学校ごと僕らが異次元に取り残されてから、もう丸一昼夜は経ってる計算にる。時計の針が信用できるならだが。
白い靄がどこまでも続くこの世界には昼も夜もない。時間という概念があるかどうかすら怪しい。
ただひとつ確かなのは、ここが僕らの知る世界でなく、異次元としか形容しようのない場所だということだ。
そこへ僕らは放り込まれた。この学校ごと。
原因?
この現象の意味?
そんなこと、分かるわけもない。
この生々しい感覚がなければ、全部悪い夢だと思いたいくらいだ。
悪い夢……
僕は制服のカッターシャツの胸もとに手を当てる。
手が胸に触れるにはまだ距離があるはずなのに、シャツの生地が指先に触れる。
そして、ふくよかな肉の丘が指を押し返してくる。
ふくらんだ胸の形にそってシャツの衣擦れを否応なく意識させられてしまう。
敏感になった全身の肌が僕に訴える。この身体は、僕の知るそれではないと。
胸の半球の先端にある敏感な突起を布越しに触れてしまって、僕は身震いすると同時に我に返った。
胸に当てていた手を下ろす。
幸い(なにが幸いだ?)というべきか、教室に残ってる連中は窓から外を見ていて僕の行為には気付いていなかった。

  ◇◆◇

異変が起こる前。
僕らはクラス有志で参加していたプログラムコンテストへ向けたミーティングのため、休日の学校に集まっていた。
僕らのチームは二〇人ちょうど。そのうち女子は二人だけだった。
ミーティングは途中で雑談の時間も挟みながら、夕方六時過ぎまで続いた。
僕らのために休日をつぶして学校へ顔を出していた担任がそろそろ帰れと文句を言いにきたときだった。──異変が起きたのは。
何の前触れもなく、巨大な地震が校舎を揺さぶった。
僕らは地震だとそのとき思っていた。だが、何一つ落ちたり崩れたりした物はなく、揺れは一瞬で収まっていた。
担任の教師が悲鳴らしきものをあげた。担任の視線は窓の外へ向けられていた。
墨を流したような真っ暗闇だけがそこには広がっていた。
その次の光景を僕は忘れられない。
何事か叫んで窓を開けた担任が、あっというまに闇に吸い込まれていった。
悲鳴。怒号。罵声。誰が何を言ってるのかも分からなかった。
「窓を閉めろ」と叫んだのは僕自身だったかもしれない。
僕らは教室の真ん中に身を寄せ合った。
すると、もう一度、瞬間的に校舎が揺れ、それから外の暗闇が消えた。
暗闇の代わりに乳色の濃い靄が広がった。
このとき僕ら二〇名はもう異次元に飛ばされていたのだった。
もっともそれを認識して、さらに確認したのはしばらく後のことになったけど。

最初の茫然自失状態を抜け出した僕らは必死で何が起きたかを掴もうとした。
その結果わかったことは……
あらゆる外界との通信手段が使い物にならないということだった。
携帯はどれも電波を受信できていない。職員室にあったラジオからはザァザァというノイズが流れるばかりだった。
「核戦争が起きたんだ……」
ひょろりと背の高い島田がつぶやいた。
それはずいぶんと説得力を伴って聞こえた。
僕らは混乱をひきずりつつ、校舎のあらゆる開口部を閉ざしていった。
チームリーダーとして僕らを引っ張ってきた黒部隆哉の指示だった。
こんなときでも隆哉は、少なくとも他の面々に比べれば冷静だった。
ありとあらゆる戸口や窓の錠を確認してから、僕らは2−Aの教室に集まった。
もともと異変が起きたとは僕らがいた教室だ。
二人いる女子の片方、小柄な体格の小春は使い物にならない携帯をそれでもしつこくいじってメールを送ろうとしてた。
「ねえ……これって本当に核戦争があったの? それともテロ?」
いまにも泣き出しそうな声で小春が言った。
知るかよ。とげとげしい声で誰かが応じる。
「だって変じゃない!? 核が落ちたなら、どうしてこの校舎だけなんともないの? どうして外で物音一つしないの?」
小春の叫びに教室の中はしんと静まりかえった。
このとき僕らはようやく、この「異変」が超常的なものだということを感じ始めたのだった。

重苦しい沈黙がその場を支配した。あの黒部隆哉すら、みんなを落ち着かせるような言葉を見つけられずにいた。
やがて、もうひとつの異変に僕らは気付く。
「智史……お前、なんだか体形が……?」
「触るなよ。なんでもないよ!」
「なんだよ、その女みたいな声?」
「え……」
智史の変化を見逃していたのは、単にそれまでがパニック状態だったからだろう。それほど智史の変貌は顕著だった。
そして……この僕も。
智史のシャツの下にはまぎれもない女の子特有の細くて丸みを帯びた体形が感じられた。
智史が男だという先入観がなかったら、その姿を見て男子の制服でコスプレしてる少女と信じて疑わなかったにちがいない。
少女と化した智史の姿に面食らうと同時に、僕は自分自身が異変の直後からずっと感じていた違和感と
正面から向き合うことになった。
まさか──!
嫌な予感は、当たってしまう。
目の前にかざした僕の手は、か細い女の子のものだった。
「あ、あ……」
意識せず漏れた喘ぎ声が、他人のものだった。
それは、怯えた少女の声音だった……

智史と僕だけじゃない。
ざっと見回しただけで、ほかにも性別が変わってしまった奴がいた。
瀬川良祐、檜山慎二、荻野政……
まだいるだろうか。
見慣れた相手が面影を残したまま別人、それも異性になっている図は、ひどくシュールだった。
どうやら最初の地震の直後にこの奇妙な「変化」は起きていたらしい。
ただ、外界の変化に気を取られて、僕を含め、女になってしまったことに本人すら気がつくのが遅れたのだ。
またしばらく沈黙が僕らの上に重くのしかかった。
こんなとき何をすればいいのか、誰にも見当がつかないのだ。
ずいぶん時間が経って、小春が立ち上がり、教室の戸口へ向かった。
「どこへ行くんだ?」
隆哉が呼び止めるのに、小春は怒ったように一言答えた。
「トイレよ!」
まるでその言葉が何かの合図だったみたいに、それまでミーティング用に配置された席についてた僕らはめいめいに動き出した。
窓の外の靄を意味もなく睨みつけるやつ。
廊下の水飲み場で水を飲んでくるやつ。……いまのところ水は出るようだった。

「ヨシ……大丈夫なのか……?」
声をかけてきたのは同じクラスの羽村真人だった。
大丈夫かって?
突然体が異性に変わってしまって、大丈夫なわけがない。
真人の視線を感じてたまらなく居心地が悪くなった。自然と目を伏してししまう。
「なあ、その、なんか心当たり……みたいなものはないのか?」
真人は本気で僕の心配をしてくれているようだった。
真人は気のいい友人だ。
僕とは一年の頃からなんとなく馬が合って、特別同じ趣味があるでもないのに、よくつるんでた。
どちらかといえば小柄な真人は僕よりも活発なタイプで、いつだって子犬のようにはしゃいで走り回ってる印象だ。
真人が心配してくれるのは嬉しいが、同時に真人の視線が痛くもあった。
「悪い。トイレいってくる」
僕はそう言って席を立った。
真人は一瞬、一緒についてきそうな気配をみせたが、ぎりぎりのところで「俺も」という言葉を呑み込んでくれたようだった。
教室を横切っていくと、何人かの視線が絡みつくのを感じた。
“あいつもだ”
“女になってる”
“どうなってんだよ、薄気味悪い”
そんな無言の声を聞いた気がして僕は歩を早めた。

トイレの個室で一人きりになると、ようやく一息つくことができた。
一人になってはじめて僕は、詳細に自分の体を検分することができた。
ちょっと胸をそらすとカッターシャツのごわごわした生地にも、はっきりと二つの半球の形が浮き出た。
女の胸……オッパイ……乳房……
息をするたびに、かすかにそのふくらみが上下している。
僕は両手でふくらみを下から持ち上げるように触れてみた。
想像していたよりずっとやわらかい感触と、そして人の体の一部である証拠のぬくもりが伝わってきた。
胸の先端に小ぶりな乳首の形が浮きだした。
「うわ……なんだよこれ、エロい……」
僕はかすれた少女の声でそうつぶやいていた。
とんでもない異変のさなかにあるというのに、僕は目の前のささやかなエロスに単純に興奮していた。
どうしてこうなったという疑問や、この状態を元に戻す方法はないのかという焦り。
そういった感情をおしのけて、変化した自分の体がどんなものなのか確かめたいという好奇心に僕は突き動かされていた。
シャツのボタンとボタンのあいだから、ちらりと胸の谷間がのぞいていた。
胸の谷間!
自分にそんなものがあるのが信じられなかった。
僕はもつれる指でシャツのボタンをもどかしく外していった。
男子制服のカッターシャツが胸の隆起にからみついて皺をつくっていて、
まるでAVでも見ているようなエロチックな光景だった。
半分くらいボタンを外したところでもう充分だった。
まぎれもない女のオッパイが顔をのぞかせた。
胸元をひらくと乳房の局面にそって布が当たる感触の生々しさが体中を走った。
おそるおそる手を差し入れて、じかに半球を手で包んでみた。
雑誌のグラビアに出てくるメロンのような巨乳とは根本的に別物だが、
それでもささやかなバストのふくらみが僕の手のひらを出迎えた。
包み込むようにして手のひらをそっとたわめた。
やわらかい肉が水風船のように自在に形を変えてそれに応じた。
露わな乳房が華奢な少女の手によって揉みしだかれるというビジュアルがたまらなく刺激的だった。
こんなことをしてる場合じゃないのにという考えが頭の片隅を横切ったけど、それ以上に僕は行為に夢中になっていた。
揉まれる乳房の感触は驚くほど淡いものだった。
二の腕の肉をもまれているのと、そう大差ない。
けれど、手のひらに覚える感触はなんともいえない極上の心地よさだった。
彼女のいない僕にとって、もちろん女の乳房にじかに触れて、あまつさえそれを揉み回すなんて始めての経験だった。
女のオッパイって、触ったやつが気持ちよくなるようにできてるんだ……
ぼうっとカスミがかかったような頭で僕はそんなたわいもないことを思った。
手のひらにツンとしこった突起が当たった。
その瞬間、僕は声を殺して呻いていた。
不意打ちだったからだ。
乳首が擦れて、男の体じゃ考えられない、甘いようなせつないような、それでいて強烈な刺激を感じた。
手のひらを話すと淡い色の乳首が明らかに固くなっていた。
左右の乳首が固くしこって、ジンと痺れるような感覚を送ってくる。
僕はまじまじと乳首に目を落とした。
小粒だけど、男のそれとは明らかに違う。雌としての機能を果たすための形をしている。
そのまわりの乳輪も、腫れたようにふくらんでいる。未発達かもしれないけど、これは女の体だ。
両手で左右の乳房を持ち上げて、唐突に僕はパニック寸前になった。
──これからどうすればいいんだ!?
左の乳房のふくらみの下で心臓がばくばくといっていた。
もうひとつ……確かめる場所がある。
もうそこがどうなっているかは、自分でわかっていた。
僕はベルトを緩め、トランクスともどもズボンを膝まで降ろした。
──ない! なくなってる!
トイレの暗い個室の中とはいえ、見間違うはずもなかった。
僕の下半身のカーブはどう見ても女のもので、股間のまばらな茂みの先には、男の象徴は影も形もなかった。
どんなに予想がついてたとはいえ、それはゾッとすることだった。
意識するより先に股間に手を持っていってた。
喪ったものを探るように平坦な股間を撫でて、僕はもう一度強烈な喪失感に打ちのめされた。
自分の体の一部が消えてしまったのだ。それは手足を喪うのと同じくらい、本能のレベルでショックなことだった。
股間をまさぐっても何も掴めず、手がフラットに股間全体を覆うことができてしまう、その絶対的な違和感。
これは僕の身体じゃない。
見知らぬ少女の身体だ。
どうしよう? どうすればいい? どうなってしまうんだ?
取り返しのつかない一線の向こう側にぽつんと置かれてしまったような、そんな心細さが胸を締め付けてきた。
つぷ……
そのときだった。
人差し指の先が、粘膜をすりあげた。
「いつっ……」
まぎれもない女の子の声で僕は悲鳴をあげた。
そしてあわてて口をつぐむ。
トイレに入ってきた誰かに、こんな女そのものの声をきかれたくない。
自制を取り戻すと、もう一度同じ場所で指をそうっと動かしてみた。
なめらかな唇に触れているような感触だった。触れている指も、そして触れられている部位も。
そこが女の性器……外陰唇と呼ばれる部分だということはすぐに察しがついた。
保健体育で当たり前のように覚えさせられる事柄だ。
それが自分の肉体の一部として在るというその事実だけが強烈な違和感をまとわせている。
こんなのって……。
言葉も見つからず僕は、へたりこむように洋式便座に腰を落とした。
腰掛けた体勢では、より詳細に自分のそこを観察できた。
いままで男の器官で隠れていた部分に、ふっくらと土手が盛り上がり、そこに生々しい裂け目のような縦筋が走っていた。
陰唇が申し訳なさそうにはみだしている。
男の体に比べて陰毛が薄くなっていた。
震える手で両側から亀裂を左右に開いた。
「うっ……!」
もう一度ひきつれるような痛みに襲われて僕は眉根を寄せた。
そこだけ別種の生き物のような鮮やかなピンクの粘膜が広げられた。
オッパイを揉まれるのと同じく、いやそれ以上に男の体では味わうはずもない感覚が伝わってくる。
ブルリと僕は身震いした。
その途端、下半身の奥まった部分から何かがこみあげてきた。
それがなんなのか理解できず、僕は無様に手足をばたつかせてしまった。
直前で僕は悟った。
僕が感じていたのは尿意だった。
いやだ、冗談じゃない!
とっさに僕は全身をこわばらせて放尿を止めようとした。
理屈ではなく、男としての僕は、この女の体で放尿するのを拒絶しようとしていた。
拒絶の結果は惨めなものだった。
止めようと思う矢先から、勢いよく小水がほとばしって、ホーローの便器を叩いていた。
座ったまま、なすすべもなく僕は尿を垂れ流していた。
ペニスからの放尿が当たり前だった僕にとって、初めて味わう女の身体での小便は、
あたかも「漏らしている」かのような錯覚をもたらした。
小便ができったとき、僕は荒い息をつきながら、前のめりになって自分の腿に肘をついていた。
うつむいた姿勢のせいで、乳房がその存在を強調するように揺れて二の腕に当たった。
ただの生理現象で、僕はひどい屈辱感、敗北感を味わわされていた。
突然の理不尽で不条理な仕打ちに誰を呪えばいいのかと思った。
誰にも……とりわけ真人にはこんな姿を見られたくないとも思った。
ようやく最初のショック状態から立ち直り立ち上がろうとした僕は、股間が濡れていて気持ち悪さを覚えた。
当然だ。小便をしたせいで、割れ目が尿で濡れてる。
わずかな逡巡の後、トイレットペーパーをちぎってそこにあてがった。
一通り外側を拭いても、まだ内側が濡れているようで居心地が悪かった。
もう一度、両手で割れ目を左右に広げてみた。
今度は用心してそっと広げた。
さきほどと違うのは、粘膜がほどよく濡れそぼってることだった。
こわごわ粘膜を指の腹ですると、ピリピリとくすぐったさとも痛みとともつかない曖昧な感覚があった。
無意識のうちにピクッと体が震え、陰部を広げていた指が跡を追うように割れ目の中をまさぐっていた。
指を小刻みに前後に動かすと、それだけで体全体が揺れ、我知らず息が荒くなった。
僕は自分のしていることが信じられなかった。
こんな異常事態だというのに僕は──オナニーをしていた。女の身体で。
オナニーの真似事といったほうがいいかもしれない。

このとき僕はまだ指をそこへ深く沈めることなど考えもつかなかった。
ただ単純に肉体の機能と感覚に導かれるまま、指を前後に動かしていた。
「ふぁ……」
思ってもみなかったような艶めかしい声が自分の口から出てきて僕を驚かせた。
こんなことしてたら……元に戻れなくなるかも……
体の感覚に支配されつつあることゾッとする反面、
僕は味わったことのない想像したこともない甘く焦がれるような疼きに没頭していった。
小刻みな動きに合わせて空中に突き出されたオッパイがわずかに揺れた。
乳首はぷっくりと固く膨らんで、そこからもジンジンするような疼きを僕の脳髄に送ってきた。
僕は──時間を忘れて行為に没頭していたんだと思う。
体に熱が籠もり、吐息が自分でも分かるくらい悩ましいものに変わった。
心のどこかで止めなくちゃと思っていても、うねるような甘い疼きが僕を絡め取って自由にしてくれなかった。
夢中で指を動かすうち、ふとしたはずみで指の腹がプリプリとした肉芽のような突起をすりあげた。
パッ、と文字通り目の中に火花がはじけた。
ひときわ強烈な刺激に僕は身をよじった。
足がピンと伸びきり、自然と足の指が何かをつかもうとするように収縮した。
ピクッ……ピクッ……
小さな痙攣が体を支配して、そのたびにむき出しのオッパイが揺れた。
「は……ああっ……う……」
うわずった吐息とともに僕は嬌声をあげていた。小さな押し殺した声とはいえ、隣に誰かがいたら聞こえてしまっただろう。
波のような快感がひととき全身から何かを洗い流すように通り抜けていった。
「は……あ……」
張り詰めた何かが途切れたとき、くたっと全身から力が抜けた。
廃人のように足を投げ出して座ったまま、僕は息が戻るのを待った。
たったいま自分がしてしまった行為の意味は、いやというほど分かっていた。
そうだ。僕は、女の子としてオナニーをして、あまつさえ自分の指でイッてしまったんだ。
ふと指を擦り合わせると、血でもついてるみたいにぬらついていた。
あわてて目の前に指をもってくると、指と指のあいだでトロリとした粘液が糸をひいた。
その粘液の出所は──。
僕は大きく息を吸って吐くと、もう一度トイレットペーパーをたぐって指を拭き、それから機械的に股間も拭った。
僕は──この身体は、女のものになってしまった。
原因は微塵も分からない。けれど、これ以上ないほど確かな事実だ。
「どうしよう……」
多少なりと頭が冷えてきて、最初に口から出た言葉がそれだった。
のろのろとシャツのボタンを止めていった。
身体の変化は服の上からでも誤魔化しがきかないくらい明らかだった。

家に帰ったら……父さんと母さんになんて説明したらいいんだ。
なぜか僕は真っ先にそんなことを心配していた。
女の身体になって、あまつさえオナニーまでしてしまったことがひどく後ろめたい事に感じられた。
すぐに僕はそれどころじゃないことを思い出した。
そもそも帰るべき家があるのか。父さんや母さんは無事なのかも分からない……。
ドクン、と心臓が不吉に高鳴った。
それでも。このときの僕はまだ、おかれた本当の状況を理解してはいなかったのだ。
帰るべき場所さえ永久に失うことなど思いもよらなかったのだから──。


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