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管理人の小説

黒豹と少女のジレンマ(後編)
パンター・フラクロスと人間の少女


「あたしね、ミュートス・レプリロイドに一度会ってみたかったんだ」
 ミナキは自分の頭から、髪飾りである赤いリボンをしゅるりと外しに取り掛かる。
 その外れたリボンを、何を思ったか、フラクロスの尻尾に巻きつけ始めた。
「お、おいッ!? 一体何を……ッ!」
 慌てふためく彼に構わず、彼女は赤いリボンをちょうちょ結びで仕立て上げる。
「はい、できた!」
 彼女はぱんっと両手を叩いて、自分の行為に満足する。
 フラクロスは、結ばれた自分の尻尾を見た。
 なんじゃこりゃあァァァ!!!…という気持ちでいっぱいだったが、喉に出掛かったセリフをぐっと堪える。
 ミナキはにっこりと微笑んでいた。
「うん、かわいい。猫ちゃんには似合うね」
 ね、猫……?
 フラクロスの目が点になる。彼は激しく動揺していた。
 まさかモチーフを間違えられるとは思わなかったが、それにしてもしかし、この赤いリボンは男のオレにはどうかと……。
 もしかしたら自分は、この少女に弄ばれているだけなのでは……と、彼はふと思う。
 しかし彼女の意図は、それだけではなかったことに気づかされる。
「あたしたち友達だよ。そのリボンは、あたしからのプレゼントっ」
 フラクロスはちょっぴり、照れと感動を覚えた。
 友情の印に与えられた、赤いリボンのついた尻尾をまじまじと見つめる。
 彼は頬を赤らめて、ミナキに小声で問い掛けた。
「か……かわいい……かなァ?」
「うん。とってもよく似合うよ、黒猫ちゃん」
 だからオレは猫じゃねェって。

−***−

 雨は上がった。お天道様が、雲の隙間から顔を出す。
 土に溜まった水溜りは、青い空を映し出していた。
「ねえ、見てみて!! ほら、あそこに虹っ!!」
 ミナキはフラクロスを鉱山の洞窟から連れ出し、空にかかった七色のアーチに指を向ける。
 太陽光に反射された虹は、薄っすらと空に焼きついていた。
「虹かァ……」
 フラクロスは空を見上げた。雨上がりの風は、ほどよい気持ちよさを運んでくれる。
「よォし、ミナキ。雨も止んだし、さっそく薬草を探しに行こうぜ」
「え? 薬草?」
「祖母の病気を治したいんだろ? さ、行くぜ!」
「あ……、うん」
 ミナキの表情が一瞬曇るが、フラクロスはそれに気づいていない。
 彼女はぱっと視線を戻し、彼のあとに歩き始めた。
 赤いリボンのついた尻尾の後ろ姿は、見ていてとてもかわいらしい。

−***−

「あー、ンでよォ。薬草っつーてもいろいろ種類があるんだが、どういうのか分かるか?」
「えーと、うん。大丈夫。ちゃんと図鑑見て、この目でバッチリ覚えてきたから」
 ミナキは口元を、にっ…と吊り上げる。
 額にかいた脂汗を腕で拭い、彼女は草むらの中を歩き出した。
 フラクロスも続いて、彼女のあとを歩く。
 草が波立つ音がした。さらさらと立てる旋律が、妙に騒がしい。
 敵の気配――イレギュラーか!
「そことそこと……ッ! そこだァァァ!!」
 フラクロスは垂直に飛び、真空波を右に一発、左に二発撃ち放つ。
 次の瞬間、イレギュラーの悲鳴――そして首が跳ね上がった。
「ぐぎゃあ!!!」
 ミナキは何事かと背後を振り返る。
 フラクロスは地面へ素早く降り立った。彼は目を細めながら、ミナキに言う。
「オレがお前を守ってやるからよ、安心して薬草を探しな」
「……。うん」
 その言葉は罪だった。ミナキは力なく微笑み、薬草を探す『フリ』をする。
 彼女は地面に座り込み、適当に草を掻き分けていた。
 そのとき、草の隙間から一本の手が伸びる。その手はミナキの腕を掴み、草の中へと引きずり込んでしまった。
「きゃあっ!! 助け……っ!!」
 彼女の悲鳴に、フラクロスはびくっと反応した。
 しまった、まだ敵がいやがったのか!
 しかもすぐ近くに――!
「ミナキっ!!」
 フラクロスは、リボンをくれた自分の友の名前を呼ぶ。
 だが、ミナキの姿がどこにも見当たらない。
 ミナキは何者かの手によって、連れ去られてしまったのだ。
 いや、まだこの周辺に潜んでいるかもしれない。
 草の根が微かに動く音がする。
 見当は……ついた。
 フラクロスは左に向き直り、大声を上げる。
「野郎ッ!! そこにいるのは分かってンだ!! ミナキを返せッ!!!」
「……」
 すると、草の波がぼこっと盛り上がり、そこから草の丈より頭一つ大きい長身の男が現れた。
 彼もまたレプリロイド、そしてイレギュラーだ。
 長身の男は右手にミナキを抱え、左手にナイフを構えていた。
 刃の先を、ミナキの喉元に近づける。
 男の手は震えていた。だが、その震えは恐怖から来るものではなさそうだ。
 むしろ殺すことを楽しみにしている武者震い。
「フフフ……。やっと僕はネオ・アルカディアに復讐する鍵を手に入れた」
 痩せこけた頬に、男は小さく微笑する。
「……君はネオ・アルカディアのハンターか。同じレプリロイドなのに、何故同胞を襲うんだい? ネオ・アルカディアに利用されているだけだということに、自分では気づいていないのかい?」
「!? 何を言いたいんだ、てめェ!!」
 フラクロスは草の根を爪で切り払いながら、男の側へと間を詰めようとする。
 男はナイフを握り締め、ミナキの首にナイフの平を当てがった。
 ヒヤリと冷たい感触が、首から背筋へと伝わる。
 ミナキは恐怖で震え上がり、涙目になっていた。
「い…いやぁ……! あたし、やっぱり死にたくない………!」
「ミナキ……!」
 フラクロスの足が止まる。これ以上近づいたら、彼女の命は奪われる!
「……てめェ」
「おっと。あんまりヘタに動くと、彼女の首が飛んじゃうよ。命を助けたかったら、大人しく僕の命令に従うことだね」
「……ッ! どうすればいい…ッ?」
 フラクロスは姿勢を低くし、両足で土を踏みしめる。
 人質を取られていては、自由に身動きできない。
 もはやこの男に従うしかないのか。
 男は条件を言った。
「内部崩壊だよ。嘘の情報などを流して、君がネオ・アルカディアを煽動するんだ。裏切るわけじゃない。君はもともと、僕らと同じレプリロイドなのだから」
 偽善者ぶりの落ち着いた口調が勘に触る。
 フラクロスはしばらく固まった。彼の中で迷いが生じているようだ。
 自分には、祖国同然のネオ・アルカディアに牙を向けることはできない。だが、こいつの命令に逆らえば、ミナキの命は――――。
 こうなったのは、自分の失態のせいだ。
 何が『護衛』だ! 何が『守ってやる』だ!
 結局自分には、たった一つの大切な命さえも守ることができないのだ。
 戦うことしか、自分には能がないのだから。
「ちっっっっっっくしょォォォォォォォォォ!!!!!」
 フラクロスは湿った土を蹴り、走り出した。目障りな草が彼の行く手を阻もうとするが、彼に触れた瞬間、黒く焼き焦げてしまう。
 空気に青白い光の亀裂が入った。
 尻尾に巻きつかれた赤いリボンは、音も立てずに解け、彼の側を離れていった。
 苦渋の末に彼が選んだ道は――戦うことだ。
 目の前の敵を睨みつけ、巨大な爪を立てる。
 そして、無能な自分に命を預けてくれた少女に一言謝った。
「ミナキ、すまねェ!!!!」
 少女は頬を涙で濡らし、力なく微笑んだ。

−***−

「お前、アホか? ああ、間違いなくアホだな」
 緑の少年は空の中に浮いていた。彼の周りを、風が守るように取り囲む。
「彼女は嘘をついていた。全てはデタラメだ。祖母は元気に歩き回り、買い物をしていたぞ」
 フラクロスの直属の上司、四天王のハルピュイアは言う。
「………」
 フラクロスは草の上に大の字に寝転がり、上空をぼーっと眺めていた。
 青い空にぽかんと浮かぶ白い雲が、見て見ぬふりして彼の前を通り過ぎる。
 放心状態だった。騙されたことにショックを受けるが、何故か悪い気はしない。
 それよりも、自分がミナキを裏切ったことに後悔していた。
 フラクロスの様子を横目に、ハルピュイアは息を吐く。
「気にするな。お前のせいじゃない」
「!?」
 まるで彼の感情を読み取っているかのように、ハルピュイアは続ける。
「組織に逆らえなかったのは、そうプログラムされているせいだ。ミュートス・レプリロイドとは悲しいモノだな」
 組織のために作られた、呪われたボディ。
 ネオ・アルカディアによって作られ、ネオ・アルカディアを守護し、ネオ・アルカディアのために戦う。
 自分は今まで、人間を守るために戦っていたと思っていた。人間の平和のために――。
 だが、それは間違っていた。現に一人も守れなかったじゃないか。
 全ては空っぽの組織のために。全ては見せかけの平和のために。
「ハルピュイア様……。オレは、どうすりゃいいんだ……。オレにはもう、ミナキに会わせる顔がねェ……」
 彼は両腕で顔を覆う。ハルピュイアには、彼が涙を隠す少年のように思えていた。
 ハルピュイアは、静かに草の上に降り立つ。
「安心しろ。もう二度と彼女に会うことはない」
 葉っぱの上に引っかかった、一本の赤いリボンを拾い上げる。
「彼女はこれで懲りただろう。知って地獄を見るよりは、知らずに天国にいた方がいい。ネオ・アルカディアに帰ったあとでも、適当に知らんフリしてやっているさ」

−***−

 ミナキはハルピュイアに助けられていた。
 フラクロスが攻撃しに向かう途中、一本の剣が敵のナイフを弾き落とし、もう一本の剣が敵の頭上を切り裂いていた。
 その隙にハルピュイアが上空からミナキを抱き上げ、そのまま空へと避難した。
 次の瞬間、フラクロスが到達する。高圧電流を帯びた爪が、敵のボディを粉々に切り裂き、破壊した。
 ミナキは間一髪で助けられた。ハルピュイアはミナキを抱いたまま、ネオ・アルカディアへ強制送還する。
 そして事実は全て知った。
 ミナキがネオ・アルカディアを抜け出した本当の理由――。
 それは単に好奇心からだった。
 閉じ込められた平和に退屈して、下の世界へ飛び出したかったのだという。
 地上は危険でいっぱいだ。
 稀少な物資の奪い合いでレプリロイドは荒れ、イレギュラーと化していく。
 ネオ・アルカディアから地上へ放たれた戦士たちは、世界の秩序を保つためにイレギュラーと戦う。
 ミナキは戦士たちを一目でいいから見たかった。
 屈強でかっこいいイメージのミュートス・レプリロイド。
 彼らはどんな姿をし、どんな武器を持ち、どんな敵を倒しているのか。
 テレビのヒーローのような、平和のために悪と戦う正義の味方。
 まさに子供たちの憧れ――。
 こんなちっぽけな理由。
 だが、現実は夢とは違っていた。想像以上の危険度だった。傍観することなど、許されない。
 下の世界を知らなさすぎたために、ミナキは危うく命を落としそうになったのだ――。

−***−

 ミナキはフラクロスを騙し、フラクロスはミナキを捨てた。
 意図的ではなかったにしろ、その事実は変わらない。
 別れさえも告げられずに、二人は離れ離れになってしまった。
 残ったのは、ハルピュイアの手元にある一本の赤いリボンだけ。
 ハルピュイアは、フラクロスに向けて言い放つ。
「このリボンを、お前はまだ欲するか?」
 二人の間に風が吹く。草むらは波のように揺れ、リボンはひらひらと風と踊っている。
 フラクロスはリボンから目を離し、顔を背けて答えた。
「……オレは猛獣だ。そんなものは必要ねェ。誰かに飼われるのは、もうゴメンだからな」
 守るべき飼い主を本能(プログラム)のために殺しかけた。
 自分にはもはや、人間と繋がる資格などない。
 住む世界が違いすぎるのだ。
「そうか……」
 ハルピュイアは、リボンを握る手をそっと放した。
 赤いリボンは風に乗り、どこかへとひらひら飛んでいく。
「残念だな……」
 ふうっ…と深く息を吐き、ちらりと彼の黒い尻尾を見やって言う。
「せっかくかわいく似合ってたのに」
「がうッ?!」



コメント
初めてのロクゼロ小説です。
ハルピュイアとフラクロスが書きたかったので、書いてみました。
何故この二人かって、それはその・・・いつもの悪いビョーキです(ごにょごにょ)
だけどオリキャラのミナキがでしゃばっちゃったので、まあ、普通に読めるかと(^^;)
舞台が100年後に移り変わっても、『かに節』は変わらないみたいです。そして詰めの甘さも(汗)
いまいちロクゼロの世界ってよく分かんないんで、ノリでごまかしちゃいました(爆)

実はこれが描きたかったりして(笑)↓


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