獣医療過誤訴訟の歩み

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ペット医療過誤裁判の歩み −真実を求めて−

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ペット医療ミス裁判 動物医療過誤訴訟の社会認知を求めて



大切な家族の一員であるペットの「命」を預けた動物病院で、 思いがけず獣医医療過誤、あるいは明らかな医療ミスに遭遇してしまった時、 飼い主はどうしたらよいのでしょう。

私は、愛犬すみれが「子宮蓄膿症」と誤診され、その誤診に基づいて受けた手術直後、 わずか数分の間に目の前で苦痛にあえぎながら死んだその時、 担当した獣医による医療ミスの可能性を追及し真実を明らかにするため 獣医療過誤裁判を起こす決意を固めました。

医療訴訟は人の場合でも困難です。

専門知識医療知識を持つ医療専門職の被告を相手に、 被告の得意とするフィールドで戦わなくてはならず、 医療専門家である医師医療過失医療ミスの被害者側が証明しなくてはならないケースも少なくないからです。

そして医療ミス被害者である原告に味方してくれる医師の存在、 すなわち原告側の鑑定人になってくれる医師の存在は極めて稀です。

まして、法的に物と定められているペット動物医療訴訟であればなおさらです。

しかし困難な壁を目の前にして立ち止まり、ただ改善を願うだけでは現実は何一つ変わらないのです。 諦めからは何も始まらないのです。

人の医療ミスの場合も、家族の無念を諦めることなくひたむきに努力を続けてきた方々によって、 すこしずつ路が切り拓かれて来ました。

その熱意に動かされ、困難とされる医療訴訟を引き受ける弁護士医療ミス被害者側の鑑定人を名乗り出る医師も少しずつですが増えています。

医療ミス医療過誤被害者たちのネットワークも増え、 医療ミスの認知が広まっています。
困難な医療ミス訴訟にひるまず諦めずに立ち向かい戦った小さな個人の力が集結して、 巨大な壁を少しずつ動かして来ています。

そして医療者側もそれを受け、少しずつ医療ミス医療事故を防ぐため、回避するための手段を講じるところが増えています。

諦めない努力と熱意が報われないことは決して無いのだと信じています。

私はこのすみれペット医療過誤訴訟が、 動物病院におけるペット医療ミスペット医療裁判の認知と 今の獣医療ペット医療を取り巻く現状の改善の糸口となることを願います。
そして、日本の獣医療向上動物地位向上と法律の充実を強く望みます。

そしてまた同じく望むことは、医療ミス医療過誤医療事故が明らかになった時、 それをただ取り沙汰するだけでなく、今後、医療ミス医療事故の再発を 防止するためにどうしたら良いのか、どう取り組むべきか、 という方向に向け考えることに力を注いで頂きたいと思います。

同時に医療ミスを回避するための努力をしている医療者への 公正な評価もお願いしたいと思います。
それは、例えかつて、医療ミスを起こした医療者であれです。

医療ミスの過去をいつまでも取り沙汰するより、どうしたら医療ミス医療事故を回避、予防出来るのかを考える方がより大切だと思うからです。

ただ、医療ミスを取り沙汰し糾弾することでは、真の医療改善の道には繋がらないと考えるからです。
人の医療ミス問題がわずかながらでもここまで漕ぎ着けたのは、医療ミス被害者の方々が、 悲しみと苦悩と怒りの中でも、決して道を踏み外さず正当な手段で戦いを続けたその結果こそが 導いたものだと考えます。
不当な手段を取ることでは社会を動かすことは決してあり得ないと思うからです。

医療訴訟が本当に求めるもの、医療訴訟を起こした原告の願い、 それはその医療訴訟における勝訴という結果だけでは無いと思うのです。

私にとっては、このすみれのペット医療訴訟の判決が、勝訴であれ、 敗訴であれただの一つの結末に過ぎません。

私の望みは、このすみれの医療過誤訴訟の存在を通して、医療ミス医療過誤医療事故が容易く起こり得るその根本や 医療界の体質を皆さんに考えて欲しいと言うことなのです。






あの日の記憶

「覚醒したことは確認しましたね。覚醒したということは手術自体成功したということです。 だから補償も謝罪も一切しない」

平成14年10月23日、
あの日から一年過ぎた今でも、あの冷たく言い放たれた言葉も、声も、 私の記憶から完全に消えることはありません。

この一言が脳裏をかすめるたび、私は、未だ混沌とした闇の中を一人もがいているだけで、 実際はまだ何一つ変わっていないことを思い知らされます。

すみれはあの日、つめたい手術台の上に、無造作に横たえられていました。
手術箇所には血が赤黒くこびりつき、舌は引き出され、口からチューブも外されないまま。

ほんの一時間前まで、私の顔をのぞき込んでいた、すみれのその大きな目は、 閉じられることもなく既に白濁し、空の一点を見つめるようなその瞳には、 私の姿さえ映し出されることはありませんでした。

きっかけ

すみれちゃん、歯みがき」と言いながら歯ブラシを見せると、 すみれはいつものように嬉しそうにゴロンと仰向けになった。

その時陰部に付着する分泌物が目に入った。
茶褐色のそれは、私が今まで見たことのないものだった。

私は、その分泌物が何なのか、急を要する症状なのかそうでないのか、 それだけでも知りたい、そう思った。

24時間受け付けてくれる動物病院夜間診療動物病院救急病院もなかった。
かかりつけの動物病院、近隣の動物病院は、どこも連絡がつかなかった。

もう夜の9時をまわっていた。
唯一連絡の取れたその動物病院は、自宅から車で30分ほどの場所にある。

こんな時間でも診察してくれるというその獣医師に、私は心から救われる思いがした。

診察

動物病院についてすぐ獣医師は、すみれ診察台ではなく、受付カウンターの上に乗せた。

私は以下の説明をした。

@ すみれは元気も食欲もあり、分泌物がある以外特に変わった様子はみられないこと
A 前回の発情後、数週間前から乳汁の分泌があること
B 我が家ではすみれの仔を望んでおり、オスのペキニーズも飼っていること
C 体重の変化はみられないものの、妊娠した可能性もあると思い経過を見ていたこと
D すみれは自分で陰部を舐める事が出来ないため、 私が日に2〜3回清浄綿で拭き取っており、今まで症状を見逃した可能性がかなり低いこと

獣医師すみれの尾を持ち上げ、被毛に付いた分泌物を見て 「パイオメトラだな。早く気づいてよかった」と言い、図鑑を開いて私に差し出しながら、 以下の説明をした。

@ パイオメトラとは「子宮蓄膿症」という病気のことで、 不妊手術をしていない5歳以上のメスにはよくみられる代表的な病気であること
A 治療法は確立されておらず、子宮と卵巣を摘出しなければ必ず再発してしまうこと
B このまま放置すれば尿毒症から腎不全になり、2週間程度で死亡すること
C すみれに乳汁分泌がみられるのは、発情後にみられるホルモンバランスの乱れが原因で 妊娠はしておらず、今後も妊娠する可能性は低いこと
D 手術は20分程度で終わる簡単なもので翌日には退院できること

「早いほうがいい、 明日時間を作って手術してあげるから午後一時くらいに連れてきてください」
その獣医師は言った。

すみれの産んだ仔を育てられないこと、それはもうどうでもよいことだった。
私は選択するまでもない。このまま手術せず放置すれば、すみれは死んでしまうのだから。

すみれさえ元気でいてくれたら、それだけで充分。
早く気づいてよかった。心底そう感じた。
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不幸の始まり

13:20 来院、安静

10月23日手術前30分程、私はすみれを膝の上に向かい合わせになるように乗せ、 話しかけていた。
「おりこうにしてたら明日おうちに帰れるんだって」
すみれはいい子にできるよね?」とか、そんなことを。

すみれは、ほんの少し緊張している感はあったものの、頬に付くくらいペタッと耳を寝かせ、 上目遣いに私をじっとのぞき込む。
私の話を聞くときの、それはいつものすみれと変わらない姿だった。


13:45 検査開始

しばらくすると看護士が来て、手術前に検査をするので、とすみれを抱き上げた。
私はすみれの頭のてっぺんに口をつけるようにして「いい子でね」と言った。
すみれの傍を少し離れなければならないときいつもそうしているように。


14:00

前日診察の時、しっぽを持ち上げてみただけで、 何の検査もしなかったことが気にかかっていた。

術前に検査をすると聞いて私は少しほっとした。
ふと、どんな検査をするのだろう?と思い、看護士に話しかけた。


14:20

返ってきた言葉は「もうオペは始まっていますよ」というものだった。
すみれが連れて行かれてから、まだ何分も経っていない。私は動揺した。

何の検査をしたのか、結果はどうだったのか教えてください、と私が聞くと、 看護士は笑って「大丈夫ですよ。血液検査結果には何の問題もありませんでしたから」
そう言って手術室に戻っていってしまった。

待合室で、私の隣にはヨーキーを抱いた女性が座っており私に話しかけていたが、 何を話しかけられていたのか、どう答えたのか何も答えなかったのか、 その間の記憶が私にはない。

私は不安だった。手術前の検査といっても病気の検査をしたわけではなかったのだ。
言いようのない不安が私の思考を止めてしまっていた。


14:55

獣医師と思われる女性が、手術室に注射器とアンプルのような小瓶を持って2度ほど行き来した。
手術室から「グーッ、グーッ」という音が聞こえてはっと我に返った。
これはすみれが息を吸い込むときに鳴る音だ。

私は獣医療のことは何もわからないけれど、麻酔を覚ますのが早すぎるのではないか、 傷口が痛むのではないかと、気が気ではなかった。

手術が始まっていると言われてから、まだ30分経つか経たないかだった。
すみれがこのまま安静にしてくれれば、と心の底から祈っていた。

そのとき看護士が手術室からすみれを抱いて出てきたのだ。
私はそれを目にした瞬間、呼吸が止まりそうだった。


手術後直後 
15:10

看護士は、すみれのお腹をこちら側に向けて、両脇に手を差し込み、 ぶら下げるような格好で連れて来た。

目がうつろで、すみれは私をまっすぐに見ることが出来なかった。

首が両肩に沈み込んでいた。
腹部を覆うサポーターには血が滲み出していた。
肛門腺を絞ったときの臭いが、通常の比にならないほど充満していた。

看護士は、術後の点滴をするから第3診察室まですみれを抱いてくるように言い、 私にすみれを手渡すとすぐにその場を離れてしまった。

抱いた瞬間、すみれの体がとても冷たいことに気がついた。
私は怖くて全身の力が抜けてしまいそうだった。
それでも、すみれの状態を確認しなければならない、そう思った。

すみれはぐったりとしていた。
私は、ちょうど赤ちゃんを抱くように左ひじにすみれの頭をのせて仰向けに抱くことにした。
こうすれば少しは呼吸が楽になるかもしれないと思った。

抱いたまま左のひざですみれの体を支え右手をそっと口に添えた。
声を掛けながら、すでに力なく半開きになったすみれの口の中を確認した。
粘膜が真っ白になっていた。
そっと指で押してみてもそれは変わらなかった。

待合室にいる私の場所からは、第3診察室の看護士の姿が見えていた。
私はその場から看護士を呼んだ。
すみれの様子がおかしいから、早くここに来てください、と。

看護士は点滴の準備する手を止めることなく、完全に覚醒すれば治る、とだけ言い、 こちらに来る素振りさえ見せようとはしなかった。

私は診察室まですみれを抱いてゆくしかなかった。

すみれが小さく震えていた。
体温が低く粘膜が蒼白であること、肛門腺の異臭も尋常ではないこと、 このままショックを起こすかもしれない、そう訴えても取り合うことすらしなかった。

診察台に乗せられたすみれは、とても怯えているように見えた。
私の居場所を探すように、うつろな目がさまよっていた。

別の看護士が、摘出した子宮と卵巣を私の傍に持ってきた。
私が前日、摘出した子宮と卵巣を見せて欲しいと頼んでいたからだ。

だから私は手術が終わるまで動物病院にいることが許されたのであり、 手術直後のすみれに会わせて欲しいなどと頼んではいない。

まして、抱かされることなど予想だにしていなかった。

「普通はもっと腫れているのですが」と説明をはじめたが、 私には看護士の手元を見るだけの余裕はもうなかった。

最後に聞こえてきたのは 「ほとんど腫れてもいないし、切開しても膿も出てこないですね・・・」
という、耳を疑うような言葉だった。


15:15 心肺停止

その瞬間すみれが大きく痙攣しはじめた。
早く先生を呼んでくださいと私が声を大きくしたとき、 看護士は、あろうことかすみれの腕を強く引き寄せ点滴の針を刺した。


瞬間すみれは四肢を突っ張るように弓なりになり断末魔の声を上げ、そして脱力した。
失禁し、目を大きく見開いたままで。
そうなって初めて「手術室に連れてくるように」と指示する獣医師の声が聞こえた。


15:15 蘇生開始

待合室の人は皆一様に静かだった。
生きた心地がしなかった。
この状況から一刻も早く逃げ出してしまいたかった。

扉が開いたままの手術室からは何も、物音ひとつ聞こえてはこなかった。

手術中、そこからは和やかな雰囲気すら感じられるほどだったのに。


予想も出来なかった結末と獣医師の対応

15:35〜

手術室に入るよう私を促したのは、すみれに点滴したあの看護士だった。
手術室ではなく、この場でなにが起こったのかを説明して欲しい、 そう言っても結局私は、半ば強引に手術室につれて行かれた。

傍目には、そのときの私はとても冷静に映っていたのかもしれない、と今になって思う。
すみれの変わり果てた姿を目の当たりにしても、涙も出てこなかった。

すみれを間に挟み、獣医師を真っ直ぐに見て、 私はゆっくりと
「なぜこんなことになったのか」
そしてはっきり「私が納得できるように説明してください」
そう言った。

獣医師は目を合わせようとはしなかった。

顔を背けながら
「診察室で心筋梗塞を起こして、失禁したときにはすでに心停止してしまったのだろう」
と早口で言った。

私が聞いているのは、そんなことじゃない

手術室から出てきた直後から異変を訴えていたのになぜ何も手を施さなかったのか、 獣医師は手術室でそのやり取りを聞いていながらなぜ出てこようともしなかったのか。

その理由を私は今、この場で聞く必要がある。

その思いだけが、唯一そのときの私を支えていたのだと思う。

獣医師が私を見据えるように向きを変えて言った。

「覚醒したことは確認しましたね。覚醒したということは手術自体成功したということです。 だから補償も謝罪も一切しない」

獣医師にとって、そのときの私を突き崩すことはとても容易なことだったろうと思う。

その一言は、かろうじて保たれていた私の神経の一点を砕き散らすには十分すぎるものだった。

壊れた心

その日を境に、私は眠ることも、食事を摂ることもできなくなり、 日常生活にすら支障が出るようになった。

私はトリマーであるにもかかわらず、手先の震えからハサミを動かすどころか、 持つことさえできなくなった。

周囲の強い勧めで、心療内科に通い加療を受ける毎日が続いた。
当時の私は、治療のための薬を何種類も服用せざるを得ず、 そのため朦朧とし起き上がることもままならない状態だった。

そのような中にありながらも
「このままではまた、あの獣医によって平然と同じことが繰りかえされてしまうかもしれない」
という、焦りにも似た思いだけは払拭することができなかった。

後日、家族が何度か説明を求めたが、獣医は、その後も話し合いに応じることは一切なかった。

「話があるなら弁護士を通すように」との書面が後日郵送されてきた。

孤独な闘い

私には弁護士の知り合いも、つてもなかった。
弁護士がつかなくとも第三者を立てて話し合いの場を持つには、調停という方法があると知り、 私は訴状を書き上げ調停を申し立てた。

平成15年1月19日、それはたった一回だけであっけなく「不成立」に終わった。
相手方および相手方弁護人が出廷しなかったことがその理由だった。

獣医師が来ないであろう事は、はじめから予想がついていた。
しかし、弁護士までもが来ないとは想像すらしなかった。

弁護士の代理」と称する男性が時間を大幅に遅れて現れたが、 その男性が話に加えられることはなかった。

調停では私の提出した訴状を元に、調停員が私に事実関係を質問し、私が答えるというものだった。 調停員が 「今回は残念だが、本人はおろか、担当の弁護士も来ないため話し合いにはならない。」と言った。

最後に裁判長が「調停不成立」と告げに来たとき、引き受けてくれる弁護士がみつからなかったこと、 獣医師に話し合いを申し出ても全く応じられなかったことを裁判長に話した。

裁判長が、私に提訴する意思があることを確認した後「では、この件は裁判にしましょう」と言い、 調停は終わった。

その4日後、私は精神的疲労が重なったことで体調を崩し、入院することになった。

体力が回復するまでの約二週間、一人きりの病室で一日中点滴が落ちるのを眺めながら、 泣き寝入りだけはしない、私はもっと強くならなければならない、と自分に言い聞かせ続けていた。

当時そう強く自分に言い聞かせたにもかかわらず、 情けないことに私は未だほんの些細なことがきっかけで傷ついて、 その後自分を持ち直すまでに多くの時間を要することが度々ある。

しっかりしなければ、強くならなくてはと自戒する毎日が、今なお続いている。


その後私は獣医療訴訟を起こし、現在も裁判は続いている。
しかし、裁判となった今でさえ、獣医師は法廷に姿を見せることはない。

本来、立証責任とは被告側にあるものだ。
しかし、獣医側が提出した答弁書は「死因は不明と言わざるを得ない」という内容であり、 それは、私の側で死因の見当をつけることを暗に要求するものだった。


この答弁書は、すみれ解剖しなかったこと、私に獣医療の知識がないこと、 私の立場では獣医療の専門家の協力を得られる可能性が皆無に等しいということ、 それらを全て知り尽くした上で書き上げられたものなのだろう、私はそう感じた。
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あの子のために

私に今唯一できること、それは決して引き下がらないこと
恐る恐る踏み出した一歩であっても、この自分の足で踏み出した一歩を、 わずかずつでも進めて行くこと、それが私の今すべきことなのだと思います。

現代の世相を反映し、動物保護及び管理に関する法律動物愛護法に改正されました。

しかしながら、ペット動物を取り巻く環境は未だ不完全で、多くの課題が残されています。
課題が残されているということ、
それは、取りも直さず改善の余地がまだまだ残されているということです。

すみれはよく笑っていました。 ご機嫌なとき「ニッ」と笑うのです。
アリスにでてくるチェシャみたいだと、私も思わず笑ったものでした。

現在の法律上「ペットはモノ」であっても、 私たち飼い主は「ペットがモノではない」ということをよく知っています。

私はすみれを失うその日まで、トリマーとして多くの飼い主さんとペット達を見てきました。

シャンプーしたてのペットを迎える飼い主さんの眼差しは「モノ」を見るときのそれではありません。

どんなにすばらしい物、素敵な物を見たときでも、あの表情は決して作れないだろう感じ、 同時にとても温かい気持ちになります。

そして、飼い主さんを見つけたときの、あの子達の表情、それもまた同じです。
あれほど全身で喜びを表現する表情豊かな「モノ」など、存在しないのではないでしょうか。

ペットは物ではありません。
ペットは決して物にはなり得ません。

私の裁判、私が投じた一石は、今の社会にとって大きなものではないかもしれません。

ですが、それがたとえちっぽけな小石だとしても、生じる波紋は、必ずや次の波紋を呼び いずれ大きな渦となり広がり、それは必ず未来を変えてゆくと確信しています。

その日のために、私は全力を尽くしてゆこうと決意しました。

あの子のために、あの子がくれた幸せな思い出のために、そして私自身のために。
いつの日か、同じ苦しみを味わう、飼い主がいなくなるように。
そして、今、どこかで同じ苦しみを抱く、たくさんの飼い主たちのために。

訴訟経過文などの転用・転記はお断りします

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