二人の登場は、静まり返っていたロビーに劇的な変化をもたらした。
「うぉいエース、こっち来んな!」
「んだよ長っ鼻、挨拶ぐらいさせろ」
「チョッパーにもやる」
「ホットココアかぁ、ありがとうルフィ!」
「ウソップにもやる」
「皆さん、ここは病院ですからもう少し静かに…」
「ホットココアなんて、この時期によく見つけてきたわね」
「あっ、お久しぶりですエースさん、先日はどうも」
「あれ、ビビとロビンは?」
「まだ来てねぇな、そういや。後で外行って携帯かけてくる」
「いやいやこちらこそ、親父さんによろしくお伝えください」
以上の会話が十数秒のうちに交わされ、ロビーは一瞬パーティー会場のごとく賑わった。
一瞬誰も彼もがいつもの自分を取り戻していた。
「くぉら、静かにしろ!」
というゾロの声が響くまでは。
細波が引くように静かになると、全員がいっせいにゾロに注目した。
う、と呻いてゾロがたじろぐ。
「い、いやその、何だ、…ええと」
戸惑いつつ、ゾロは言葉を探して視線をさ迷わせた。
つい、いつもの調子で声が出た。
けれど、実際のところこの場で一番混乱しているのはゾロだったのだから、注目されてもすぐには何も思い浮かばないのは道理だった。
「ゾロ、サンジは?」
そんなゾロの真正面に立ち、ルフィは無遠慮にたずねた。
それは誰もが口にするのを躊躇っていた質問だった。ゾロ自身、口にするのを躊躇っていた事でもあった。
けれど、躊躇や遠慮などはルフィには全くどうでもいいことだったのだ。
なぜなら彼は怒っていたから。
――やばい。
その表情を覗き見てしまったナミは思った。
――ルフィ、本気で怒ってるわ…。ゾロ並みかそれ以上ね…。
「――命に別条はない」
対してゾロも淡々と語り始めた。
「俺は親族じゃないから詳しくは教えてもらえてねぇけど、死ぬことはないって」
ウソップとカヤは、顔を見合わせて少し笑った。
――良かった、最初にゾロを見たときはてっきり大変なことになっていると思っていた。
けれど、次にゾロがつむいだ言葉に、ロビーの空気は一気に冷えた。
「ただ、……ただ、骨があちこち、ヒビ入ったりしてて。……それで、右腕が……」
ゾロは俯いた。
彼らしからぬ、か細い息を吐いて。
「右腕が、折れてるって」
左手で顔を覆い、ゾロは続けた。
「複雑骨折、ってやつだって」
「…!」
ひゅっ、とチョッパーは喉を鳴らした。かたかたと震えながら、大きな目をさらに大きくする。
「複雑…骨折…?」
ナミが呟いた途端、チョッパーはびくりと体を震わせた。
「…骨が、」視線を一手に集めながら、チョッパーはすすり泣いた。「骨が、砕けちゃう骨折の、こと。骨が、皮膚を突き破っちゃう、ことも、ある。そしたら異物が入っちゃったり、感染症の危険もある。治すのがとても大変で、最低でも半年くらいはかかるし、それに…」
「まだ何かあんのかよ…」
すでに真っ青な顔で、ウソップは天を仰いだ。
「…神経もぼろぼろになっちゃってる可能性があるから、もしかしたら、その…」
「後遺症があるかもしれない、そうだ」
言葉を引き継いだのは、ゾロだった。
「元のように動かせるようになるかどうか、分からない…って、聞いた」
それがサンジにとってどういうことか、皆が知っていた。
ロビーは静かだった。
各々の心臓の音が銅鑼のごとく響き渡るかと思われた。
カヤは思わず自分の右腕を抑えた――まるで自分が怪我をしたかのように、右腕に痛みが走ったのだ。
ウソップは天を仰いだままだったし、チョッパーは再びしゃくりあげていた。ナミは祈るようにホットココアを握り締め、エースは静かに眼を閉じた。
ただ一人ルフィだけは、歯を食いしばって仁王立ちだった。
沈黙が耳をつんざく。
長い、或いは短い時間の後、ゾロは静かに息を吐くと、顔を覆っていた左手をはずした。
「けど」
その声に、明るいものが含まれていることに気づき、数人が視線を向ける。
「生きてる」
生きてるんだ、とゾロは続けた。
「それに、俺は信じてる」
心労から来る疲労にその顔は相変わらず青ざめていたが、ゾロはそれでも――微笑んだ。
「生きてりゃなんだって出来る。サンジは生きてる。だから、あいつはきっと乗り越える」
まあ、愚痴ぐらいは吐くかもしれねえが、途中で投げ出すってことは絶対無い。
そして必ず夢を掴むんだ。
約束も、したしな。
そのゾロの言葉に、真っ先に反応したのはルフィだった。
「そっか、なら、大丈夫だな!」
にししと笑い、ルフィはゾロの肩を力いっぱい叩いた。
「いってぇな!」
思わず悲鳴を上げたゾロに、他の面々も一斉に明るい表情を見せた。
ゾロが言うなら、間違いない。
サンジとゾロの絆は、宇宙一堅いと知っているから。
だから、ルフィの言うとおり――大丈夫だ。
ウソップがしきりに目元をこすりながら「オレ、ビビに電話してくる!」と言ってロビーを飛び出して行ったのをきっかけに、他の面々も堰を切ったように各々で会話を始めた。
そんな中で、エースはゾロとルフィを少し離れたところへ引っ張っていき、小声で話し始めた。
「おい、オレはお前らの性格傾向をよぉーく知ってるつもりだ」
眉根を寄せ、エースは2人の顔を交互ににらんだ。
「…いいか、捜査は絶対に警察に任せろ。でなきゃ、警察に協力して行動しろ。絶対、自分たちだけで犯人を探そうとするなよ」
ゾロとルフィは顔を見合わせ、少し笑った。
「分かってるじゃねぇか、なあルフィ」
「さっすがエース」
実に獰猛な笑顔だった。
エースはガシガシと髪をかき回し、「あああああ」と呻いた。
「ダメだダメだ絶対ダメだ、させねぇぞ」
「…あら、何故ダメなのかしら」
一瞬、ロビーに再び静けさが戻る。
全員の視線を一手に引き受けておきながら、ただ一人を見つめてロビンは微笑んだ。
「こんばんわ、エース」
「……久しぶりだな、ロビン」
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