「はーい、佐藤さん、はいりまーす」
ADさんの声に、僕はいよいよやってきた瞬間に緊張で体をこわばらせる。
周りでは、多くのスタッフが撮影の準備万端で男優の入りを待っている。

僕は、広い部屋の真ん中に置かれたベッドの上、花柄のワンピースに身を包んでちょこんと座っている。

採光用の鏡に映る自分は、黒くて綺麗なストレートの長い髪を持った少女で、栗色のぱっちりした目が現実世界の僕を見つめ返す。
18歳の少女らしい、薄い化粧は、プロの手によるものだけあって、女の自分から見てもはっとするほど綺麗だった。
しかし、メイクのおかげではない。
すらりとした腕は透き通るような限りなく白に近い肌色で、お嬢様座りの足をすこし動かすだけでワンピースのスカートからは、細くて、
しかしさわり心地のよさそうな滑らかな脚の間が覗きそう。

そして、その先には・・・まだ男の気持ちが残っている僕は、鏡をみると、未だに性的な想像をめぐらせてしまう。

今日は、僕がAV女優「井川桜子」になって、はじめての撮影の日。
女の子にされて、そして、全国のさびしい男たちのオナペットになる、AVアイドルとしての僕の人生が、本格的に始まる一日だった。

どうして、こんなことになってしまったのだろう。
どこから狂ったのか、僕の人生は、もう、女として、後戻りできないところまで来てしまった。

そう、僕は、もともと男だった。

  ◇◆◇

ドアを開いて入ってきた男は、有名なAV男優で、僕も男だった頃は何度もその姿をビデオで目にした。
その男が、今、僕の目の前に座り、差しさわりのない会話の後、僕を優しく抱き寄せて、口づけを求めてくる。
あぁ、このかんじは・・・とっても、安らぐ・・・
ビデオの中で、たくさんの綺麗な女の人がこの男に好きなように扱われてよがり狂っていたその理由を、ぼくは一瞬にして理解した。

とろけるようなキスが、僕の舌を、口の中を蹂躙し、それだけで全身を快感が駆け抜けた。
ふと、鏡に目が行った。

さっき真っ白だった美少女の頬はもうピンク色に染まり、いつのまにか腕は男の顔の後ろにまわっていた。
まったく無意識のうちに快感がそうさせたのだった。

僕は、自分が、選ばれた人間になったことを実感した。

周りには多くの男が、僕のセックスを撮るためにさまざまな役割をこなしている。
カメラの向こう、無数の男たちは僕が気持ちよくなるのを見て、興奮し、オナニーする。

僕の胸に手を伸ばしてきたこの男優だって、同じことだ。
僕が気持ちよくなるところを撮影するためにここにいる。

この場にいる男たち、そして、カメラの向こうで僕の痴態を見つめている男たちの中で、僕だけが、特別だった。

「あなたも、選ばれた人になってみる?」

その一言から始まって、ここまで来てしまった僕が、ようやくその意味が理解できた瞬間だった。
男の手が、ワンピースの下から股間に伸びてきた・・・

どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・

僕の名前は、梶原亮・・・だった。

この春、志望の大学に入ることが出来て、東京にやってきた。
高校は、進学校にしてはサッカー部が強かった。僕はそこのレギュラーだった。
と、いっても、右サイドバックでようやく出番をもらっていた程度だったが。

高校3年のときは総体には出られたが、秋の大会で県の準決勝で負け、最後の冬の全国大会にはいけなかった。
そこから受験勉強を始めた僕にとっては・・・
すぐに大学に受かることは無理で、結局一年浪人してしまった。

それでも、一年を経て、大学に受かった僕だったが、とんでもない情報を耳にしたのは、引越しを目前にした3月の後半のことだった。

「えっ?これは・・・」
地元の大学に進んだある同級生が、新人AV女優の情報をメールで送ってきた。
その月にデビューすることになっていたのは、僕の小学校からの同級生で、中学、高校ではサッカー部のマネージャーをしていた、如月真優ちゃんだった。

「真優・・・いや、でも・・・」
最初信じられなかった。
真優は、幼なじみでもあり、僕のよき理解者でもあった。
学校一の美少女となったことに気づいたときには、「腐れ縁」の仲になっていた。
僕は中学校ではサッカー部のエースだった。そして、高校に入っても、同じようにサッカー部で頑張った。

真優は、僕のことが好きなわけではなくて、サッカーが好きだったから、マネージャーをやっていたのだ。
そう、いつも言っていたし、そのとおり、高校を卒業するまで、彼氏の一人も作ることがなかったような純真な美少女だった。

受験して、東京の名門女子大に進み、一年がたった。
最初の何ヶ月間かは連絡があったが、この半年ほどなにをしているのか知らなかった。
それが、こんなことになっているとは・・・

そして、東京に行って、真優に・・・そんな、僕の受験勉強を支えた思いが、崩れ去ってしまっていたことに、気づくのには時間が必要だった。

この一年間、真優のいない毎日はなによりもそのことに違和感を感じていた。
ずっと、秘めてきた、自分でも気づかなかった思いを、東京に行って伝えようと、思っていた。
でも・・・こんな・・・
いや、僕が浪人したから・・・彼女を守ってやれなかったからか・・・

引越しの日まで、僕は上の空だった。
だが、引っ越した日。アパートの近くのレンタル屋に行った日。
学校一の美少女だった真優のAV女優「安藤しずか」としてのデビュー作が何枚も並んであるアダルトビデオの棚を見たときに、
残っている最後の一枚に手が伸びないほど、我慢強い僕ではなかった。

目の前の、真新しい小さな液晶テレビの中で、幼い日からずっと隣にいた美少女が笑っていた。
僕の知っているプロフィールとは微妙に、いやかなり違う自己紹介をして、「緊張してます」といって、笑う。

そして、AVではよく見る男優、佐藤某が僕のあこがれの人であり、幼なじみであった女性の後ろにまわり、キスを交わす。

そこから先は、ボウゼンと見ていることしか出来なかった。オナニーすることなど出来なかった。
ずっと、僕の肉棒は反り返ったまま、こらえきれずに我慢汁が何度もあふれ出してはいたが、最後のプライドが僕にオナニーを許さなかった。

最後には、真優は真っ赤な下着をつけたまま、後ろから突かれそして口では他の男の肉棒を必死でしゃぶり、
僕のよく知ってるあのかわいらしい声で狂ったように喘いでいた。
涙が止まらなかった。

上の空のまま数日が過ぎたが、初めての一人暮らしだ。
日常生活を何とかこなしているうちに、少しずつ真優のことを忘れることのできる時間もできてきた。
そんなある日、一人で初めて渋谷まで行ってみた日のことだった。

「亮・・・? 梶原君じゃない?」
デパートの一階にあるキャッシュカードの機械に向かって暗証番号を打っていた僕に、懐かしい声が語りかけた。

「えっ?」
目の前には、AV女優安藤しずか・・・
いや、僕の幼なじみでありあこがれの人であった、真優が立っていた。
その瞬間・・・見違えるほど綺麗になった真優に僕は一瞬言葉を失い、時間が止まったと思ったほどだった。

何も変わっていない。彼女は、ピンク色の春物のコートの下はジーンズで化粧もほとんどしているかどうかわからないほどだ。
地味な、清楚な、純真な美少女のままだった。
しかし、確実に、驚くほど綺麗になっていた。

なにを話したかは覚えていない。
だが、とにかく次の日彼女と会うことになった。
渋谷から何駅か神奈川のほうに向かった私鉄の駅で、待ち合わせた。

「ね、亮。せっかくだからうちにおいでよ」
つい半月前までだったら、そんな言葉は信じられなかったかもしれない。
はぐらかして、彼女の部屋に上がる前に、「恋愛」の段階を踏もうとしたかもしれない。

でも、目の前にいるのが真優であると同時にAV女優だという事実は、妙な期待を僕に抱かせた。

「さっ、こっちだよ」
そう言って僕の腕を引っ張って真優は歩き出す。
今日の真優は、昨日と同じコートの下はミニスカートだった。
一年ぶりに見たその綺麗な足と、すこしも変わらない真優の匂い・・・

そして、いつのまにかAV女優になっているという事実。
そんな女は簡単にやらせてくれるかもしれない。
複雑な感情は抜きにして、そんなことを考えた僕は、正常だっただろうか?
今となっては、男の感情のことは・・・全てはわからない。

僕は受験勉強で覚えた世界史の知識を思い出して、股間の高鳴りを抑えることに精一杯だった。

なにがおきるのか期待と不安でいっぱいの僕を待っていたのは、信じられないような「転落」への序章だった。

立派なマンションの一室、ふかふかのソファに座った僕にコーヒーが出てきた。
真優は、僕のことをよく知っているから、ブラックのまま、砂糖もミルクもつけなかった。
一口、そのコーヒーに口をつけた僕が、その一口目を飲み込むのを確認してから、真優は切り出した。

「知ってるんでしょ・・・? わたしの・・その・・・」
真優が僕に笑いかけた。
意味を理解した僕は、答えた。
「う・・・ん・・・」

真優は、すこし恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた後、
「見てくれた? 私のビデオ・・・」
そう聞いてきた。
「見た・・・でも・・・」
「でも・・・なに?」
「・・・」
いえなかった、でも、オナニー出来なかった、とは。

長い沈黙がその場を包む。
真優はまっすぐな目で僕を見つめる。
僕は耐え切れなくなって、コーヒーカップを手にとって、二口目を口に含む。

「あたしね・・・」
そういうと、真優は立ち上がって窓の方へ歩き出し、この一年の話を始めた。

女子大に入って最初の3ヶ月、普通の生活を続けていた真優の運命が変わったのは、7月の初めのことだったという。
「中野・・・中野駿先輩が、合コンしようって、言ってきたの」

中野駿・・・高校のひとつ上で、サッカー部のエースストライカーだった。
彼が10番を背負ったサッカー部は、全国大会で準決勝まで進んだ。
先輩はユース代表の候補にまでなるほどの選手だったのに、受験して東大に現役合格した。

格好よくて、サッカーがうまくて、これもまた、僕の憧れでもあった。
右サイドバックとして僕が全国大会の晴れ舞台、国立競技場のピッチに立つことが出来たのも、中野先輩のおかげだった。

「あたし、実は、ずっと・・・中野先輩にあこがれてて、その人の誘いに、舞い上がっちゃって・・・」

知っていた。
真優が彼氏を作らないのは、中野先輩が好きだからだと。
そして、サッカー部マネージャーとしてのけじめから、中野先輩とも付き合おうとしなかったことを。

「それで、告白されて、すぐにOKしちゃったんだけど・・・」
僕は、すでに壊れかかっていた心を再びかき乱された。サッカーではかなわないとわかっていた。
だから、右サイドに転向して、二年生のときからレギュラーになった。
その中野先輩に、真優をとられてしまったことに・・・複雑すぎる感情がわいた。

「合コンに来たほかの女の子・・・みんな私が声をかけたんだけど・・・みんな中野さんにはまっちゃって・・・」
ここら辺から、話が一気にAV女優に向かって進み始めた。
「駿・・・中野先輩がAV女優のスカウトみたいなことをやってたなんて知らなくて・・・その女の子たちが次々に女優になっちゃって・・・」

僕はただただあっけにとられて聞いていた。

「で、私は、そんなことやめてって、頼んだんだけど・・・」
そういうと、再び僕の前に座って、黙ってしまった。
長い沈黙の後、おそるおそる僕が聞いた。
「それで・・・?」
真優は幾つかの言葉を飲み込むようなしぐさをした後、こう答えた。
「気づいたら、私もAVにでることになってたの・・・」

彼女の話は堰を切ったように続いた。
AV女優にスカウトしたほかのたくさんの女の子とも、中野先輩は肉体関係を持っていたこと、それを責めて別れようとしたこと、
でも、彼が追いかけてくると拒めなかったこと、他の女の子のほとんどはいわゆる「企画女優」で、
真優は単体の「アイドル女優」に仕立て上げられたこと・・・

「どうして、そんなになるまで・・・僕に言ってくれれば・・・」
僕は涙を流しながら、頭をかかえてしまった。

「どうして? しょうがないじゃない・・・だって、好きだったんだもん・・」
信じられない言葉はなおも続いた。
「何度も別れようと思った。でも、ダメなの。彼が好きで仕方がないの。駿のそばにいたい。駿に抱いてほしい、だから、カラダをささげても後悔してない」

「こんなことをしてて、恥ずかしくないのか!」
「あなたも、私と同じね・・・この仕事を差別してる・・・」
「な、なにを・・・」
「私のこと、汚らわしいと思う?」
「そ・・・そんなことは・・・ないよ・・・」
「本当?じゃあ、この場で私とセックスできる?」
「えっ・・・?」

そういうと、彼女は僕に体を寄せてきた。
僕はその体を跳ね除けた。
「やめろ!」
「きゃっ!」
真優が手を突いたのを見て、はっとわれにかえった。

「ごめん・・・でも・・・」
「わかってるよ。亮はいくじなしだもんね」
「違うよ!」
僕はむきになって叫んだ。
「僕が言いたいのは・・・どうして、そんな・・・綺麗なのに、可愛いのに・・・神様から選ばれた美少女だったのに・・・」

「神様から選ばれた・・・?」
真優は、僕の言葉にすこし驚いたようだった。
僕は、真優のことよりも、中野先輩がそんなことをしているということが、信じられなかった。

僕から見れば、何もかもかなわない、それこそ神のような存在だった。神に選ばれた存在だった。
僕はフィールドでも彼の考えを汲み取るように右サイドを駆け上がり、時には中央に切れ込み、何度も怒られながら・・・
でも、全国大会の準決勝で決勝点をふくめて中野先輩の二つのゴールをアシストしたときに、
先輩が僕の手を取って、ウィニングランのランデブーをしたことが、僕のサッカー人生で一番の思い出だった。

頭もよくて、サッカーもうまくて、Jリーグからも誘いのあった先輩が・・・神に選ばれたような人がそんなことを・・・

「亮・・・あなたも神に選ばれた人になってみる?」
真優が意味不明な一言を発した。

「どういう・・・こと・・・?」
そう僕が聞き返すと、後ろでドアの音がした。

ばたんと閉まる音から数秒の沈黙、3口目でぬるくなりかけのコーヒーを一気に飲み干したとき、
ドアを開けて部屋の中に入ってきた男は、真優の話を証明する人だった。

「中野先輩・・・」
「駿、待ってたぁ〜」
真優は、まるでAVに出ていたときのような、僕の聞いたことのない声で中野先輩に駆け寄って、抱きついた。

さっきまでの深刻な表情はどこかへ行ってしまっていた。
「よう、梶原。久しぶりだな」
「先輩、一体どうして・・・真優を、真優を放して、解放してやってください!」

「うん? 真優、話したのか?」
「うん、だいたいね」
僕の言葉にはまるで答えずに、二人はそう会話を交わした。

背の高い中野先輩に、150センチ代後半の真優は抱きついたまま見上げて話す。
その光景自体がショックだった。真優は完全に先輩にメロメロといった感じだった。

「それじゃ、こいつの運命についても?」
「あ、それはまだ。話そうとしたら、駿が来たから・・・」
「ふうん・・・そうか」
中野先輩は僕を見ていたその目線をすこしずらして、何かを確認した。
今考えれば、コーヒーカップが空になっていることを確認したのだろう。

「じゃあ、俺から言うか・・」
そういうと、さっきまで真優が座っていた位置に先輩がやってきてこう言った。

「梶原。お前には今日から女になってもらう」
「は?」
それまでのショックを一気に打ち消す、それこそ意味不明の発言だった。
「聞いただろう。おれは、今AV女優のスカウトをやってるんだ。これがとっても儲かる。ま、俺の腕なんだけどな」

真優の話を裏付ける先輩の自白・・・再びショックが僕を襲う。
そのショックはここからどんどん大きくなっていくことになる。

「ところが、真優ほどの美少女はそう簡単には引っかかってこない。こいつは天才なんだ。
高校を卒業するまで処女だった清純さと、セックスするときの反応のよさ。もちろん、この真っ白な肌も、端正な顔立ちもな」

そういうと、中野先輩は真優を抱きかかえて、きていたシャツをスカートから出して、軽く服の下から胸を触った。

「あぁん・・・」
真優が悦びとじらされたことへの不満の混じった声をあげた。
AV女優にまでされてしまった清純だった真優が、それでも中野先輩から離れられない、そのときの僕には「理解できない」状況をしっかり示していた。

僕はこのショックな状況の中で、それでも男としての生理反応を示してしまった。

「ふふ、お前も男としてはその程度だな。自分がずっと好きだった女をAV女優にまで落とした男が、そのアイドルを目の前で陵辱する姿はどうだ?
その粗チンはしっかり反応したみたいだけど」

悔しさで・・・頭がいっぱいだった。歯を食いしばりながら、的を射た先輩の指摘に、動くことが出来なかった。飛び掛ることも出来なかった。

「話を元に戻そう。だから、俺は決めた。トップのAV女優を俺が作るって」
「それ、どういうことですか・・・?」
僕は精一杯の理性で敬語を使って聞いた。
「俺の知り合いに、男を女に変える技術を持った医者がいるんだ。遺伝子レベルで男を女に変えちまうわけ。
もともとは、性同一性障害の治療のために作られた技術なんだけど、あまりにうまく行き過ぎて、公開できないんだって。で、俺に話を持ってきたと」

「な、なにをいっているんだ・・・」
ここらへんから、僕の意識は朦朧としてきた。
「わかんないか? 男を女に変えるときに、性別だけじゃなく、遺伝子操作で容姿も肌の色も、それこそ味覚からなにから自由に作り変えられるんだってさ。
だから、最高のAV女優を作ってやろうと思ったってこと。そして・・・」

意識が途切れ途切れになっていった。
最後まで何とか起きていようとしたが、中野先輩の屈辱的な話を半分くらいしか理解できなかった。

「おまえが選ばれた・・・と。・・・真優が、お前がいいって言ったんだ・・・
次におきたら、生まれながらの天才・・・俺がAV女優としてのお前を、カラダの構造からプロデュースするんだ・・・」

そこまで覚えている。

次の瞬間・・・
後から知ったことだが、正確には25時間と32分後、僕は目を覚ました。
朦朧としていたはずの意識がウソのように頭がはっきりしていた。
コーヒーに仕掛けられた睡眠剤で眠らされた後、僕は先輩が「プロデュース」した女に変えられる手術を受けて、この場で目を覚ましたのだった。

だが、そこがどこだかはわからなかった。でも、ベッドの上に寝ていたことだけはわかった。
「ゆめだったのか・・・」
そう、一言つぶやいてみた。全てが夢だったらよかった。そんな期待も込めたかもしれない。

「!」
自分の出した声が信じられなかった。
いつもの自分の声ではない。もっと高い声だった。
僕は声を出すのが怖くて、声を出さないように飛び起きた。
おきあがるそのわずかな間、朦朧とした意識の中で聞いた言葉を思い出していた。

それが現実の出来事だとしたら・・・
起き上がる瞬間に、体の感覚がいつもと違ったから、覚悟は出来た。
でも、ベッドの周りは大きな鏡が取り囲んでいて、僕の姿を映し出した。

体は布団で隠れていた。
だが、正面に見えたのは自分ではなくて、今までの自分ではなくて・・・目の大きな、肩まで綺麗な髪の伸びた、美少女だった。

肩から上だけでも、その少女が・・・・少女から大人へと変わろうとしているその女が、とても美しい女だということはわかった。

「これは・・・」
僕は確認するようにつぶやいてみた。やはり、自分の声ではない。女の声だった。
左を向いてみた。
左側にも大きな鏡があって、布団で隠した胸から下・・・腰へといたる背中のライン、そして、布団が隠しているふんわりとしたふくらみがわかった。

周りにあるのが鏡であることを疑ってみたところで、それが鏡であることは間違いなかったし、
自分の体を確かめることくらいはいやでも出来てしまう。

裸のまま、僕は起き上がって、鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。

「これが・・・理想の・・・AV女優・・・」
気を失う前のことはむしろはっきりと頭の中に残っていた。
自分が眠っている間に、この体は、女性のものにされてしまって、今目が覚めたという、そのことは明らかだった。

信じられない現実を受け入れられないまま、僕は歩き出す。
部屋の中・・・誰もいないようだったが、シャワーの音がどこかから聞こえる。

ここは・・・ラブホテルだろう。
来たことはなかったが、ビデオやテレビで見たものから想像する豪華なラブホテルそのものだった。

シャワーの音をたどり、曇りガラスになっているドアを開けると、その中でシャワーを浴びていたのは、真優だった。
その傍らにあるジャグジーつきの風呂に、中野先輩が座って、何か本を読んでいた。

僕と二人の間にはもう一枚のドアが隔てていた。透き通って曇り止めも施されたガラスの向こうで、真優が僕の姿に気づいた。

そのドアの向こうに入ってしまったら、本当に後戻りできなくなるような気がした。
もう、体をこのように変えられてしまっても、まだどこかで受け入れがたい現実に抵抗したいと思う、自分がどこかにいた。

裸のまま、真優がドアの方へ駆けてきて、運命のドアを開く。
「亮、はいんなよ」
真優に引っ張られて、僕は無抵抗で浴場へと入った。
真優に、この選択の責任を押し付けているような気がした。

「さ、まずは生まれたての体を洗わなきゃね」
そう言って、真優はシャワーの方へ向かう。
「真優、待って・・・」
「なに? 抵抗する気?」
真優は僕をまっすぐな視線で見つめた。
「これから、セックスするんだよ。その生まれたての体をまずはきれいにしなきゃ。中野先輩に失礼でしょ」
真優の言葉はあまりにも狂っていて、僕は抵抗する方がおかしいような気がしてしまった。

ジャグジーに腰掛けたままの中野先輩が、首だけこちらの方を向いた。
「起きたか。可愛がってやるから、まずは真優に女の体のことを教わっておけよ」

「!」
ぼくは、その瞬間何かが体を駆け抜けたのがわかった。
中野先輩には、不思議な魅力がある。不思議な感覚だった。
「は・・・い・・・」
気づくと、そう答えていた。
中野駿・・・ぼくの高校のサッカー部の先輩で、あこがれの人・・・それだけでも、十分なのかもしれない。
でも、今の一瞬で、生まれたばかりの少女は完全に堕ちてしまったことを自覚した。

「可愛がってやる」
その言葉が何度も頭の中でこだました。
どこか温かくて、不思議な説得力のある、言葉だった。

よろけそうになりながら、真優の待つシャワーの方へ向かった。
真優が、AV女優になってしまったことを「だって好きなんだもん」の一言で説明しようとしたことが、いま、ものすごく納得できた。

真優は、その意味で仲間だった。ぼくの先輩だった。
そして、その仲間として生まれ変わる男に・・・ぼくを指名してくれたことの意味もなんとなく納得できた。

「さぁ、亮、じゃなかった、あなたには新しい名前があるの、私が考えたの。あゆこ、っていうのはどう? かわいいでしょ」
「うん・・・それでいいよ、あゆこ・・・かわいいなまえ・・・」

なし崩しに物事が進んでいくのを受け入れる気分が出来ていた。
「よかった。しゅん〜、あゆこでいいって、なまえ」

そういうと、真優は十分に泡立てた石鹸をぼくの柔らかい胸にのっけた。
「ふふ、きれいなおっぱい。これが、駿プロデュースの"理想のAV女優"のおっぱいか・・・」

ぼくの胸は、細身の体からみれば大きいかもしれないが、歩くたびにゆれるようなものではなかった。
ふんわりとした、上向きのふくらみにピンク色の可愛い乳輪がついていた。

「とってもやわらかい・・・すべすべ・・・この鎖骨も・・・」
シャワーが出しっぱなしの空間でたまにお湯が体に飛んでくる。
僕の肌は、その水をはじくほどみずみずしく、そんなしぶくが鎖骨と肩の間にたまっていた。

「いい? あゆこ、ここが女の子の大事なところ・・・おしっこの仕方とか、知らないでしょ。後で教えてあげるね・・・」
そう言うと真優はしゃがんで、生まれたばかりの僕の「大事なところ」を丁寧に洗ってくれた。

「まゆ・・・あっ・・・そんなことまで・・・」
「いいの・・・あゆこは・・・わかってくれたから・・・あたしのきもち・・・」
「・・・まゆ・・・」
「二人で、行くとこまで行こう・・・女として・・・生き抜こう・・・よ・・・」

そういうと、真優は生まれたての僕の「大事なところ」に舌を這わせた。
「あっ・・・」
僕の声からはじめての喘ぎ声が漏れた。
「あっ・・・真優・・・きもちいい・・・」

僕は普通に考えれば、狂乱しなければいけないはずだった。
でも、この、現実とは思えないほど急な展開は、現実への精一杯の順応が、あまりにも気持ちいい殻、それでいいように思えてしまうのだった。

「ふぅ・・・ん・・・あっ・・・」
どこが気持ちいいのかはわからない。とにかく、気持ちよくて、そして、真優が・・・
僕のアイドルである真優が・・・
こうして僕の「大事なところ」にかいがいしく奉仕してくれていることがうれしくて、気持ちよく感じた。

体を小刻みに震わせて、感じた。
「ふふ、かわいいあゆこ・・・」
そういうと、真優は、「奉仕」をやめて、右手の指で僕の「大事なところ」をもてあそびながら、左手は僕の足を洗い始めた。

「はぁんん・・・あぁ・・・」
快感が止まらない。足から、「大事なところ」から・・・
「綺麗にしてあげるからね・・・」
真優は十分に泡立てた石鹸で僕の全身を洗い続けた。

真優の匂いが・・・大好きな真優のにおいが僕を包んだ。
ぼくの体からも同じ匂いがするような気がした。

「先に待ってるぞ」
そう言って、浴室を後にした中野先輩の後を追うように、
真優はぼくの体を洗い終えて、大きなタオルでぼくの体を拭いた。

「さ、行こう」
僕は一瞬ためらった後、深くうなずいた。


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