『遅ぇんだよのろま、早く財布出せ』
『う、うん・・・』
 おずおずと差し出された輝の手に握られている財布を京介が奪い、中身を抜き取る。
『ふん、今日はこんだけかよ』
 抜き取った中身を学生服のポケットにねじ込むと、空になった財布を輝に投げつける。
『あ・・・あの・・・僕のお昼・・・』
『あ?』
『な、なんでもない・・・です』
 輝の両親は共働きの為弁当を用意する余裕が無く、輝は昼食に学食を利用している。投げ返された財布にはその分すらも抜き取られていた。
『次はこれの倍もってこいや輝、ひへへ』
『・・・はい』

『おらっ』
『かっ・・・は・・・』
 学校の非常階段。右手をヒラヒラと振る京介の見下ろす先、輝がくの字に折れ曲がり膝を付く。
『バカな教師共がうざくてストレス溜まるぜ・・・なぁっ!』
 京介の右足の爪先が輝の鳩尾にめり込む。
『げぅっ!・・・ごほっ』
 蹴られた腹を押さえ、輝は苦悶の表情を浮かべる。ここに呼び出され
る時、輝の気持ちは重く沈む。高校に進学してから教師の監視が厳しく、
中学の時のように動けなくなった京介はストレス発散と称して輝を非常
階段に呼び出し殴りつける。バレぬよう、顔などを避けて殴るため輝の
身体は青黒い痣が無数にある。
『あー、喉渇いちまったな。おら輝、ジュース買ってこいよ』
『う・・・うぅ・・・』
『早く動けよバカが!』
 京介は苛立ちに顔を歪め、目の前にうずくまる輝の背中を数度蹴りつける。
『ごほっ・・・』
 輝はのろのろと立ち上がると京介に背を向ける。その背中に
『30秒で買ってこいや。遅れたらわかってんよなぁ、ひははっ』
 さも愉快そうに京介の言葉が投げつけられる。涙で曇る目をごしごしと拭くと、輝は吐き気がこみ上げてきそうな痛みを無視して走りだした。
その耳には、嬉しそうに笑う京介の声が響き続けていた。

  ◇◆◇

「・・・・・・」
 真っ暗な部屋。時計の音だけが耳に届く。夢を見ていたらしい。
これまでの、おそらく高校を卒業するまで続くであろう自分の日常だった夢を。
 身体を起こし時計を手に取る。蛍光塗料の塗られた針が示してしるのは真夜中の4時25分。
学校を休み、京介に強引に抱かれた後、輝は前日からの疲れに負け深い眠りに落ちていた。
「お風呂・・・入らなきゃ」
 ぼんやりと霞む、考えることを拒否している頭を抱え輝はのろのろと部屋を出て行った。

 ぬるく設定したシャワーが身体を叩く。輝は目の前に掛かっている鏡を呆っと見つめている。
そこに映っている自分は、普段から女の子に間違われる童顔にさらに女性の色が強く浮かび、
人に顔をあまり見せたくないと伸ばしていた男にしては少々長い髪の毛が、シャワーに濡れその顔をさらに可憐なものにしていた。
「・・・痛っ」
 京介に殴られ切れた唇を指でなぞる。今まで顔は殴られた事が無かった。
京介にしては迂闊な行為だったが幸いに痣になっておらず、唇も中が切れていたためぱっと見では気づかれないだろう。
 顔をなぞっていた指をそのまま首筋、鎖骨を経由して大きく膨らんだ胸へと滑らせる。
元々同世代の男達より薄かった胸は見る影もなく、女性のそれへと変貌していた。
その胸に残る京介が付けたであろう赤い痕を見つけ、無意識に撫でる。
「・・・・・・・・・」
 輝の顔には表情と言うものが無かった。ただ呆然と、自分の身体を確認していく。
そしてなだらかにカーブを描くお腹を撫でる。蹴られ、鈍痛が残るものの痣にはなっていない。
そして更に細くなったウエストを一つ撫でると、その手を足の付け根へと移動させる。
その薄い毛で覆われた割れ目に指を這わすと、膣内に残っていたのか京介の精液が絡みついてきた。
 精液の付いた指先をじっと見る。その目が何かの感情に揺れるが、シャワーに洗い流されると同時に消えてしまった。
「・・・うう・・・うううぅぅぅぅぅ・・・」
 不意に、悲しさが込み上げてきた。何が悲しいのか自分でもわからない。シャワーに打たれながら、輝はしばらく肩を震わせ静かに泣いていた。

 リビング。真っ暗なその中を輝は両親を起こさぬように静かにあるく。
そして救急箱を見つけると、そこから包帯を抜き取り自分の部屋へと戻る。
その途中、母親が残しておいてくれたのかラップされた料理と空の茶碗が目に入った。
昨日から何も食べていなかった為確かに空腹ではあったが食べる気にはなれず、心の中で母親に謝ると静かに台所を後にした。

「どうしたらいいかな・・・」
 部屋に明かりを付けその場に座り込む。今日から学校に行かねばならない。
顔は何とかごまかせるかもしれないが身体つきや、高くより女性的になってしまった声等を何とかしなければいけない。
 ぼんやりと考えているとベッドの脇にコンビニの袋が落ちているのに気が付いた。
「これ京介君が・・・」
 カサカサと音をさせながら袋を引き寄せて中身を見る。そこにはオニギリが数個入っていた。
「あっ・・・」
 それは、輝が学校で好んで食べていたオニギリと同じ種類だった。
おそらく、京介がカモフラージュに買っただけで他意はない、偶然だろうと自分でもわかる。
だが、輝の胸は締め付けられるように苦しくなり、この数日で何度目かの、だが今までで一番大きな涙がボロボロと零れ落ちていた。
「うっ・・・く・・・な、泣きすぎだよ。僕・・・うぅ」
 コンビニの袋を抱きしめ肩を振るわせる輝。顔をくしゃくしゃにしながらも、何かの意思のようなものが芽生え初めていた。
(もう泣くのは今回だけにしよう。なんとかなる。なんとかなる・・・)
 窓の外は少し、明るくなり始めていた。


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