂ぶりに合わせるように、何本もの触手が僕の胸やお尻に取り付き、
今までの愛撫をさらに激しく繰り返し始めた。
 僕はその快感に翻弄され、背筋をのけぞらせたまま何度も天に向かって声を上げる。
 身体の中でパシッ、パシッと白い火花が散り始めた。
「くる、なにか、くる、ティア姉!」
 また心が快感に飲み込まれてしまいそうな恐怖で、僕は触手を握りしめてティア姉を呼んだ。
 視界が白く染まっていく。
『大丈夫よ、リュー君』
 雄蕊がズンとひときわ強く、僕の一番奥を突き上げた。同時に、ティア姉の思念が僕の心をふわっと包み込む。
 暖かなミルクの香りに包み込まれて、僕は全身がふわっと浮き上がるような気持ちに襲われた。
「ふあぁぁぁ――――――――――――っ!」
 あそこがビクン、ビクンと何度も痙攣してティア姉の雄蕊を締め付けた。その刺激でティア姉も高みに達っする。
『あぁっ、私もっ!』
 雄蕊がぶるっと脈動して、熱い花蜜が僕の中に吹き出す。
 さらに二度、三度、脈動のたびに花粉を含んだ花蜜が僕の一番奥まで注ぎ込まれ、その熱が身体の中にじんわりと染み渡っていった。
『気持ちいい、ティア姉……』
 天に浮かんで溶けていくような心地よさとぬくもりに包まれながら、ティア姉の思念に僕の心を絡ませる。
 抱き合って確かめ合う身体のないティア姉が寂しくないように。
『私も。ありがとうリュー君……』
 その言葉で、僕たちの身体だけでなく心までもが満たされた。
 全てが満ち足りた安らぎに包まれながら、僕の意識はまどろみへと落ちていった。


 目を覚ました僕の視界に最初に入ったのは、僕の顔をのぞき込む桃色の触手だった。
「うわあっ!!」
『きゃあ!』
 驚いた僕が跳ね起きると、触手は可愛らしい思念を残して超高速で引っ込んだ。
 それで、僕ははっきりと思い出した。
 あのびっくりして触手をイガグリみたいに逆立たせた桃色の物体は、ティア姉だ。
『お、脅かさないでよ……』
「それはこっちのセリフだよティア姉」
 目が覚めたときに桃色の触手がのぞき込んでいたら、驚かない人なんていないはずだ。
『うーん、そっか。でも、気が付いてよかった』
 よく見ると、ティア姉の触手の先が淡い金色に光っている。
「法力治癒をかけてくれてたの?」
『うん。リュー君の事、いっぱい傷つけちゃったもんね』
 少し遠慮がちに近づいてきた触手が、土を引っ掻いて血がにじんだ僕の指先に触れて、金色の光を強める。
 ふわりとミルクの香りが漂って、すぅっと傷が消えていく。
 頬に手をやると、ホブゴブリンにつけられた傷も消えていた。
『神様のご加護は、こんな身体になっちゃっても受けられるみたい』
 触手が「てへ」っという感じで自分の付け根……ティア姉の頭?を掻く。
 見間違いかと思ったけれど、僕に届いた思念が帯びる気配もそんな感じだった。
 落ち込んだティア姉を見るよりはずっとよかったけれど、とんでもない姿にされた女の子の態度としてはどうかと思う。
 だけど、僕自身も女の子に変えられてしまったのに、心はすごく落ち着いていた。
 それはきっと、ティア姉がそばにいてくれるから。だから、ティア姉も同じ気持ちでいてくれるに違いない。
 そう考えながら、僕は変わってしまった自分の身体を見下ろした。
 そしてその時ようやく、僕はティア姉の着ていた神学院の制服を着せられていた事に気が付いた。
「あれ?」
『ああ、それ? リュー君の服は私が溶かしちゃったでしょ。代わりになるのはそれしかなかったから』
「ええぇっ!?」
 平静でいられると言っても、服装は話が別だ。
 女の子らしく華やかに飾られた上着やスカートに、僕の頬はみるみる火照る。
 おまけにスカートをめくったら、下着まで女物だった。頭から蒸気が噴き出す。
 それは今の僕にはとてもよくフィットしているようだけど、問題はそんな事ではなかった。
「ひ、酷いよティア姉!」
『酷くなんかないよ。こっちに来て』
 ティア姉は僕を触手で泉まで引っ張って、水面をのぞき込ませる。
 そこに映っていたのは、制服がとてもよく似合うかわいいショートカットの女の子だった。
『ほら、似合ってるでしょ?』
「そうだけど、たしかに似合ってるけどさ……」
『だめよ。こんな事で戸惑っていたら、これから大変よ』
 ティア姉にぴしゃりと言われて、僕は我に返った。
 その通りだ。まず、なんとしても元に戻らなくてはいけない。
 そのためにはあのホブゴブリンを倒せばいいのか、それとも別な方法が必要なのか。
 それに、それまでメフィラの姿のティア姉と女の子の僕はどうやって暮らしていけばいいのだろう。
 考えれば考えるほど問題は山積みだった。それでも、僕は暗い気持ちに捕らわれる事はなかった。
「確かに大変だよね。だけど、僕とティア姉ならきっと大丈夫だよ」
 僕が笑いかけたら、ティア姉の触手がざわっと動いて、心なしか身体も赤くなったような気がした。
『リュー君、少し会わない間にずいぶん大人になったね。ううん、もうリュー君なんて呼んでたらダメだよね』
 僕はドキッとした。
 リュー君ではなく、リューネと名前で呼んでもらう事。それは僕がティア姉に認められた証になるはずだった。
 僕は天に昇るような気持ちで、夢にまで見たその瞬間を待った。
『もうそんな男の子の呼び方は似合わないもん。これからはリューちゃんって呼ぶね』
「ダメ。絶対」
 即答した僕は肩をがっくりと落とした。心はもっと先、地の底まで落ち込んだ。
 でも、そんなとぼけて素っ頓狂なところもとってもティア姉らしい気がする。
 きっと僕は、こんなティア姉だから好きになったのだ。
『えー? とってもかわいい呼び方なのに』
 こうして揺れている僕の心なんかちっとも知らないで、ティア姉はころころと笑っていた。

 了


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