カラ〜ン……カラ〜ン……カラ〜ン……

 遠くで澄んだ鐘の音が聞こえる。
 しばらくしてガッシャっとドアの鍵を開ける音が響いた。

 スサスサスサ……
 衣擦れの音と静かな足音。誰だろう? そーっと毛布を降ろしたら沙織が立っていた。

「あ、ごめんね。起こしちゃった?」
「うん、大丈夫。先の鐘の音で目が覚めていたから」

 そう言って香織は身を起こした。眩暈の症状は全く感じなかった。

「もう大丈夫なの?」

 沙織は香織の顔を覗き込むように見つめる。香織はにっこり微笑んで頷いた。

「そう! よかったぁ〜、ず〜っと心配してたんだよ!」

 沙織は急に声のトーンがあがって元気になった。そして部屋の灯りをつけた。

「あ、ホントだ。顔に赤みが差している」

 沙織は鞄から小さな包みを幾つか取り出してベットの隣の小さなテーブルに並べた。

「香織食欲はある? 喉は渇いてない? 朝から何も口にしてないでしょ」

 そう言われて香織は気が付いた。今日一日飲まず食わずで過ごしていた。そして同時に今日一日全く……トイレに行っていない。
そう、体内から何も出してすらいないことに気が付いた。

「食欲は……無いなぁ」

 自分でも不思議だった。しかし、沙織はにっこり笑うと包みの封を開けて中から紙パックの食品を幾つか取り出した。
グレープフルーツの絵の描いてあるドリンクだろうか。別のパックには桃の絵が描いてある。

 沙織は桃のパックにストローを指して香織に差し出した。鼻が敏感になっているのだろうか、香織はすぐに桃の香りを識別できた。

「はい、飲んでみる? 少しずつだよ。少しずつ口に含んで味を感じるか試して見て」

 沙織は柔らかな微笑を添えた。香織はそっと手に受けてストローを口へと運ぶ。沙織は心配そうにそれを見ている。カプセルから出てきた赤子の食い初めと同 じだ。
 彼女の体がそれを受け付けるかどうか、実は凄く深刻な問題なのだけど、沙織はなるべく表情には出さないように見つめていた。
勿論、香織は既にそれに気が付いているのだが……

 ストローをそーっと吸い込んでみる。たったそれだけの行動が酷くもどかしく感じた。何年も食事をしていない人間はこんな状態なのかもしれない。
 香織の口の中に液体の感触があった。やや生ぬるい液体、味は……そう思って飲み込んだ。

「あ……桃の味がする! 香りもする! おいしいよ!! 沙織! おいしい!」

 香織は無意識に沙織と呼んでいた。沙織は涙目になって見ている。
 今日何回目の涙目だろう。香織はにっこり微笑んで桃のドリンクを飲み干した。
 胃の中に液体の感触があった。
 そして文字通り呼び水状態のなった胃袋がグーっと音を立てる。

「香織のおなかの音、おならみたーい」
 きゃっきゃ言って沙織は笑っている。
 香織は恥ずかしそうに顔を赤くしてはにかんでいる。

「今度はこれを食べてみる?」

 そういって取り出したのはペースト状になったチキンと豆のパックだった。

「赤ちゃんの離乳食なんだって。宇宙飛行士が食べるものも基本的に同じだそうよ」

 香織はそれを受け取るとパッケージをシゲシゲと眺める。赤ちゃんを抱えた女性宇宙飛行士がスプーンですくって食べている絵だ。
 香織はそっとパッケージの蓋を開ける。中には茶色と肌色の中間色になっているペースト状の物が入っている。本当に赤ちゃんの離乳食そのものだ。

 パッケージの裏側に張り付いているプラスティックのスプーンを取ってすくってみた。ヨーグルトのような柔らかさだ。
口の前まで運んできたらローストチキンの良い匂いがした。思わず口の中によだれが出てくる。

「良い匂いだね」
 そういって香織は一気に口へと運んだ。チキンと豆のフレーバーが口内一杯に広がる。噛むことも無く下の上で自然にとろけて行くペースト食品の食感が新鮮 だった。
 沙織は嬉しいそうに一部始終を眺めている。香織はそんな事を気にするそぶりもなく一気に全部食べてしまった。
スプーンを口に咥えたままで沙織に眼をやる。もっと欲しいと眼が訴えている。

 しかし、沙織は意地悪そうに笑って言った。
「今日はここまでね。いっぺんにあんまり食べると体が受け付けないから」
 そういってゴミをゴミ箱へと片付けて部屋を整理し始めた。香織は立ち上がって部屋を見回す。自分が出来る仕事を探すために。

 手際よくテキパキと片付けていく沙織を見ながら、自分がここまでになるだろうかと段々心配になっていった香織だった。
しかし、思案するまもなく沙織は作業を終えて服を脱ぎ始める。
 Tシャツとショートパンツを脱いで下着姿になった。つんと突き出たお尻がセクシーだ。
ブラジャーを外してクローゼットからパジャマを取り出すと頭から被ってお着替え終了。香織は呆然と眺めていた。

「あ、そうだね。香織ちょっと来て」
 そういってクローゼットの扉を全部開けた、
「ここは下着とソックス」
「こっちはブラウスとかパンツ類。あと、スカート」
「こっちは上着と……あと……」

 そう言って一瞬口ごもってから、

「正装用のブレザーね」

 香織はあっけに取られた。自分の分が支給されると思っていたらそれが一切無かった。
それどころか沙織と共用にされているのだった。そういえば体のサイズもスリーサイズも、バスト以外は大して変わらないのに気が付いた。

 沙織は見透かしたようにコケティッシュな表情で言う。

「香織びっくりしてるでしょ。私も最初びっくりしたよ! でも、すぐ慣れるよ」
「ほら着てるもの脱いで。ブラ付けっぱなしで寝てたの? 苦しくなかった?」

 そういって沙織は香織を剥き始めた。今日2回目の皮剥きだ。既に手馴れた手つきだと思ったけどされるがままにした。
沙織はクローゼットから新しい下着とパジャマを取り出した。

「はい、ショーツは変えようね。気持ち悪いでしょ? パジャマは……グリーンね。さっきまでのワンピース姿が緑で似合ってたもの!」

 はいっと渡されて香織はどうしようかモジモジしていた。沙織は半分笑いながら小声で言う。
「女の子同士だから遠慮しないで着替えちゃって」
 そう言われて香織は着替え始めた。
 ブラジャーのホックを外しショーツを下ろす。うっすらと緑色の染みがショーツに残っていた。おしっこを漏らしたのかと驚いたが沙織は素早くショーツを取 ると染みをじっと見ている。
顔から火が出るほど恥ずかしかったので、素早くパジャマを着て沙織からショーツを奪い取った

「駄目だよ、恥ずかしいじゃん……沙織ちゃんのいじわる!」

 香織は軽く半べそ状態になっていた。沙織は少しびっくりしたものの、香織の隣に立って肩をそっと抱き寄せて、やさしく諭すように話し始める。

「香織、落ち着いて聞いてね。そのショーツに残ってるのはオリモノっていうの。おなかの中の状態を知るのに最適なのよ。お漏らしした訳じゃないから安心し て」

 そういって香織の頭に自分の頭をくっつけた。

「私たちのお腹には新しい臓器が出来たの。わかるでしょ? 子供を宿すための臓器、そこはね実を言うとカプセルの中では造りきれないんだって」

 沙織の手はそっと香織の手を包んでいた。そしてやさしく力を入れて隠しているショーツを広げてしまった。
 真ん中部分のやや緑がかった粘っこい物が付いている。なんともいえない生臭いにおいがする。しかし、不思議と嫌だとは思わなかった。

「お腹の中にケーブルが沢山入っていたでしょ? アレはお腹の中の新しい臓器がちゃんと出来たか監視していたのよ。そして、ある程度出来上がったら余計な 物を吸いだしていたの。
カプセルから出て空気に触れて今日一日過ごして、そしてまだ少し残っていた物が出てきただけだから心配しないで」

 香織は目を閉じて沙織の言葉に聞き入っている。

「たぶんだけど、もう少ししたら今度は生理が来るよ……」
 その言葉で香織はビクッとした。生理……生々しい響きだった。
 自分が女性に変わった事を嫌でも認識する物がもうすぐ始まる。
 後戻りできないところまで来てしまったんだ……そう思うと涙が自然に溢れた。沙織は優しく抱きしめて言葉を続ける。

「私もそう、雅美姉さまもそう、宮里先生もそう」

「そしてあなたも……香織も……女の子だよ」

「そういえば……さっき香織、じゃん!って言ったよね」

 香織は意味が分からない。沙織は一気に続けた。

「香織は関東地方南側の出身なの? 横浜とかのほうでしょ、なんとかじゃん!って話をするのって」

 そういって沙織は笑う。話題を変えるのに必死なんだろう。香織は空気を察して返す言葉を捜す。
こういう部分で相手の仕草や態度から空気を読む能力は香織のほうが上のようだった。

「沙織ちゃんするどい。私は関東南岸の……」
 そこまで言ってそこから先がなぜか出てこなかった。必死で自分の育った家を思い出そうとして、家も住所も街の景色も思い出せなかった。
それどころか生まれ育った地域の情報が全く思い出せなくなっていた。

 あれ…?
 おかしいな……なんでだろう……

 香織はうつむいて考え込みだした。沙織は言葉を待っている。しばらく沈黙して香織が割きに口を開いた。

「ごめん、そこから先は……思い出せない」

 沙織はなぜか何ら疑問を挟む事が無かった。それどころか驚くべきことに沙織も自分の記憶の一部がすっぱり無くなっていると話し始めた。それはある意味で 香織より深刻だった。

「やっぱり香織もそうなんだ。実は私も生まれ育った家とか街とか全然思い出せないの。それどころか……お父さんお母さんの顔も思い出せないの。
家族が全然出てこないの、ただ一つだけ覚えてるのは黒い大きな犬が一緒に部屋の中に居た事だけ」

 そういって沙織は言葉を飲み込んでしまった。重苦しい空気が流れる。
 ずいぶんと二人で肩を寄せ合ったまま黙り込んでいた、沈黙の中で沢山の会話をしているようだった。何となく沈黙の中に不思議な一体感を感じていた。

 沙織はやっと言葉のきっかけを探し出したかのように口を開いた。

「香織、もう寝ようよ。明日は大変だよ」

 そういって沙織は香織の手から下着を取ると床において、肩を抱いたままベットに横になって毛布を引き上げた。
 香織は沙織に抱きしめられたまま一緒に横になった。毛布とベットから沙織の匂いが漂う。そして目の前には沙織本人が横たわっているのだ。
はたから見れば狭いセミダブルのベットに女の子が二人で抱き合って寝ている。なんとも贅沢な光景だった。

 しばらくして沙織は香織の僅かな異変に気が付いた。香織が段々息苦しそうにし始めたのだ。何となく表情がトローンとしている。眼が虚ろだ。
 もしかして……と思ったけど、どうやらマズイ状態のようだ。原因は勿論そそっかしい沙織にあるのだけど……

「香織、大丈夫? ごめんね、汗をかいたままだった……」

 香織は既に虚ろな目を潤ませて微笑んでいる。
 そして香織は自らの意思とは関係なく、体中が火照り始めてるのに耐えられなくなってきていた。股間の女性器がヒクヒクと動いている。

「大丈夫じゃないよね……苦しいでしょ」

 沙織は片方の手を毛布の中へと突っ込んで……既に虚ろな表情の香織のヴァキナへと伸ばした。香織は目を閉じて甘い吐息を搾り出す。
なにか理性のタガが飛んだような放心状態にも近かった。

 沙織の指が一番敏感な部分に滑り込んでいく。香織は自分の胎内への入り口をもてあそぶ沙織の指がもどかしかった。
そして背骨を突き抜けて脳に襲い掛かってくる快感の波に包まれていた。

「さっ、沙織ちゃん……おねがい、お願いだから……もっと、もっと……もっと、して……」

 そこまで言って香織の背中が弓なりに曲がった。声にならない声で甘い吐息と一緒にワナワナと震えている。

 沙織はショーツに突っ込んだ手の指で、香織の敏感な割れ目部分を行ったり来たりして弄っている。
時々指先が小陰唇の内側にヌルっと滑り込んで、香織はビクンと体を伸ばしながらもすぐに腰を動かして一番気持ちのいい部分を自ら探し始めた。

「香織……ごめんね。私たちはね汗の中のフェロモンに凄く敏感に反応するの。
男の子でも女の子でも、汗の中のフェロモンを敏感に感じ取って……理性を失うような生き物にされちゃったの。だから……」

 沙織の指も既に理性の押さえが効かない状態になり始めた。快感の波に包まれる香織の体から催淫物質を沢山含んだ汗が滲み始めていた。
世の男を捕まえて理性を失わせ……効率よく子種を吐き出すように。
 少しでも人口を増やすために効率よく新しい命を作るために、そのために自らの意思とは関係なく女性化されてしまった子供達の体に与えられた強烈な武器。
匂いは鼻の粘膜からダイレクトに脳へと作用する唯一のものなのだ。
 香織のもっとも敏感になった部分を沙織が愛撫する事によって、二人は深い深い奈落の底に落ちていくように快感の波に包まれていった。

 カプセルから出てきて最初の夜にTSレディの生涯が決まると言われているが……

 38号室を監視するカメラ越しに二人の少女の戯れを眺めていた宮里は、満足そうな笑みを浮かべてゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
 催淫成分を唯一阻害するコーヒーカフェインのたっぷりと入ったレギュラーコーヒーを飲みながら、大きなファイルを開いて初日と書かれたページに何かを書 き始めた。

「香織さん、もう引き返せませんよ。沙織さんの部屋に入れたのは正解でしたね。フフフ……」

 コーヒーカップの中身を飲み干して宮里は席を立った。
 川口香織と表紙に書かれたファイルを抱えモニター室の明かりを落として部屋を出る。
 38号室の二人は毛布の中で相手の体をまさぐり続けていた。共に汗の中の催淫物質分泌が止まるまで。絶頂を越えて満足するまで。
 満足して眠りに落ちて、長かった一日が終わるまで……


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