車は市街地を抜け街の郊外へと差し掛かった。昨日の病室でのやり取りが尾を引き車内には重い空気が漂っていた。
僕には彼に聞きたいことが山ほどあったが、おそらく今口を開けば出てくるのは愚痴か悪態しか出てこないだろう。
そんな状況に意外にも杉田から助け舟が出された。
「君には娘見たさに詐欺同然の事をしてしまったと思っている。すまなかった」
「えっ・・・」
 それはあまりに唐突な言葉だった、そして次の言葉は僕の彼への印象を大幅に変えた。
「他人の意識とはいえ娘が生きている姿をもう一度見ることができただけでも私は幸せだ。
私の一存では無理だができる限り君のもとの姿に近い身体に再移植ができるように努力する」
「本当ですか? 約束ですよ。」
「ああ、必ず上に掛け合ってみる。ただ、それまでは演技でもいい、私の娘でいてくれないか?」
「はい!」
 男に戻れるかもしれない。その事実が僕の心に一条の光となって差し込んできた。そしてその光は僕に考える余裕をも与えてくれた。
『少しの間なら女でも良いかな』
 いつのまにか僕はそう思うようになっていた。それにしてもこの杉田という男はあまりに純粋すぎる『父親』だ。
なぜにここまで純粋になれるのだろう。僕はこの父娘に非常に興味が出てきた。
 「そういえばこの娘の母親・・・杉田さんの奥さんはどんな人なんですか」
 僕がそう訊ねると杉田は先程の幸せそうな表情を少し曇らせ話し始めた。
 「恵の母親、薫は一言で言えば太陽のような女性だった。
私は今の仕事の前は大学で教鞭を振るっていたんだが、どうしても研究で泊り込むことも多かった。
そんな家族を省みない私でも嫌な顔もせず送り出し、また迎えてくれたまさに私にとっての太陽だった」
 「ふーん、いい奥さんですね」
 「ああ、私の自慢の妻だった。だが、もう彼女はこの世にはいない。
君も読んだだろ、恵が脳死状態になった交通事故、実はその事故のとき運転していたのが妻だった。
即死だったよ。私は悔やんだよ、学会の合間での数年ぶりの家族旅行だったんだ。
それなのに私は次の学会の準備で後から合流することにしたんだ。
なぜあの時学会の準備を旅行の後にしてまでも一緒に行かなかったのかと・・・・。
その後、私は娘を蘇らせるため以前から誘われていた今のプロジェクトに参加したんだ」
 そう語る杉田の目にはうっすらと光るものがあった。
 「ごめんなさい、つらいことを思い出させてしまって」
 「いや、いいんだ自己満足だが今、私の目の前には君がいる。それで十分だ。・・・っともうすぐ私の家につく、細かい話はついてからにしよう」
 僕の中になにか温かいものがこみあげてきた。
 「ところでひとつお願いがある・・・・」
 「?・・・なんですか?」
 「・・・『お父さん』と呼んでくれないか?・・・あああやっぱいい・・なんでもない忘れてくれ」
 心の中の杉田に対するわだかまりがすうっと消えていくのがわかった。・・・ただ、恥ずかしくて『お父さん』とは言えなかった。
 やがて車は郊外にある一軒の家の駐車場に停まった。


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