連れて行かれたのは。
「給湯室……?」
 思わず首を傾げると、カチャカチャとどこからともなくいかにも高そうな白磁のコーヒーカップwithソーサー(ちなみにフュリー達はそれぞれが持ち込んだマグカップを使用している)を出しながらハボックが笑った。
「意外か? 俺が茶ぁいれんのは。ってかコーヒーだけどな」
「い、いえ。って、ああ! 僕がいれますよ!」 
 ケトルを火にかける様子を惚けてみていたフュリーは、上官にコーヒーをいれさせている、という事実にハタと気付いて青ざめた。
 だが、そんなフュリーの言葉に小さく噴出してから、ハボックは肩をすくめてみせて、
「いい、いい。てぇか、俺が淹れんと多分あの人飲まないし。俺が淹れるのは上官のだけだからいいんだよ。お前らは各自で支給のうっすいやつ飲んでくれ。そこまで自腹の豆振舞えねーし」
「え?」
 自腹?と思わず首をかしげ、フュリーは言葉を反芻した。
「あ、ああ、ひょっとして大佐専用の豆なんですか?」
「そぅそ。あの人舌肥えてるしな、支給のやつ出すとテンション落ちるんだ。コレ淹れてくとやる気も格段とあがるみたいだし」
 そう言いつつ、慣れた手つきでペーパードリップの用意を整えてゆくハボックに、そうなんですか、と上官思いの一面を見た気がして感動したフュリーだが、ふと気になることを思い出し、再び首を傾げる。
 大佐専用の豆を、どうしてハボック少尉が買うんだろう?
 それに。
「あ、でも、何で少尉じゃないとだめなんですか? 同じ豆使えば、誰が淹れてもわからないんじゃ」
 何気なく口にした言葉に、ケトルから細く細く湯を注ぎつつ、ハボックがチラ、と空色の目を向けた。
 トレードマークの煙草がなくてどこかさびしげな口元が、クス、と笑みの形をとった。
 どこか、優越感がにじんだような、そんな笑み。
「じゃあ試しにお前も淹れてってみるか? 俺のやりかたと同じで。んで、二杯持って大佐んとこ行けばいい。あの人多分、すぐに気付くぜ」
 つか、コーヒー大佐に持ってくの頼みたかったし、丁度いい。
 一杯分を入れ終えた時点で一度ケトルを置き、ほい、と一式を渡される。
「えっあっ、はいっ!」
 元々、支給用のものであればよく淹れていたので、教えられる分量、方法でフュリーはハボックに負けないくらいの手際のよさでコーヒーを淹れる。
「おー、いい感じじゃん。俺でも違いわかんねぇや」
 ハボックがハハ、と楽しげに笑った。
 トレーの上には、全く同じカップとソーサーが二つ。淹れたフュリー本人も、スプーンの位置を確認しなければどっちが自分作かわからない。
 味見した時も、正直同じ味にしか感じられなかった。
「あとはー、これ。悪いけどコレも一緒に持ってってくれ。いつもは俺が自分で持ってくんだけどさ、今日は顔出さんほうがよさそうだし」
 ハボックがそう言って冷蔵庫から取り出したのは、
「チョコムース……?」
 小ぶりのチョコムースが乗った皿。トレーに加えられたそれは、チョコムースの間に何かベリー系のフルーツが挟まれているらしい。
「朝から缶詰だからなー、さっき買っといたんだ。ちょこっとだけ甘いもんあれば、疲れも和らぐだろ」
 全く手間のかかる上司だぜ。
 そう言ってまた笑う、その表情がひどく優しくて、フュリーは手にしているトレーを再度、見下ろして考えた。
「……ハボック少尉、これ、やっぱり少尉が持っていってあげた方がいいんじゃないですか?」
「へ?」
「たまに顔をあげるから、何だろうって思ってたんです。ずっと気になって、今日一日少尉のことチラチラ見てたんですけど、あれは執務室の様子を伺っておられたんですよね?」
「あー……マジ? 俺そんなに振り返ってた?」
 フュリーの言葉に一度キョトンとしてから、驚きの表情がそのままブワ、と頬の紅潮に移ってゆく。
「はい。だから、せっかくタイミングまで見て用意されたんだから、直接持っていって喜ぶ顔、見られたらいいんじゃないかと思うんです」
 フュリーの進言に、片手で口元を覆って、うわ、恥ずい、といったようなことを呻いていたハボックは、観念したように苦笑を浮かべ、それでも首を横にふった。
「そうしたいのはやまやまなんだけど、今日はだめなんだよ。俺行くと、どうしてもあの人甘やかしたくなるから」
「え?」
「せっかく頑張って休みとろうとしてくれてんのに、甘やかして無駄にしちまうの、嫌だし」
 だから頼むな、と長身を折り曲げ、ハボックがフュリーの肩を叩いた。
 せっかく頑張って休みとろうとしてくれてんのに。
 ハボックのその言葉が妙にひっかかったフュリーが言葉の真意を問おうと振り返ると、もうハボックはいなかった。

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