コンコン。
トレーを片手に持ち、ノックをすると、しばらくの沈黙の後に、入れ、という声がした。
フュリーはトレーを傾けないよう細心の注意を払いながら失礼します、と入室を果たす。
「どうした、フュリー軍曹」
書類に囲まれ、デスクでペンを走らせるロイの姿に、軽く感動を覚える。
これだけ長時間、真剣にデスクに向かっている姿を見るのは随分久しぶりな気がする。
そんな失礼極まりないもののまぎれもない真実でもある感想を心のうちに漏らしてから、フュリーはそっとデスクによりながら、
「あの、ちょっとお休みになってはいかがかと思って」
と、顔をあげたロイにトレーを掲げてみせた。
ロイの黒く鋭い瞳が、おや、とかすかに驚きを含んで見開かれ、チラ、と視線を左へと飛ばした。
あ。
その視線の先に司令室につながる扉があることに気付き、フュリーはまた、ハボックの癖を思い出す。
同じ仕草。
「フュリー軍曹が持ってくるとは珍しいな。気が利くじゃないか。いただこう」
すぐに視線を戻したロイは、にっこりと笑ってトレーに手を伸ばしかけ、二つあるカップにおや、と眉をひそめた。
「これは……」
「あっ、二杯あるのはですねっ」
そういえば二杯持ってくるのはひょっとしてすごく違和感があるんじゃないか、と気付き、慌てて言い訳を考えようと声を裏返したフュリーに、ロイが首をことん、と傾け、すい、とカップの一方によどみなく手を伸ばした。
「あ」
それは、紛れもなくハボックが淹れたもの。
偶然か、必然かと息をつめて見守ると、目を伏せて一口コクン、と飲んでから、苦笑顔。
「なんだ、やっぱりハボックの差し金じゃないか」
「えっ! なんでわかるんですか!?」
「なんでって……、これはハボックが淹れたものだろう? そっちのカップが軍曹だ。違うか?」
逆に、何故そんなことを聞く? といわんばかりの勢いで問い返され、そうですけど、と言いつつムースの皿もデスクへ置く。
「あの、これも少尉から、なんです」
「おお、うまそうだな。甘いものが欲しかったところだ。だが、甘いものだけじゃあちょっとな……」
「それ、間にベリーが入ってるみたいですよ」
「なるほど。それはありがたい。で、その少尉は何故来ない?」
「それが……自分が行くと甘やかしてしまうから、と。せっかく頑張ってるのに、っておっしゃって……」
ハボックの言葉をそのまま、正直に伝えると、ロイの顔が再び驚きの表情に変わり、それからゆるゆると緩んで、ついには微笑みの形に変わった。
甘く、限りなく穏やかな声で、
「そうか」
じゃあ期待に答えて鋭意努力せんとな。
クスクスと苦笑まじりに呟いて、ロイは再びデスクに向かった。
フュリーはぼんやりとトレーにのこされたカップとロイの黒髪を見比べつつ、そろそろと退出することとなった。