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投稿小説

この空晴れたら東の風つかまえて
制作者:アサドリさん


第四章

 重油まみれになりながら、Xはもがきつづけた。
「無理だ、無理。念仏でも唱えてな」
 アリゲイツの肩のホイールを押さえる鎖は、もう不自然にたわんでいる。
 これまでか。Xが思わず目をつぶった、その時。
『……隊長、隊長! メインエンジン、破壊しました!』
 唐突に無線が入った。一斑の班長だ。Xは思わず応答した。
「退避しろ! 重油に引火するぞ」
「お前の部下か?」
 アリゲイツが面白そうに尋ねた。ハンター用無線は、彼もまだ受信できるらしい。
『引火!? 隊長、どこにいらっしゃるんですか!』
「いいから逃げろ、もう時間がない」
『隊長! 隊……ザザッ……』
 急に無線の状態がおかしくなった。
「おい、どうした!? おい!!」
『……ザザ……ザッ……隊長…………ザッ……ザー……の空……れたら……』
「!?」
 混線だ。班長の声と混ざって、歌らしき物が聞こえる。
『……風つかまえ……け上る……高く…………まで……』
 と、アリゲイツのアゴから、ふっと力が抜けた。
 ―――今だ!
 Xは、一気に脚を引き抜いた。

 途端、ばん、と鋭い音。アリゲイツの肩の鎖が切れた。
 ばっと火花が舞う。直後、ぐわっと炎が起こった。

「第17部隊! 第17部隊! 聞こえるか!?」
 燃え盛る火の海の中、Xは無線に呼びかけた。しかし、応答はなかった。
「アリゲイツ! おい、アリゲイツ!!」
 Xは叫んだ。だが、足元のレプリロイドは、全く反応しない。
 見下ろすと、アリゲイツの体の重油に引火している。Xはその炎を必死で払った。 だが、鎖で傷がついたせいか、彼のアーマーの防火コーティングが役に立たなくなり かけている。
 気が遠くなるような熱。
 もう、だめか?
 と、割れた窓から、ぶわっと何かが吹き込んできた。
 ―――消火剤だ。
 途端、気が遠くなった。

*       *       *

「……長、隊長!」
 間近で呼ばれ、Xは目を開いた。
 第17部隊一斑の班長が、彼をのぞきこんでいた。
 がれきの中、地面に寝かされている。
 ということは、空母の外、か?
「ああ、よかった。だめかと思いましたよ。なんせすごい炎でしたから」
 見ると、少し離れた所に空母がある。消防車が何台か、消火に当たっているらし い。
「つい五分前に、隊長とあいつを空母内で発見しまして、あわてて引きずり出したん です」
「……あいつ?」
「ほら、あいつですよ」
 班長が指さす先を見ると、何やら黒いかたまりが横たわっていた。
 立ち上がって近づくと、それは見慣れた形をしていた。
「……アリゲイツ」
「……へ、生きてたか、ボーヤ」  かすれた声。もう駄目だろう、そう思った。
 何を言うべきか。言葉に詰まった。と、
「こら、入っちゃ駄目だよ!」
 離れたところから班長の声。見ると、小学生ぐらいの女の子が、ロープをくぐって 駆け寄ってきた。
「……まどか?」
 アリゲイツが、呆けたような声を出した。
「『まどか』?」
 Xは女の子を見た。彼女は、神妙にアリゲイツの脇にしゃがみこんでいる。
「……お前、なんでここに」
「近く、通ったら、見えたの」
 班長が駆け寄ってきたが、Xは手で制した。
「アリゲイツ、コゲてるね」
「……そうさな」
「イレギュラーにやられたの?」
「……いや、ケンカだ」
「仲直り、できなかったの?」
「……そうさな」
「誰とケンカしたの?」
「……バカな大人よ」
「バカな大人?」
「……そうさ、大バカさ。……自分の足元が燃えてるってのに、敵の体の火、消して やるバカよ」
 アリゲイツは、にやりとXに笑った、ように見えた。
「……俺なんかにゃ、百年たっても、真似できねえ、バカだ」
 Xは、何か言おうとした。だが、それは言葉にならない。
「……あ、そうだ」
 思い出したように、アリゲイツが言った。
「……まどか、あの歌の続き、わかったぞ。……さっき、無線とどっかのラジオが、 混線してな……」
「歌?」
「……ほら、あのCMの……」
「あ、あの歌?」
「ああ。……この空、晴れたら……東の風つかまえて……」
 アリゲイツは、ひどく危なっかしい音階で歌いだした。
「……駆け上る、高く……駆けていく、遠く……ここでないどこかまで……遠く遠く ……」
 彼は、そこでやめた。
「……続きはわからねえ……覚えたか?」
「覚えた。……この空、晴れたら、東の風つかまえて……」
 まどかはゆっくりと歌いだした。
 アリゲイツは、苦笑いした。
 ―――やっぱ、お前が、似合うな……俺には……ガラじゃねえや……
「駆け上る、高く、駆けていく、遠く、ここでないどこかまで、遠く遠く……」
 歌が止まった。
 アリゲイツはもう、動かなかった。

 まどかは、うずくまったまま何も言わない。Xは、ただ立ち尽くしている。
 彼らは、ずっと、長いことそうしていた。

(終)




制作者コメント
前後編のはずが、気づいたら四章立てになってました。
そしてやっぱりボス死に。
歌詞だの展開だの関しては……何も言わないでおきます。


管理人コメント
やっぱアサドリさん、スゴイです! 感動しましたよ!
この調子でアサドリ版X2、シリーズ化できそうですね(^O^)
次は誰がターゲットになるか楽しみです。

あと、まどかちゃんのイラストを描いてみました↓


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