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管理人の小説

黒豹と少女のジレンマ(前編)
パンター・フラクロスと人間の少女


 ネオ・アルカディア。人間たちが住む楽園の地。
 偉大に聳える塔の周りに、炎・風・氷の神殿が、三つ立ち並んでいる。
 そこは聖地。
 かつて昔、この世界を危機から救った青き英雄が眠っている場所でもある。深層の奥深くに。
 だが――。
 青き英雄は今でも活動している。
 塔の最上部に身代わりを置いたのだ。『象徴』として作られた英雄のコピーを。
 しかし、その事実を知っている者は誰もいない。ごく一部を除いて。
 コピーでさえも、自らがコピーであることを知らない。
「僕らには世の中をもっと平和にする使命がある。イレギュラーは根こそぎ狩らなければならないんだ。頼んだよ、ハルピュイア」
「……はい、エックス様」
 偽者の英雄に頭を垂れ、賢将ハルピュイアは翼を広げて空を行く。
 風は、穏かではなかった。
 ハルピュイアは知っている。今の英雄は『象徴』に過ぎないこと、そして、オリジナルの一部として作られた自分に課せられた使命を――。
 平和は見せかけでもいい。
 真実を知って地獄を見るくらいなら、知らないままの方がいい――。

−***−

「ちっ、不吉な天気だぜ。一雨降る前に、さっさと仕事を終わらせちまうか」
 漆黒のボディの黒豹――パンター・フラクロスは、淀んだ空を見上げながら呟いた。
 彼はハルピュイアに仕えるネオ・アルカディアの衛兵だ。研ぎ澄まされた鋭い爪と、体内から発せられる一億ボルトの電流は、『雷霆(らいてい)の黒豹』の異名を取る凄まじい破壊力を持っている。
 性格は荒々しいが、任務は忠実にこなす。義理と人情に溢れた昔気質のレプリロイドだ。
 フラクロスは辺りを見渡し、不安定な岩地を駆け抜ける。
 ネオ・アルカディアの報告によると、ここから北に約3km先、イレギュラーの武装集団が現れたそうだ。
「待ってろよ、イレギュラーどもめ! ここの平和は乱させねェ!!」
 彼は喉を唸らせて咆哮する。
 空気がぴりっと弾かれた。

−***−

 向かった先は鉱山。
 レプリロイドのエネルギー源となる『エネルゲン水晶』が、多く取れることで有名な場所だ。
 ここは、ネオ・アルカディアの管轄でもある。
 イレギュラーたちはエネルゲン水晶を、ネオ・アルカディアから奪おうとしていた。
 敵は四人。腰に袋を下げながら、ライフルを両手に構えている。
 洞窟の中は荒らされていた。水晶を守衛、管理したりするメカニロイドたちは、コアを打ち抜かれて今は残骸となっている。
 水晶の奪取に成功した四人は、洞窟の中から出て行こうとした。出口の明かりが丁度差し掛かったと思ったそのときに。
 運悪く、パンター・フラクロスと鉢合わせてしまった。
「バ…、バケモノ……っ!!」
 敵の一人が、目の当たりにした猛獣を見て声を上げる。
 一目で敵と判別できる、非人型のミュートス・レプリロイド。彼らはネオ・アルカディアでのみ作られているという。
 ミュートス・レプリロイドは、戦闘を目的にされていた。それゆえ、非力な人間をベースにするよりは、獰猛な生物をベースに選んだ方が戦闘力が向上する。
 青き英雄をベースに作られた『四天王』いう例外を除けば、彼らは最強といえるだろう。
「おい、てめえらッ!!」
 フラクロスは爪を突き出し、鉱山の中にいる四人の敵を指差して言う。
 彼の爪は獲物を狩るためだけにある。
「ここはオレたち、ネオ・アルカディアの縄張りだ!! 勝手に荒らすなんざ、いい度胸してるじゃねェか!! ああン?!」
「う、うるせえ! オマエなんかに、下の者の気持ちが分かってたまるかっ!! 殺っちまえ!!」
 四人は一斉にライフルを構え、撃ち放つ。豪快に弾く火花の音が、洞窟内に響き渡った。
 弾は集中して、一直線にフラクロスを目掛ける。
「うるァーーー!!」
 フラクロスは、爪からリング状の赤い真空波を繰り出す。
 フラクロスが放ったブーメランクロウは、弾を一振りで弾き返してしまった。
 弾丸が地面に転がっていく。
「なっ、効いてないだと!?」
 フラクロスの爪捌きに、イレギュラーたち四人は見る見るうちに顔が青ざめていった。
 力の差が違いすぎる。
「ちっっっくしょーーーーー!!! 死ねぇ、バケモノめぇぇぇぇーーーーー!!!!!!」
 自棄になってライフルをひたすら撃ちまくる。バババババババンッ!!
 フラクロスは弾丸の軌道を見極め、ブーメランクロウでことごとく弾を弾き返す。
「死っっっねぇぇぇぇぇ!!!!!」
 ババババンッ!! カチカチカチカチッ。
 渇いた音が響き渡る。
 弾はようやく切れたようだ。
「もう終わりか?」
 フラクロスは問い掛ける。息一つ乱していない。余裕綽々だ。
「あ……わわ………」
 イレギュラー四人は、互いに顔を見合わせる。そして四人は同時に頷き、
「ににににに逃げろーーーーーー!!!!!!」
 洞窟の出口とは反対の方向へ、どたばたと駆け出そうとした。
 だが、フラクロスは猛獣だ。一度狙った獲物は決して逃がさない。
 点滅した光が洞窟内を騒がしく照らす。
 光に気づいたイレギュラーの一人が、ふと背後を振り返って見る。
 そこには、両手に電気のエネルギーを溜めた『雷霆の黒豹』がいた。
 一瞬だけ、彼は笑ったように見えた。
 視界はすぐに真白に染まる。

−***−

「げっ! 雨が降りやがった! ついてねェ……」
 黒焦げになった四つの残骸を背後に、洞窟内から降りしきる雨を見つめていた。
 電気を使う彼にとって、雨は天敵だった。
 水は電気を通す。ボディの各部に水が浸入してしまうと、電力の制御が効かなくなり、自らの身を滅ぼしかねない。
 それゆえ彼は、雨を嫌うのだ。
「参ったぜ。止むまでここで足止めか……」
 しばらく雨を眺めていたが、じっとしていられない性分らしい。
 立ち上がると思ったら座ったり、出口前をうろうろと歩いたり、爪で素振りしたりと、落ち着かない様子だった。
 フラクロスはふと、自分が倒した四つの死体を見る。
 自分の姿を見て、『バケモノ』だと彼らに言われた。ミュートス・レプリロイドはネオ・アルカディアのために、闘うためだけに生まれてきたのだ。
 レプリロイドながらも、人間には程遠い存在。
 彼には誰かを傷つけることしかできない。それが彼の『使命』だ。
 だが――。
「『バケモノ』だなんて、いい気はしねェな……。ケッ!!」
 自分の感情を振り切るように、ひたすら足で黒焦げ死体を踏み潰す。破片が飛び散り、足が炭で汚れても、形がなくなるまでその動作は止まらない。
 ぐしゃ、ぐしゃ、ぐしゃ。
 耳障りな音が響き渡る。
「……誰? 誰かいるの?」
 雨音に混じって、洞窟の外から声が聞こえる。
 フラクロスは我に返って、ハッと出口に振り向いた。
 しまった! 見られたか!
「……誰? あなたは誰なの……?」
 薄明かりの雨の下には、なんと人間の少女がいた。
 黄色い傘を持ち、黒髪のショートカットに赤いリボンをつけている。服装は水色のワンピース。歳は12、3くらいだ。
 フラクロスは目を見開いた。
 何故人間が、こんなところにいるのだろう。
「…………。オレはパンター・フラクロス。ハルピュイア様直属のネオ・アルカディアの衛兵だ」
 まずは、自分を名乗ることにした。相手は人間だ。守るべき弱き存在。自分が敵でないことを、彼女に知らしめる必要がある。
 しかし彼女はまだ、傘を差しながら洞窟の外に立っている。初めて見る黒豹のレプリロイドに恐れを抱いているのだろうか。
 フラクロスは構わず彼女を誘う。
「おい、そこじゃ濡れるだろ? こっちに入れよ」
 彼の声に押されて、少女は重い足取りで洞窟の中へと入る。傘を畳み、上下に降って雨の滴を落とそうとする。
「……」
 少女はじっとフラクロスを見つめていた。
 ふと彼女は、彼の足元が炭で汚れていることに気づく。
「それ、なあに?」
 ほとんど原型を留めていない、黒くくすんだ四つの残骸を指差して言う。
 フラクロスは身を強ばらせた。いきなり触れられたくないことを突いてくる。
 やはりあの光景を見られたのだろうか。
 醜く嫉妬する自分の姿を。
「あ……ああ。こいつはイレギュラーの残骸だ。丁度さっき、オレが電撃でイレギュラーを倒したところだからなァ……」
 歯切れは悪いが、一応正直に話す。
 少女は「ふーん」と言った具合で、それ以上追及はしなかった。
 フラクロスは内心ほっとする。
 それが幸いしたか、フラクロスはやっと少女を問う準備ができた。
「なァ、あんた。名は……?」
「ミナキ」
「どうしてここに来た?」
「…………」
 ミナキは急に押し黙ってしまった。何かワケがあるのだろう。
 しかし、この場所は危険だ。いくらネオ・アルカディアの管轄だからといって、安全とは限らない。現にこの鉱山は、イレギュラーに襲われたばかりだ。
 力も持たない人間が、下界に降りるには危険すぎる。
「……とにかく、あんたはここにいちゃいけない。雨が止んだら、オレが無理矢理にでもネオ・アルカディアに帰してやるからな」
「やだ! あたし、帰りたくない!!」
 ミナキは首を左右に降る。そして涙を両目に溜め――。
「あ…あたしのおばあちゃん、今、病気なのっ! お医者様もお手上げの重病で、おばあちゃんの病気を治すには特別な薬草が必要なんだって! だからあたし、薬草を探しにここまで降りて…………ううっ………」
 ミナキは両手で顔を覆い、しゃくり上げた。
 重い沈黙がフラクロスを襲う。
 まさか泣かれてしまうとは思わなかった。こっちが泣きたい気分だが、人間でない自分には泣くことさえも許されない。
 参った……。
「うぐっ…………。わ…、わァったよッ!! オレも薬草を探しに行きゃいいんだろッ!? 見つかるまでこっちで護衛してやるからよ、そ……その………とにかくな、…………その涙、拭けよ」
 彼はそっぽを向いて言う。
 人間にはめったに会わないから、この場合どう対処してよいのか自信がなかった。
 ガラじゃねェなと思いつつも、彼なりに慰めようとしている。
 その効果はあったようだ。ありすぎるくらいに。
「やったぁーーーーーーー!! あたしまだ、ここにいてもいいんだね。大好きだよ、フラクロスぅ!!」
「がうっ?!」
 突然背後から、ミナキに飛びつかれてフラクロスは動揺する。
 人間に、しかも年端もいかない少女に触れられるのは、これが初めてだった。
 脆くて柔らかい皮膚の感触。仄かに温かい生物の体温。
 人間は――自分たちを創ってくれた先祖様。
 だからオレたちは、人間を大切に扱わなくてはならない。
 人間に触れるには、自分の身分は卑しすぎる――!
「ミナキ!! オレから離れろ!!」
「…? どうしたの、フラクロス?」
「いいから離れろッ!! オレに触れるんじゃねェ!!!!」
 ミナキは恐る恐る、フラクロスを抱いていた腕を離す。
 手がボディから離れたことを確認すると、彼はニ、三歩横に飛びのき、ミナキから距離を取った。
「……」
 ミナキは困惑した顔で、下に俯く。
「……いいか、ミナキ。オレはお前とは違う。オレは……お前が思っているより、ずっと危険なヤツだ。オレの体内には、一億ボルトの電流が流れている。オレの爪は獲物を破壊するためにある。オレに近づいたら、お前を……壊すかもしれねェ……」
 フラクロスは自分の両手の爪を見つめ、指をゆっくりと閉じる。
 レプリロイドは人間を傷つけてはいけない。
 ミナキをこの爪で傷つけたくはない。
「………ねえ、フラクロス」
 ミナキは顔を上げて話し掛けた。フラクロスの方へたった二歩だけ歩みを寄せる。
「フラクロスは、イレギュラーじゃないんだよね?」
「ん? ああ」
「ミュートス・レプリロイドって、ネオ・アルカディアが作ったんでしょう?」
「…その通りだが、何だってんだ?」
「だったら問題ないじゃん」
「はァ??」
 何が言いたいのだろうか、この少女は。
 人間の考えることは、自分には到底理解できない。
 困惑するフラクロスにミナキはまた一歩近づき、彼との零距離を取る。
「ミ、ミナキ……。オレに近づくなって……」
「信用できるよ。だってフラクロスはいつも、私たちを守っているんだもん」
 ミナキは再び、フラクロスの腰を両手で抱く。顔を寄せて、彼の鼓動を確かめる。エンジンの回転する音。やっぱり彼は機械なのだなと。
 だけど心は、人間とほとんど変わらない――。
 はっきりと伝わるように、ミナキはフラクロスに顔を向けて、労いの言葉をかける。
「平和のために、戦ってくれてありがとう……」

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