014:散歩
旅は、楽しく。登った後は降りねばならない。
ルフィの体は自由に伸び縮みする。それを利用して一気に崖を下ったり、谷を渡ったりして、一行は山を下った。
この行程は非常に楽しいものとなった。
本来かなりの遠回りをして下るはずの崖を、ルフィの手に捕まって、一気に下りきる。ルフィの手にぶら下がって、その腕を体重の重みで伸ばしてロー プ代わりに使うのだ。
サンジは「喜び」という言葉を体中から撒き散らしながら、ナミと一緒に先に下りていっている。残ったゾロとウソップが一緒に降りてきているのだが、ウ ソップは始終ギャアギャアと悲鳴を上げっぱなしで、でなければずっと何か喋っていた。どうやら喋っていると落ち着くらしい。話し掛けられている方はた まったものではないだろうが。
「この次に行く国はなぁゾロ、ドラムって王国ウギャー!!! …はぁはぁ、すげぇ変わった所ウヒァー!!!」
「いちいち叫ぶな、耳がイテェだろ!?」
「んなこと言ってもよぉこの高さヒョアー!!!」
ゾロもしまいにはすっかり諦めてしまい、右から左へ聞き流している。
地面ですっかり緩んだ顔で手を振っているサンジを見下ろし、ゾロは複雑な心境だった。
マリモだの迷子だの言っておきながら、突然過去をさらけだしてみせる。かと思えば、情緒豊かに楽器を演奏してみせたり、突然1人で泣き出したりす る。まるで思春期真っ只中のような情緒不安定さだ。
とはいえ、サンジの過去を断片的に聞いただけのゾロに、その理由が想像できるはずもない。結局疑問だらけの頭をかかえてしかめっ面になる他な かった。
「ややややっと地面に着いたぁ、やっぱ人間地に足がついた生き方が一番だよなぁ」
「意味が違うわよ」
ようやく地面に到達する。
ゾロとウソップがルフィの手を離すと、物凄い勢いで戻っていった。
…数秒後、ルフィが降ってくる。
「お待」
ボヨン、という音さえしなかったが、ルフィは反動で数10セルトほど飛び上がった。
「たせぇえ、そんじゃ行くか!」
着陸すると同時に、両手をブンブンと振り回しながら道を下り出す。
他の4人も続いて歩き出す。したが、ルフィは突然何かを思い出したように振り返った。
「そういやウソップ、なんか見つかったかぁ?」
「…ほへ?」
「ああ、そういやそうだっけな。楽譜だよ、ウソップ。練習会のとき見てただろ」
「あ、ああ! そうだそうだ、そうだった!」
「シジマのパートがすっごく長い曲がいいと思うわよ」
「ぅおい!」
「ふっふっふ、オレ様が選んだのはこの曲……『交錯の街』だ!」
途端にナミがつんのめった。
「はぁ!? 『交錯の街』ですって!? あんたバカじゃないの!? あぁんな高度な曲、このぺーぺーが演奏できるわけないでしょ!!」
ゾロはむっとしたが、実際腕前は素人なのだから反論しにくい。
矢継ぎ早にまくし立てられ、ウソップはすかさずサンジの後ろ側に隠れた。
「あっ、おいコラ!」
「大体あの曲はシディレ奏者2人は必ず必要じゃないの! サンジ君はフィオート弾かなきゃいけないし、私はトェラドニじゃなきゃ。ウソップ、あんたがや るの?」
「あ、あのぉナミさん」
「なぁにぃよぉぉ」
「いえ何でもございませんので、どうぞ存分にこの馬鹿めをお叱りください」
「ひでぇええ!!!」
ガミガミと怒られまくっているウソップから、いそいそとゾロとサンジは遠ざかった。
サンジはクスクスと笑っている。その表情に、峠で見せた涙の影は欠片もない。
そのことに少しホッとしながら、ゾロはサンジに耳打ちした。
「おい、サンジ、その何とかの街って曲はそんな難しいのか?」
「ん? 『交錯の街』か。確かに、そう簡単に演奏できるような曲じゃねぇな。この曲は弦楽器の二重奏から始まるんだが、弓を使うヤツじゃなくて、指で 弦を直接弾いて音を出すタイプの弦楽器じゃねぇといけねぇ。とりあえずルフィがシディレをやるとしても、もう1人はどうすんだって話だ。ウソップは打楽 器は得意だが弦は苦手、ナミさんにはトェラドニでリズムとってもらうだろ、俺はフィオートでそれどころじゃねぇ」
「…てぇことは俺か?」
「…指つるぞ絶対」
「練習すりゃ何とかなんだろ」
「どうだかなぁ」
「『練習すれば初心者だっていつかは玄人になれる。途中で投げ出さなきゃ、大抵の事はいつか実を結ぶ』…って言ったのは、お前だろう」
サンジは黙った。
「とりあえず、教えろ。やってみりゃ何とかなるだろ」
ゾロがニッと笑ってみせると、サンジは苦笑した。
「…気軽に言ってくれるぜ」
いいぜ、とサンジは続けた。
「教えてやろうじゃねぇか。やるからにはマジだぞ筋肉マリモ」
「望むところだキンキラ渦眉」
一瞬間を置いて、二人は同時に吹き出した。
先を行くルフィが一緒になって笑い出す。
まだ憤慨していたナミはそんな3人に溜息をついた。
「あーもう、男ってのはこれだから…」
「うう、すみません」
何故かウソップは咄嗟に謝っていた。
一日をかけて峠を下り、のんびりと西へ向かう。
珍しく襲撃もない。
まるでそれは散歩のような楽しい旅。
…そう、まるで夢のような。
+Back+ +Novel Top+ +Next+