「で、どうするんですかぁ? 弘美先輩としてやっていく自信は?」
手作りのお弁当を食べながら、由香は貴章に言った。
「う、うん、どうしようかな・・・自信ないよ」
「えーー!? それは困りますぅ。
貴章さんは、今は弘美先輩なんだから自覚してもらわないと・・・由香は泣いちゃいます!」
そう言ってうるうる目になる由香。少々困惑気味の貴章は・・・
「そんな事を言われても出来るかよ!俺は桐生貴章!俺は俺なの!」

二人の少女は屋上の防火用水塔の近くにある段差に腰掛けて昼食を取っていた。
貴章は弘美が作ったであろう手弁当を食べていた。
紺色のスカートの皺を伸ばし、両足を揃えて座っている。先程から女性と変わらない仕草をしているが本人は気が付かない。
由香はそんな貴章の様子をジーと見ていた。
「ふうん、貴章さんって女っぽい仕草をするんですね。もしかして元々女性願望だったんですか?」
思わず口の中のモノを吹き出す貴章。
「ば、馬鹿!!俺は男だぞ!そんな事をするかよ」
顔を真っ赤にして、慌てて股を広げようとするがどうも居心地が悪い。元の座り方に戻る。
「そういえば、初めてなのにブラの付け方も自然だったし・・・やっぱ女装癖があったんですね(笑)」
「・・・・・」
貴章は何も言えなかった。
女性の下着の付けかたも今日が初めてのはずなのに自然と身につけられたし、
セーラー服を着ている事も今は違和感がない。
・・・このカラダが覚えているのかな?俺、そんな趣味はないのに・・・
「はぁ・・・なんでだろうな」
深い溜息が出る。長い髪が屋上の風に靡いていく。
貴章の手はごく自然に柔らかい仕草ですうっと耳の上に髪をかきあげていた。
「もしかして、弘美先輩が戻ってくるんですかぁ? そういえば、今の仕草だって同じだし・・・」
目を輝かせて由香は貴章の方を向ける。とたんに貴章は顔を強張らせる。
「・・・そうなったら、俺はどうなる? このカラダは元々俺のだぞ。今更他人に使われたくないね」
「で、でも、弘美先輩がずーといたわけだし・・・・ごめんなさい。こんな事を言って」
由香の目は涙でうるうるになっている。貴章は強張った顔からふっと、優しい表情になると由香の髪を撫でながら・・・
「もう、由香は泣き虫だね。さっきはまるで別人だったみたいだな」
「へへっ♪・・・その顔も同じだね」
何時の間にか笑っている。先ほどの事といい、つくづく女は変わるものだと貴章は思った

「貴章さん、喉が渇きません? ジュースかお茶でも買ってきますね」
「あ、ありがとう。お金は・・・」
貴章は財布(弘美の財布)からお金を取り出そうとするが、由香に止められた。
「あ、いいですよ。いつもは弘美先輩に奢ってもらっているし、今日はあたしの番ってことで」
「でも・・・悪いよ」
「いいですよ。さっきのお詫びですから」
由香は貴章に笑顔で答えると非常口の方へ向かった。
・・・・なんだろう? 安心するな。あの子が俺の知っている由香と同じだからだろうか・・・
貴章が想いに拭けっていると・・・
「あの〜、ここ良いですか?」
「わわわっ!・・・・・」
いきなり後ろから声がしたので驚いて振りむくと、セーラー服の少女がそこに居た。
・・・さっきから俺と由香以外誰もいないはずなのに・・・・
貴章は少女をしげしげと見る。
色白で鼻が高く、くりくりとした大きな瞳で睫毛は長い。髪は少し茶色かかったショートヘア・・・
・・あれ? この子どっかで見たような・・・・でも、思い出せない・・・
「あの〜、私の顔に何かついてます? さっきから見られていて恥ずかしいんですけど・・・」
少女は頬を赤く染めていた。
「え? ・・・いやぁ、ちょっと知り合いにかな? 似ている子がいたもので・・・はは」
その場で咄嗟に言い訳をする貴章。額に汗が出る。
「ふふふっ。そうなんですか?」
口に手をあてて、笑う少女。何やら仕草が可愛いい。
「はは・・・それで何?」
「あ、いえ、ここでお昼を食べてようと思って来たんですけど・・・駄目ですか?」
「あ、ううん。別にいいけど・・教室では食べないの?」
「ええ。別に深い意味はないんですけど、一人の方が好きなんで・・・」
「ふうん・・・」
この後、二人は言葉を交わす事はなかった。
少女は黙々と自分の弁当を食べていたし、貴章に声を掛ける事はなかった。
貴章は少女の事は気にしてはいたが、どういう訳か自ら言葉を交わせようとしなかった。
「あのう・・」
「何?」
「あ、いえ、なんでもないです・・・・」
・・おかしな子だな。自分から言っておいて、途中でやめるなんて・・・
貴章は少女が何を言うとしたのかは気にしていたが、そのうち考えるのを止めた。
余計な詮索はしたくはなかったからだ。それよりも由香がなかなか戻って来ない事が気になり始めた。
「由香の奴、遅いな。動販売機なんて職員室の側あるのに・・あれ? 何で俺、知っているんだ?
この学校は初めてのはずなのに・・・これも弘美の記憶かな?何か不安になって来たな・・・・」
先ほどの仕草といい、貴章はだんだんと弘美に染まっていくのではないかという不安を感じ始めていた。
「ごちそうさま。あれ?お連れの方はまだ来ないんですか?」
「う、うん。まだのようだな・・・はははは(汗)」
「ふふふっ。何か男の人みたいな言い方ですね。そんなに美人なのに勿体ないですよ」
「あ、そ、そうかな・・・うん、そうだよね。ほほほ・・・」
・・・・んな訳ねぇだろが。俺は男だ!うーー、気持ち悪い・・・・
「じゃぁ、私はこれで。・・・・桐生貴章さん♪」
その言葉に貴章の心は一瞬で凍った。心臓の鼓動が早まる。
「・・・どうして・・その名前を知っているんだ?」
貴章は顔を強張らせたが、少女は笑顔のままだ。
「そんなに怖い顔をしないの。折角の美少女が台無しじゃない」
「そんな事は聞いていない。何故俺の名を知っている? オマエは誰だ?」
貴章は少女に詰め寄ろうとするが、少女は動じない。
「ふふっ♪ 今は話せないわ。観察中だしね。また後でね♪ 貴章さん、いえ今は弘美さんかな?」
そう言って少女は非常口のドアを開け、中に入った。
「あ、こら、待ってよ! 答えろ! オマエは誰だ!! 観察中ってなんの事だよ!」
貴章は少女を追いかけようとした。
だが非常口のドアの向こうには少女の姿はなく、代わりにジュ―スとお茶の缶を持った由香が立っていた。
「あ、貴章さん、ごめんなさい。遅れちゃって・・・あれ? どうかしました?」
「由香か?」
・・・あの子が消えた? そんな馬鹿な。でもあの子、何で俺の名を知っているんだ?
もしかしたら、この事と関係があるのか?・・・

自分の体を見ながら、一抹の不安が貴章の心を覆っていった・・・・

「貴章さん、どうしたのですかぁ?あ、これをどうぞ」
と、貴章は由香からオレンジ・ジュースを手渡される。
「あ、う、うん・・・ありがとう。それよりも由香、ここに来る時に女の子に会わなかったか?」
「ううん、会わなかったよ。それがどうかしました?」
神妙な顔をする由香。
・・・・神隠しかよ。気味が悪いな・・・・・

非常口のドアの近くに腰掛ける二人。
「そうなんですか。それって気味が悪いですね」
「由香もそう思うか。俺の名前を知っているなんてな」
貴章は先程の出来事を由香に話した。
由香は最初、ちょっと首をかしげて、うんうんって答えていたが貴章の真剣な表情に押されて真顔になっていく。
「あ、そうそう。午後はどうします? 授業にでますか?」
お茶入り缶を飲みながら、由香が言う。
「そうだなぁ、出ないとまずいかな? 由香も俺と付き合ってサボルのは良くないしな」
「ふふっ・・・弘美先輩とは違いますね。あの人はいつも授業を抜け出していましたから」
「そうなのか・・・」
弘美の意外な行動に驚く貴章。
「それでも成績は学年トップなんですよ。いつ勉強しているのかわかりませんけど」
「ふうん、頭が良いんだ。以前の俺と同じだな」
「貴章さんもそうなんですか? へぇ・・・すご〜い」
「ははは・・・」
褒めれているのか分からないが、とにかくその場の雰囲気を創ろう貴章。
・・・そうか、俺と同じか。何か親近感があるな。ん? これって・・・
「俺は知っているはずだ。たしかあの時、そう設定したはずだから・・・。あれ?思い出せない」
突然、持っていた缶を置いて立ち上がる貴章。
携帯で弘美の性格を設定したはずなのにはっきりと思い出せない。由香はそんな様子を不安げに見ていた。
「た、貴章さん、授業に出るつもりならその言葉使いを直したほうがいいですよ。変な人と思われますからね」
素早く話題を変える由香。
「そ、そうか。やっぱな・・・・」
頭をぽりぽりと掻きながら貴章は考え込む。
「由香ちゃん、・・・これでいいか・・な? わ、わ、私は九条弘美・・よ。弘美って言ってく・・れる?」
「うんうん。貴章さん、ちょっとぎこちないけどいいんじゃないかな」
ちょっと首を傾げて、にが笑いをする由香。どうも本当は上手くいかなかったようだ。
・・・・う〜ん、そうか。ぎこちないか。それじゃぁ・・・
「もお、由香。私にはそんな趣味はないって言っているでしょ!」
今度は先程の弘美の言葉を思い出して言ってみる貴章。すると由香の目が輝き出す。
「(・∀・)イイ!! すごくイイですぅ。弘美センパ〜イ♪」
たまらず、頬を真っ赤にして貴章に抱きつく由香。
「ふにゃあ〜ん。弘美先輩〜、好きですぅ〜♪ ぷにぷに〜」
「こ、こら由香!抱きつかないでよ。もお! あ、駄目ぇ、ちょっと触らないでぇ。嫌ぁぁぁああん」
由香に抱きつかれて、困惑気味の貴章。本人は自然と弘美と同じ言葉使いが出た事は気が付かなかった・・・


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