Bousou - Honey.
!!! R-18 !!!
裏/ゴリバレ後/付き合っていない二人
デートをしたりご飯を食べたりすれ違ったりする話
サンプルは冒頭ではなく中盤辺りです
Mr.FUKUSUI don't come back between summer vacation.
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運良く並ばずに入れた喫茶店で、窓際の二人席に案内されメニューを渡される。テーブルの上には水の入ったグラスが二つ置かれた。向かい合って座ると、シルビアが机の下で足を組む気配がした。
軽食や甘味がメインの喫茶店とは言え、ランチメニューのお陰なのか繁盛している。空いた座席はほぼなく、家族連れや女性のグループなどの賑やかな声がそこかしこで華やかに響いていた。
洒落たメニューは料理名を見ても何なのかよくわからないが、ご丁寧にも写真が貼ってある。ランチメニューは、ハンバーグにオムライスにスパゲッティ。シンプルな皿に盛られた写真たちはきれいだが、いかんせん量が少なそうだ。気を使いすぎて失敗したか……と少々後悔したところで、ふとその下に記載された小さな文字が目に入った。「当店のパスタはすべて大盛り無料です」。何とありがたい言葉か。先程までの後悔をすっかり忘れ、グレイグはうきうきとメニューに向き直った。
「ねえ、グレイグはどれにする?」
同じようにメニューとにらめっこしていたシルビアが先に顔を上げた。だがどうやらまだ決め兼ねているらしく、グレイグに問いかけている間もまた視線はメニューに落ちた。
「そうだな……。俺は、キノコのスパゲッティ、大盛りで」
「美味しそうねぇ、アタシもパスタにしようかしら」
「大盛り無料だそうだぞ」
「アタシは普通の量でいいわよ」
まだ少し迷った様子を見せたあと一つうなずき、シルビアは店員を呼ぶ。すぐに寄ってきた店員に、これとこれを一つずつ、と指差して示してみせた。
「キノコの方は大盛りで頼めるかしら」
「承知しました」
一礼して去っていく店員を見送り、グレイグはメニューを端に片付けながらシルビアに話しかけた。
「どれにした?」
「どれにしたと思う?」
逆に問われ、先程見たメニューの内容を思い出す。これとこれ、と彼が店員に指し示したのはグレイグの選んだメニューと同じページだったから、スパゲッティではあるのだろう。あの中で彼の好きそうなものはと言えば。
「……アサリかエビ、のスパゲッティか?」
「あら当たり。ボンゴレにしたの。よくわかったわね」
「貴様は昔から海鮮を好んでいるからな」
「メニューにね、ソルティコ近海のアサリを使用って書いてあったから。セザールの料理を思い出しちゃって」
「ああ……、昔馳走になったことがあったな。美味かった」
「美味しいトマトを手に入れた日はよく作ってくれたのよ。ちょっとボリュームは多かったけれどね」
「はは、そういえば確かにそうだったな。ゴリアテ坊っちゃんに大きくなってほしかったんだろう」
「きっとそうね」
懐かしそうな顔をして、シルビアは窓の外に視線を向けた。
快晴だ。先程のようにぶらぶらするのならばよいが、真剣に歩けば汗をかいてしまうだろう。今日が休息日で良かった。暖かな春の陽気。雲はまばらで太陽の光が遮られることなく人々の上に降り注いでいる。
窓ガラスを通し白く輝く光は、シルビアの横顔も明るく照らしていた。つややかな黒髪を光らせ、テーブルに肘をついて指を当てた頬の柔らかなへこみの陰影も浮かび上がらせる。灰色の瞳は優しい色を浮かべながら窓の外を眺めていた。通り過ぎるのは幸せそうな親子連れ。空気中の小さな塵がちらちらきらめきながら、彼の周りを漂っていた。
「――どうしたの、グレイグ?」
「いや、何でもない」
声をかけられて初めて彼を凝視していた自分に気づき、グレイグは慌てて目をそらす。そらさねばならないような気がしたからだが、その理由はグレイグ自身にもわからなかった。
シルビアはそんなグレイグを不思議そうに眺めたあと、何も言わずにまた外に視線をやってしまった。会話は途切れ、なんとも言えない沈黙が場を支配し始める。
遠くでカシャンという音がした。どうやら子供が水の入ったグラスを倒してしまったらしい。慌てたように謝る大人の声がした。何気なく見やれば、床に水たまりが広がっていた。理由もわからず、もやもやと胸に嫌な気分が貯まる。
そんな気持ちと二人の沈黙を破ったのは、店員の「お待たせしました」という台詞だった。
「ありがとう!」
シルビアの前には赤いスパゲッティが、グレイグの前には麺の色のままのスパゲッティがそれぞれ置かれた。キノコの乗った方は赤いものよりずいぶん量が多い。注文どおりである。
「はい、フォーク。大盛りってすごいわねえ。何か飲み物も頼めばよかったかしら」
「すまない。いや、俺は水でいい。貴様が飲みたいなら何か頼むか?」
「アタシもお水ちゃんで十分だわ」
ひとまとめに配膳されたカトラリーを二人分に分け、シルビアは水のグラスを掲げてみせた。水でいい、を体現した仕草だったようなのだが、つられてグレイグもグラスを掲げてしまう。そうすると当然のように、掲げられた二つのグラスは近付き合わされて、からん、と涼しい音が響いた。
「もう!お水でカンパイだなんてムードがないわねえ」
口調こそ怒ったようなものだが、声音には笑いが含まれている。ふざけているようだが謝るべきか考えて、グレイグはとりあえず「すまない」と返した。
「なんでこの流れで謝っちゃうの? でもアタシ、あなたのそういう真面目なところ、好きよ」
「……光栄だ、と言えばいいか?」
「ふふ」
どうやら謝罪は要らなかったらしい。だがシルビアはなんだか機嫌よく笑った。
(――良かった)
グレイグは心の中で呟く。昨日、いや今朝までの徹底的な避けられ方からするに、シルビアの納得する謝罪方法で正しく謝るまでは許してもらえないのではと思っていた。だが今は、こうして向かい合って飯を食べるような、これまでと同じ距離で付き合う事ができているのだ。共に出かける許可をくれた辺りで、もう許してくれたのかもしれない。
このままゆけば、最後に向かうのだろう服屋で詫びの品を贈ることで、完全に許してもらえるかもしれない。明日からはまた変わらぬ日々を送ることができるのだ。
目の前でシルビアは、トマト味のスパゲッティを口に運んでいる。器用にフォークに適量の麺を絡ませ、一口で食べる。薄い唇はトマトの赤に染まっていた。赤は開いて、金属と食べ物を内に飲み込む。金属がずるりと引き抜かれる。
「…………」
酔いの中で触れた熱はもう思い出せない。だが何だか見てはいけないような気がして、グレイグは自分の前に置かれた皿に目を落とす。
その目の前でシルビアは無邪気に、美味しいわねえ、とボンゴレに舌鼓を打っている。どうか自分が何を考えているかに気付かないでほしいと祈りながら、グレイグは渡されたフォークを麺の群れに突き立てた。
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