「あら、今から帰り?」
 教室を出たところで、担任の陸田先生と出会った。
 小柄な体格なわりに妙に元気で気さくな態度で、ついでに美人なので、男子女子ともに生徒からはおおむね好評だったりする。
担当は古文。
「ええ。コイツがついさっきまで寝てやがったもんだから、起こすのにひと苦労ですよ」
「あらま。海原君、よくあんな硬い枕で眠れるわねー」
「その気になれば、人間に不可能はないんです」
「たかが居眠りに、妙に壮大な言い方するなっ!」
「くすくすくす。まあ、勉強に支障が出ないように気をつけてね」
 そんな会話を交わして先生と別れた僕たちは、学校を出た。
「それにしてもなー。冗談は置いとくにしても、お前最近寝すぎじゃねぇか?」
 帰り道、川村がすたすた歩きながら言った。
 僕の家はここから歩いて8分弱。川村の家は、そこからさらに歩いて15分ほどのところにある。
 川村とは、いわゆる小学校の頃から高2の今までの腐れ縁というヤツだ。
 ちなみに、川村は自分の下の名前が嫌いで、下の名前で呼ぶヤツは敵だと宣言してはばからない。
そういう理由で、僕も川村のことは苗字で呼ぶことにしている。……過去6回ほどあった大喧嘩の時には名前で呼んだけど。
 戦績は6勝6敗のイーブン。口では僕。腕では川村。なかなかの名勝負だった……ということにしておこう。
「そうかな?」
 僕は首をかしげる。あんまりそういう感じはしないけど……よく思い返してみたら、
ここ最近、午後の授業(体育以外)をまともに受けた記憶がない。確かに、寝すぎといわれても仕方がないような気がした。
「おかしいなぁ。そんなに夜更かししてるつもりもないし、眠いわけでもないんだけど……」
 ここまで言った時だった。
 急に、視界がぼやけだした。体に力が入らない。
「あ……れ?」
 ぼやけた視界が傾く。
「祐樹っ!?」
 あわてる川村の声が、妙にゆがんで聞こえて……僕は意識を失った。

☆★☆

「お帰りなさい」
 もう見ることはないと思っていた少女が、そう言った。
 母の、姉の、そしてかすかに僕の面影を宿した、儚げな少女。
 そして彼女は僕に向かって手を伸ばして……。

☆★☆

「ん……むぅ」
 目を開けると、見慣れた天井。まだはっきりしない頭を振って、周りを見渡す。僕の部屋だ。
 そして、僕が下校途中で倒れたことを、思い出す。多分、川村が運んでくれたんだろう。
それと、寝かしつけてくれたのは多分姉さんだ。
「あとでお礼を言っておかないと。後が怖いし」
 あと……。
「貧血……かなぁ。ちゃんと食べてるんだけど」
 僕は、まだいまいち力が入らないせいで他人の体のようにも思える手足をフル動員して、ベッドから這い出した。
 でも、やっぱり無理があったらしい。腕が震えて、ベッドからずり落ちてしまった。
 どすん。
 鈍い音が響き渡る。
「ひゃっ!」
 思わず、悲鳴を上げてしまった。どこか聞き覚えのある、男としては妙に高い声で。
「いたたた……。って……!? あー。あー。…………………」
 冷や汗が背筋を伝う。
 あわててクロゼットの扉を開けて備え付けの姿見に這い寄って、壁に手を着きながら何とか立ち上がる。
 そこに、少女がいた。色白でほっそりとした、儚げな印象の、可憐な少女。
僕のパジャマが少し大きめで、そのせいで半ばずり落ちてしまっているのが、妙に可愛い。
 それは、姿見に映った僕。二度と見るはずのなかった姿の、僕。女の子の姿の僕だった。
 がちゃっ。
「うふふふふふー。ゆ・う・き・ちゃーん」
 愕然としている僕の気も知らずに、姉はノックもなしに部屋に入ってきた。
「ね、姉さんっ!」
 つい反射的に、体をかばうように両腕で自分を抱きしめる。
「やーね、隠さなくてもいいじゃない。祐ちゃんを着替えさせたのは私なんだし、当然知ってるわよ」
「あぅ。じゃ、川村も?」
「祐ちゃんがそうなったのは、川村君が祐ちゃんを置いて帰ったあとだから、知らないわ」
「そう……」
 僕はほっと息を吐いた。
 さすがに10年来の友人に、この姿を見られるのは嫌だ。
「じゃあ、すぐに戻してよ」
「………………」
「な、なに、その沈黙」
「それがねぇ。寝てる間にちょっと調べたんだけど、前の薬だと今の祐ちゃんにはあんまり効かないみたいなのよ」
「は?」
「ほら、祐ちゃんの『女の子』は私がもらっちゃったじゃない?
あの薬は『女の子を男の子に戻す』薬だったわけだから……効果が薄かったみたい。っていうか、多分もう効かないわね」
 姉は、さすがにバツが悪いのか目をそらしながら言った。
 その内容が理解できてくるにつれて、あまりにあまりな理由に頭を抱えたくなった。というか、抱えた。
「姉さん……」
「あははは、ごめんごめん。でも大丈夫よ。『女を男に戻す』薬を作ってあげるから」
「すぐに出来る?」
「……………最低3ヶ月」
「あ、なーんだたった3ヶ月か……ってなにー!?」
「だって、仕方ないじゃない。前の薬を作るのに貴重な材料をほとんど使い切っちゃったし」
「じゃ、じゃ、じゃーっ! 学校どうするのっ! 3ヶ月も休めないよ!」
「正直に全部話して、薬が出来るまでの間女の子として受け入れてもらうとか」
「却下ーっ!」
「なら、祐ちゃんは入院で休学っていうことにして、別の子として編入すれば?
単位とかは校長とか、学校の上の方にだけ事情を話して掛け合って、多少融通してもらえばいいし。
言っておくけど、他に方法はないわよ?」
「うー、うんー」
「大丈夫よ。学校にも病院にも役所にもちょっとコネがあるから、それらしく工作できるわ」
 ちょっとだけ姉の仕事(占い師)の実態が気になった。今はそれどころじゃないけど。
「わかった……それでいいよ」
 僕は不承不承頷いた。


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