《ロイ編》
さわさわさわ。
殺人的な忙しさで仮死状態人間も続出している東方司令部の中で、司令室だけがやけに静かだ。
それは常日頃は騒がしさの原因になっているこの部屋のトップが、部下の仕事の妨害もせず、さぼりもせず仕事の山にうずもれているからでもあり。
その上官の起こした行動に部下達がおったまげたからであり(一部、ノーリアクションの人間もあり)。
静かな中にたまにかかってくる電話の音や書類に紙を滑らせる音がするのみだ。
そして、そんな状況にため息をつきつつ、仕事がはかどるだろうからまあいいかと腹をくくった有能な中尉が、上官がさぼらないか、少しだけ気になりつ つも席を外した。
その隙に、デスクの合間を一つの紙くずがぽんぽん飛び交うことになる。
それは、くしゃくしゃにまるめられたノートの切れ端。われらがロイ・マスタング大佐に見つからぬよう密かに投げられているそれを、ブレダは何度目かに受け取り、急いで広げてみた。
それは、忙しくてひそひそ話をするため中座するわけにも行かない彼らの「会話」メモだ。ちなみに発信源はブレダである。
ブレダ:おい、さっきの電話聞いたかよ?
ファルマン:ついに本命登場、ですかね。大佐、やけにほっとしてましたもんね。
フュリー:何よりも、あのホークアイ中尉が軍の回線を使った私事を怒らないなんてびっくりですね。中尉公認でしょうか?
ブレダはうんうんと頷き、いそいそとペンを走らせた。
ブレダ:こりゃ絶対本命だな。ついに大佐も年貢の納め時かもな。きっとあのジャネットって女は大佐の大本命だぜ。結婚までいくかもなー。
「何をしているの? ブレダ少尉」
「ひっ!!」
丸めて投げようとしたメモは、涼やかな声とともにひょいと白い手に取り上げられる。
密かに受け取る仕草を見せていたファルマンが慌てて書類に目を落としたのを見て、内心裏切り者―、と思うブレダだが、やりとりには全てそれぞれのサインが入っているので、みんな同罪だ。ざまみろと思い直す。
一方、忘れ物を取りに音もなく戻ってきたところにちょうどメモ書きを投げようとしているブレダを見つけたホークアイ中尉は、さっとメモをその手から抜き取り、広げてじっくりと読み込んだ。
つい10分前の出来事についてのやりとりらしきそれに、思わず眉をひそめてから、はあ、と重いため息を吐き出す。
そしてそれをそのままゴミ箱に捨てながら、お咎めを待つブレダ少尉にぼそっと呟いた。
「本命だけれど、結婚は無理だと思うわ」
「へ? 中尉そりゃーなんでまた」
やはり何やら相手について知っているらしい上司に、思わずブレダは振り返る。
苦笑したホークアイは、ゆるやかに首を横に振り。
「あなたには特に教えられないわね」
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