寂しい夜の特効薬
ネットニュースで未成年が巻き込まれる性犯罪を取り上げていた。主にSNSが温床になっているという話だ。
脅されて、または懇願されて裸の写真を送ってしまう。さらにその写真を拡散されたくなければと、次第に要求がエスカレートしていくという。
「これだけ問題になっているのに、被害者は減らない。かといって安易にネット規制かけるのも問題あるしね。基本は教育が重要だと思っている」
「そうだね」
ランガは目の前にあるアフタヌーンティセットに夢中だ。愛之介は聞いていないことなど承知で話を続けた。
「そもそも裸の写真など撮らなければいい。恋人だから大丈夫と渡しても、リベンジポルノに使われる可能性だってある。一度ネットに流されると削除は不可能。恋人同士だからといって一生別れないなんて保証はないからね」
書類をまとめて顔を上げればランガと目が合った。
「女の子は大変だね」
完全に他人事モードだ。
「被害者は女の子とは限らない。君も用心しておきなさい」
「わかった」
ランガはスコーンにクロテッドクリームを塗りたくり口に運び紅茶で流し込んだ。ちゃんと聞いていたのかどうか怪しい。というか間違いなく聞いちゃいない。
「そうそう。来週から視察で海外だ。二週間、場合によっては一ヶ月ほど会えなくなる」
「ふーん」
「寂しい?」
「暦がいるから、寂しくないよ」
迷いのかけらもない即答だった。少しは空気を読もう、というか気を遣おうよ。
顔を上げたランガと目が合った。微妙な表情の愛之介を見て流石のランガでも察したのかもしれない。
「あなたと会えないのは、もちろん少し寂しい、かもしれない」
フォローのつもりか。おまけのように付け足さないで欲しい。かえって悲しくなる。
「僕はすごく寂しい」
「変なの。今までだって二週間くらい会えないなんてよくあったし。それに、スマホ持っていくんだよね。なら毎日声くらい聞ける」
「言われてみればそうだね。まあ距離の問題かな」
「距離?」
「羽田と那覇なら、フライト時間は三時間かからない。でも海外だったらそうはいかないからね。何かあったときにすぐに駆けつけられない」
愛之介は一通りデスク周りを片付け、ランガの隣に座った。
「何かって、何があるというの?」
「さあ、なんだろうね。歳をとるとそんなつまらないことを考えてしまうんだよ」
「年寄りみたいなことを言う」
「それよりランガくんに頼みがあるんだけど」
「頼み?」
「そう、君の写真と動画が欲しい。海外視察のお供に持っていきたい」
ランガは不思議そうな顔で首を傾げた。
「よくわからないけど、どんなのが欲しいの?」
愛之介は目を細め人差し指をピンと立てた。
「もちろんエッチなのをお願いしたい。ありとあらゆるアングルから撮った裸の写真とか、マスターベーションの音声付き動画も欲しいかな」
ぬっと顔を近づければ、ランガは若干引き気味に目をパチクリさせている。
「愛抱夢、もしかしてかなりストレス溜まっている?」
「そりゃ、仕事柄仕方ない」
「とりあえずドクターに相談したほうがいいと思うよ。それで、そんなものどうするの?」
「どうするって使用方法は一つしかない。君のいない夜に僕を慰めてもらう」
「よくわからない。いつも通り会えない夜はテレフォンセックスでよくない?」
「ふむ。一理あると言いたいが、君は時差のことを忘れているね?」
「あ……そっか」
「よし、決まりだ。これから撮影会だ。もちろん君用に僕のも撮っていいよ」
すくっと立ち上り彼の手首を掴んだ。
「はあ?」
ランガは目を丸くし数回瞬きをした。ここは彼が混乱しているうちに押し切るが吉だ。
「どうしたの? さあ立って準備して」
掴んだ手首を引っ張った。
「い、や、だ」
ランガは愛之介の腕を引っ張り返して抵抗する。
「なぜ?」
「なぜって、なんか恥ずかしい」
見れば彼の顔は真っ赤だ。
滅多に見られない羞恥に赤く染まるランガだ。こんな頭の悪い話題を振った甲斐があったと言えるかもしれない。
「今さら?」
「直接見られるのと、写真とか動画で見られるのは別。残るのも嫌だ」
彼は、ふいっと目を逸らし、口を尖らせた。
「それに、さっきあなたは言ったよね?」
「何を?」
「裸の写真など撮らなければいいって。恋人相手でもリベンジポルノに使われる可能性だってある。一度ネットに流されると消せない。恋人同士でも別れたらどうなるかわからない、そんなこと言っていた」
一応、頭に入っていたのか。ボーッとした子だと侮るとえらい目にあう。
「僕はそんなことはしないし、君と別れる気はないよ」
「知っている。あなたを信じていないわけじゃない。でもなんかうまく言えないけど嫌なんだ」
うまく言えない。ランガが言語化できない〈嫌〉か。昔の神道愛之介ならば、明確に言語化できない相手の戸惑いなど無視できた。強引に押し切ってしまえていた。
もっとも日本人相手の場合「嫌よ嫌よも好きのうち」というのがあって、相手の「嫌」を真に受けると進展しないと言うこともある。今ではかなり時代錯誤な価値観だが。
この子はカナダ育ちということもあってそれは一切考えなくていい。「嫌だ」と言えば本気で嫌なのだ。
「あなたは、今まで俺が嫌だと言ったことはやらなかったよね」
「そうだったね」
「だから、ごめんなさい」
目を伏せた彼の水色の髪を撫でる。
「謝らなくていいよ。その代わりと言ってはなんだけど、今夜はいつもより濃厚なセックスをしたいな。もちろん君の身体を傷つけるような無理はさせないから安心して」
「あ……あの」
みるみるうちに顔全体が赤みを帯びていく。
そっと、頭を胸に抱き寄せ耳元で囁いた。
「嫌ならやらない。どうかな?」
ランガは小さく頷き、同意の意思を伝えてきた。
了