<< top << text << novel |
制作者:アサドリさん 第四章 脱出 「セントラルコンピューターが吹っ飛ぶ!?」 このセントラルコンピューターは都市制御の中心である。もし爆破が実行されれば、情報・電気・交通を始めあらゆる都市機能がストップする。 その場合の混乱の規模は、はかり知れない。 「俺たちの始末ついでに都市機能まで破壊する気か!!」 『ご明察。……ちなみに、爆弾は正確にはヒャクレッガー君の体内の瞬間移動装置に仕掛けてありましてね。洗脳が解けたときにスイッチが入るようにしておいたんですが、うまく入ったようですね。……というわけで、うかつに瞬間移動などしないほうがいいですよ』 「卑怯者!!」 アクエリアスが絶叫した。 『卑怯ついでにもう一つ。その爆弾、ハンターベースで手におえるような代物じゃありませんので。……まあ、どのみちあと二分ももたないでしょうが。……それでは、ご幸運を』 「待て!!」 止める間もなく、立体映像はかき消えた。 「……くそっ!」 頭がひどく混乱していた。どうすればいい!? がしっ、という微かな音が、不意にXのパニックを破った。 はっと顔をあげると、ヒャクレッガーが尻尾の先端を自分の脇腹に突き刺していた。 「ヒャクレッガー!! 何をする」 「……ウイルスです。爆発を、少しだけ遅らせました……」 ヒャクレッガーがよろめきながら立ち上がる。 「兄さん、座って! 私が外すわ!!」 「よせ、無理だ!! 奴の話を聞かなかったのか」 「でも……!」 兄の腕にすがりついたアクエリアスを、ヒャクレッガーは不意に抱きしめた。 「兄さ……」 次の瞬間、どっ、と小さな音。アクエリアスの首筋に、ヒャクレッガーの尻尾が刺さった。 「ヒャクレッガー!?」 「逃げてください! こいつを連れて……」 ぐったりとなった妹を抱き上げ、ヒャクレッガーが尻尾のパーツを一つ切り離した。 それはふわりと宙に浮き、Xの方へ飛んだ。 「緊急用の避難経路をいくつか覚えこませています。それについて行けば脱出できます」 「しかし、君は……」 「自分は残ります。都市機能の基礎データを隣町の臨時用コンピューターに移転すれば、最悪の事態は防げる」 「一人でか!? 無茶だ!! 俺も手伝う……」 「馬鹿な! あなたはここで死ぬべき人ではない!! いいから逃げてください」 「だが……」 「自分はもう助かりません。だからこそです。第一、このような事態になったのも、イレギュラーに敗れて洗脳され、悪事の片棒を担いだ自分の不手際です」 「…………」 「自分は第0特殊部隊、ひいてはイレギュラーハンター全体の名誉に泥を塗りました。この落とし前は、この手でつけねばなりません。それに……」 ヒャクレッガーは少し言葉を切り、絞り出すように続けた。 「これ以上、こいつを犯罪者の妹でいさせたくないのです……」 返す言葉が、なかった。 ヒャクレッガーが、アクエリアスをぐいとXに押しつけた。 「X隊長!! 今ならまだ間に合います」 「ヒャクレッガー……わかった、そうさせてもらう」 Xは、アクエリアスを受け取った。 「……副隊長にお伝えください。不甲斐ない部下で申し訳ないと。こいつにも、すまなかったと……」 「……わかった。ホーネックも妹さんも、最後まで君を信じていたよ」 ヒャクレッガーは微かにうなずくと、壁のパネルに触れた。と、壁は瞬時に巨大なスクリーンに変わり、操作卓が出現した。 「さあ、お早く!!」 ヒャクレッガーの尻尾のパーツがXを誘導するように飛び始め、Xはそれを追って走り出した。 一度だけ振り向いたXが最後に見たのは、壁に手をついて体を支えながら操作卓に向かう特A級イレギュラーハンター、マグネ・ヒャクレッガーの後ろ姿だった。 データの移転が始まったらしく、廊下の照明が消えてから二分ほどたつ。 今ごろ、町も全域で停電が起こっているだろう。 アクエリアスは、彼の腕の中でまだ気を失ったままだ。 もうずっと走っている気がする。 セントラルコンピューターの周りで待機しているハンターたちを退避させねばならないが、停電中で無線が入らない。 ……あとどれくらい遠いんだ!? 次第に、あせりが濃くなる。 と、遠くにぼんやりと表示が見えた。目を凝らすと、それは確かに『非常口』とあった。 ――あれだ!! その瞬間、奇跡のように、無線が音を立て始めた。 「ホーネック! 聞こえるか!?」 『X隊長! ご無事でしたか!!』 聞き慣れた力強い声。安堵する間もなくXは叫んだ。 「みんなを避難させてくれ!! すぐにだ!!」 『はっ、はい!! 了解しました!』 次の瞬間、無線越しに、ホーネックの大声が聞こえた。 『総員、退避ーっ!!』 非常口の扉に、手が届いた。突き飛ばすように開く。 三階分の高さの非常階段だった。迷わず、手すりから身を躍らせた。 地面に足がついた。一瞬よろめき、夢中で走った。 直後、すさまじい轟音。セントラルコンピューター最上階の窓が、一斉に火を噴いた。 Xは座り込み、それを見上げた。 足元に、あのパーツが力なく転がった。 アクエリアスが起き上がる気配がした。ホーネックが駆け寄ってくる気配も。 緊急車両のサイレン、放水車の音。 そんなものが、どこか遠くのほうから聞こえてきた。 燃え盛る炎にまぎれ、うすぼんやりと街灯りが見える。 ……ヒャクレッガー、間に合ったのか? でも、君は…… 誰も、何も言わなかった。Xも、アクエリアスも、ホーネックも。 天をも焦がすような紅。地上の全てをあざ笑うように、ごうごうと燃え盛る。 三人は、ただ呆然と見上げていた。 エピローグ、そして 公園のベンチに座る彼女に、Xは声をかけた。彼女はXを見ると、立ち上がって一礼した。 Xは、彼女に頭を下げた。 「……申し訳ありません。お兄さんを助けられませんでした……」 「……いいえ、兄が望んだ結果でしたから……。それに、お陰様で兄の名誉も回復できましたし……」 セントラルコンピューター爆破事件から三日後。 Xと彼女……アクエリアスの証言、および事件の状況から、ハンターベースはマグネ・ヒャクレッガーのイレギュラー判定および国際指名手配を取り消し、彼の死を殉職と認定した。 隣に腰をおろしたXに、アクエリアスはつぶやくように続けた。 「……本当は、お葬式なんかしたくなかったんです。まだ兄が生きてるような気がして……。でも、そんなはずありませんね……」 事件の翌日に現場検証が行われたが、ヒャクレッガーの遺体は出なかった。 彼自身が爆心だったのだから、当然といえば当然だった。 葬儀はハンターベース主催で行われた。棺の中身はあの尻尾のパーツ、それに遺品数点。それだけだった。 「まだ、何がなんだかわからないんです……ほんとに、何もかも突然で……」 追いかけて追いかけて、一度は取り返したはずの兄だった。 それなのにその兄は、永久に姿を消してしまった。それもあまりにあっけなく、残酷な形で。 アクエリアスは拳を握り締めた。 ふとXは、その手の中に何かが握られているのに気づいた。 「……それは?」 アクエリアスは、ゆっくりと手を開いた。そこには、小さな制御チップが乗っていた。 「……兄の磁力制御能力のチップです。あのパーツから取り出しました」 「お兄さんの仇討ちを、なさるおつもりですか」 「……頭では分かってるんです、勝てるわけないことぐらい。復讐したって兄が戻らないことも。でも……」 言葉が、途切れた。 「……でも、悔しい……!」 アクエリアスは、体を震わせた。 「アクエリアスさん、これを……」 Xは、小さな黒い機械を取り出した。音声再生装置だった。 「お兄さんは、最後に都市機能のデータを隣町に移転させたでしょう?」 ヒャクレッガーによる都市機能データの移転は、四分半という短時間にも関わらず、移転率84.5%という大きな成果をあげた。おかげで、街のほとんどは移転直後に都市機能が回復し、残りの部分も復旧にさほど時間はかからなかった。 「あの時、なぜあんなに早く移転が進んだのかと思ってましたが、彼は補助装置として自分の頭脳も使ったようですね。……証拠が、この中のデータです。ホーネックが届けてくれました」 Xは、再生装置のスイッチを入れた。 『……副隊長、お世話になりました。不出来な部下で申し訳ありません。……アクエリアス、元気でな。ありがとう……』 くぐもっているが、まぎれもないヒャクレッガーの声だった。 アクエリアスが機械をひったくった。そのまま何度も何度も再生させる。 このデータは、移転された都市機能データの中に紛れ込んでいたものだったという。 ――初めは何かわかりませんでしたが、音声化して初めて謎が解けましたよ。 データを渡すとき、ホーネックはXにそう言った。 このデータの記録時刻は、爆発時刻の直前になっていた。文字通りの遺言、だった。 恐らくヒャクレッガーは、最期に頭脳でこれを合成し、都市機能データと一緒に送ったのだ。 ホーネックも、繰り返しこれを聞いたのだろう。今のアクエリアスのように。 「……『泣く』って、どんな感じなんでしょうね、Xさん……」 不意にアクエリアスが口を開いた。 「泣くことができたら、悲しみも痛みも、涙と一緒にみんな流してしまえるのかしら……」 ずきりとした。半年前、目の前で死んでいった親友が、不意にまぶたに浮かんだ。 そんなことはない、と言いたかった。どれほど泣いても嘆いても、それは決して消えないのだと。 でも、それは言えなかった。自分が泣くことのできるレプリロイドだと、今の彼女には知られたくなかった。 「……今でも、家に帰って、気づいたら兄の帰りを待ってるんです。玄関に明かりをつけて……」 アクエリアスがつぶやいた。 「どんなに仕事が長引いても、どんなに危険な任務の時でも、それが終われば必ず帰ってきてくれたのに……」 アクエリアスは顔を押さえた。 (……ロ……ク……) 不意に、一つのイメージが脳裏をよぎった。 (……帰ってきてね……無事で……) あの金髪の少女。彼女は確かに、自分にそう言った。 不意に涙が浮かんだ。Xはあわてて横を向き、涙をぬぐった。 「……アクエリアスさん」 気持ちを振り払うように、Xは声を出した。 「その制御チップ、私に預けていただけませんか?」 「えっ?」 アクエリアスが顔をあげた。 「必ず、奴らを倒します。私の命にかけても」 「Xさん……」 「お兄さんは私に言いました。『あなたはここで死ぬべき人ではない』と。これは、私の役目なんです」 「兄さんが……」 アクエリアスは言葉を詰まらせた。そしてゆっくりと、Xに制御チップを手渡した。 「……Xさん、どうぞ、ご無事で……」 アクエリアスはXに頭を下げた。その姿が、あの少女と重なる。 アクエリアスに一礼し、Xはゆっくりと歩き出した。 少し、風が冷たかった。 終わりではない。始まる、のだ。 ここから。 (終) | ||
制作者コメント 管理人コメント |
<< top << text << novel | << back |