5月8日



PM 5:49 -Nami-



「今日、一緒に夕飯食おうぜ!」
「いいよ。どこで食べる?」
「おれの部屋!」
 というルフィの一言で、いきなりルフィの家で2人っきりということになった。
 かなり…意識しちゃうわね。
 大学以外の所で2人っきりになったことって数えるほどしかないし、ど、どうしよ?
 ルフィに告白されてから3日、これって早いのかしら? 遅いのかしら?
 5限目で今日は私もルフィも大学はおしまいなので、まずは2人で夕飯の食材の買 出しに行くことになった。
 ルフィの家は大学から歩くと大分遠いので、小さな私鉄、青海電鉄(あおみでんて つ)に乗って…ええと、8駅先まで行かなくてはならない。
 私たちは大学前の駅のベンチに腰掛けて、電車を待った。
 待ちながら、ずばり直球で何が食べたいのか聞いてみることにする。
「何、食べたい?」
 肉、と言うかと思いきや、ルフィが提案したのは至ってマトモなメニューだった。
「カレー食いてぇ!」
 しかしその後が意外だった。
「おれが作ってやるよ!」

 ルフィが?

 よもやルフィが料理できようとは思いも寄らなかった。でも、考えてみれば、ルフィは ご両親がいない。お兄さんのエースさんが刑事で大体家にいないことを考えると、自 分でご飯を作れて当然だ。
 問題は、どのくらいの腕前かってこと。
 私は人並みに料理できる方だと思う。一通りの“家庭の味”は作れるつもりだ。
 ルフィは…どうなんだろう。見てみないとなんとも言えない。もしかしたら私より上手 かも…だとしたら、これからご飯はルフィに作ってもらうことにしよう。どうにもスゴイ 味だったら…仕方ない、私がご飯を作ってあげればいいわ。
 遠くで遮断機のサイレンが鳴って、低い唸りが線路を揺らしたかと思うと、緩やかな カーブの向こうから綺麗なブルーと柔らかなクリーム色の電車が走ってきた。
「うしっ、行くぞ!」
 ルフィは当然のように私の手をとり、電車に乗り込んだ。
 …ああ、こういうとこ、スゴイなって思うわ。
 しかもすいてるのにぴったりくっついて座るしね。
 ちょ、ちょっと、うわうわうわ、肩に手まで回されちゃったわよ!?
 わ、私の考え方が古いのかしら、早くない!? でも最近の若い人はもっと大胆だし、っ て私もまだ若いじゃないよ!
 などという内心のドキドキを知る由もないルフィは、会話の続きを始めた。
「おれ、カレーは甘口派なんだ」
「えぇ、そうなの!?」
 初めて聞いた。
 大学では、サンジ君とゼフさんの作る学食のメニューなら何でもかんでも食べまくりなので、てっきりそういうこだわりはないのかと思っていた。
「あぁ、エースが甘口好きだったからおれも甘口派になったんだ」
「エースさんも!?」
 意外だ…。
 普段、ビシッとスーツを着こなしてあちこち飛び回っているエースさん。敏腕刑事って 評判だ。それが、カレーは甘口派だったなんて。
「甘口のカレールウに、チョコと蜂蜜とバナナ入れるんだ」
「それって、美味しいの?」
 なんだかものすごぉーく甘そうなんですが。…ルフィとエースさん、2人してそんなカ レー食べてたのね…。
 ところが、ルフィは自信たっぷりに頷いた。
「絶対美味いって! 食ったら驚くぞ〜!」
「う、う〜ん…」
 美味しくて驚くならいいけど、不味くてビックリってことにだけはならないでほしいもの だ。
 ブレーキの軋む甲高い音がして、電車が停まった。
 青海電鉄は一駅一駅の感覚が結構狭いので、すぐに次の駅に着く。乗り降りする人 がそれほどいないので、すぐに発進する。
 大学前はまだそんなに開発が進んでいないので、民家も少ないが、二駅目になると 線路は住宅街の中に入っていく。線路と民家がとても近いので、干してある洗濯物だ とか、家によっては中が覗き見えたりと、実に平和な景色を見ることが出来る。
 特に夕暮れ時の景色は好きだ。
 薄紫に染まっていく空とか、段々増えていく家の明かりとか、そういうものを見ている と、遠く離れた実家を思い出すのだ。
 今頃母さんはどうしているかな、とか。
 姉さんは何をしているのかな、とか。
 名も知らぬ人々の生活を見ると、不意に思い出すのだ。
 それで、たまに泣いてしまう。
 この街に来てもう4年も経つのに、ホームシックはある日突然やってくる。
 10数年を過ごした実家の部屋だとか、母さんの作ってくれたカレーの味だとか。あの夕暮れの蜜柑畑とか、甘い匂いのする風とか。そういうものが懐かしくて懐かしくてたまらなくなることが、ある。
 あーあ、情けないったら。
 考えてたらまたちょっと泣けてきちゃったかもしれない。
 どうしよう、困ったな。
 ルフィ、何か喋ってくれないかな。なんで静かなんだろ?
 その時、右肩が不意に軽くなったなと思ったら、ルフィの大きな手が私の右腕に回さ れて、ぐいっと引き寄せられた。
「わ、わわっ」
 突然の事だったので、バランスを崩してそのままルフィにもたれかかってしまう。
「な、何すんのよぅ」
 慌てて抗議すると、ルフィに頭を撫でられた。
 こつん、とルフィももたれてくる。
 あ、あのぉ、これは俗に言う「ばかっぷる」というものでは?
 ルフィは静かに私の頭を撫でている。
 …ちょっと、気持ちいいかもしれない。
 いやいやいや、ちょっと待って。
 気持ち良くなってる場合じゃないでしょ、自分。ここは電車の中。公衆の面前よ。こん な…こういう恥ずかしいことはしちゃいけないでしょ!
 起き上がろうとしたら、押さえられた。
 …な、なに、起きるなってこと?
 もう一度起き上がろうと試みたが、やっぱり押さえられた。
 はらりと落ちかかった髪の隙間から、車内を見回す。乗っている人はほとんどいな い。もちろん、見知った顔は…ない、多分。誰も私たちに注目していないし、向かい側の席はあいている。
 なら、ちょっとくらい…いいかな。
 ちょっとだけ、ちょっとだけ。
 時々髪を梳いたり摘んだり、撫でてみたり。
 ルフィはとても気まぐれに手を動かす。
 それが気持ち良くって、私は目を閉じた。
 
 あーあ、私ったら、もうベタ惚れってやつ?
 くっそー、恥ずかしいわね!
 ……でも、ね。仕方ないよ。
 ルフィ、カッコいいもん。
 他の人は知らないんだろうな、こんなルフィ。
 へへん、私だけが知ってるんだぞ。勿体無いから誰にも教えないでおこうっと。
 勿論、ルフィ本人にもヒミツだ。
 恥ずかしくって言えるわけない。
 そのうち、何かの折にでも、冗談みたいに言ってやろう。
 ――ルフィは、格好良いね、って。




 涙は、胸の奥の方に引っ込んでいった。



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