癖
ああ、まただ、とフュリーは目を瞬かせた。
あることに気付いてしまってから、それが気になって仕方がないのだ。
その視線の先には、柔らかな金髪と空色の目をした少尉の姿。
身体を酷使する仕事の方が得意、と自他共に認める彼だが、昼に外回りから戻ってきてからは珍しくずっと司令部に詰めている。
まあぶっちゃけ、書類と格闘しているからなのだが。
尉官にもなれば、ただ言われた仕事をしているだけ、というわけにはいかない。部下を持つ以上、当然書かなければいけない書類等も増える。
ハボックもさきほどから、煙草をくわえてはもみ消し、咥えてはもみ消しを繰り返しながら、眉間に皺を寄せてガシガシ書類にペンを走らせている。
長身を机の上に折り曲げるような格好で(それはひどく目に悪そうな体勢なのだが、)無駄口もほとんど叩かずに書類に向かうその表情は、戦闘訓練の時の冷やかな無表情とは異なり、宿題を必死に消化している子供のような。
だがそのふとした瞬間に、あきらかに意識を別に向ける癖があることに、フュリーは気付いたのだ。
はじめは掛け時計に目をやっているのかと思ったのだがそうではないらしい。
掛け時計はハボックが顔をあげた先にもある。だが、ハボックが書類から目を上げるときには、必ず視線もしくは頭全体が背後に向けられるのだ。
その視線の先には、朝から閉ざされたままの大佐専用の書斎の扉しかない。
そう、今日は珍しく大佐も書斎にこもりきりなのである。
外回りと称して街の女性達を口説き回りにゆくこともせずに書斎にこもりきりなのには訳がある。
どうやら、中尉と交渉して来週の最終日に予定外の非番の日をとろうとしているらしい。
穏やかな日が続いている近頃なので、悩んだ末に中尉が出した条件が、「ではその書類の塔を三つ、片付けていただけますでしょうか」だったのだ。
予定外の日に休みを取ろうとするなんて、何があるんだ、とブレダやファルマンがあれこれ邪推をしていた昼休みを思い出し、フュリーは苦笑する。
と。
あ。また。
斜め前の視界でブロンドが動くのがわかり、フュリーは自分も書類から目を上げた。
案の定ハボックは顔を上げていた。煙草を咥えたままスッと背後を振り返る。
今度は振り返っている時間が長い。今まで気付かなかったブレダがおい? と怪訝そうに彼に声をかけた。
それにも、んー、と生返事を返ししばらく何事か考えていたハボック。
再び書類に目を落とすのかと見守っていると、
「うし!」
彼はおもむろに煙草を灰皿に押し付けて立ち上がった。
「え?」
「んあ? どしたフュリー?」
「あ、いえ何でもないです!」
思わずあげた小さな小さな声が聞かれたらしい。
スッとこちらに目をやった、その仕草には全く無駄がない。無意識のそんな行動の一つ一つが、ハボックの戦闘能力の高さを示す。
フュリーは感嘆しながらも小さく肩をすくめて首を振って見せた。
「そ? まいっか。あ、そうだ目が合ったついでだ、ちょっと来い」
「え、はい!」
ちょいちょいと指先で呼ばれ、フュリーはあたふたと立ち上がった。