翌日から、南も水沢を避けるようになった。元々クラスの違う2人だから、お互いが避けようと思えば顔を全く合わせないことも可能になる。
けれど、南は水沢を避けながらも、日に日にやつれていく水沢が気になって仕方なかった。
余計なお世話だ、放っておいてくれ、と言われた手前、どうしようもないと思ったが、水沢の痛々しい様子についどうしたんだと声をかけそうになる。
夏休みも近付く頃にはあの屈託のない笑顔はすっかりなりを潜めていた。友達も減ったようで、水沢はいつも1人だった。
それとなく水沢のクラスの人間に彼の様子を聞いてみたりしたが、誰も彼の変貌の理由は知らないという。水沢に対して水面下でいじめがある、というのも、彼のクラスの雰囲気からは考えにくかった。
それに、周りは水沢に普通に声をかける。いじめられて1人でいるというよりは、水沢が自分から避けているように見えた。
終業式まであと2日となったその日、南は頭痛を耐え切れずに保健室へ向かっていた。
水沢が変わったように、南もあの日から変わった。素行の良くない大学生の兄の友人たちと付き合うようになり、夜遊びや煙草、酒、それからセックスを覚えた。
学校では以前と変わらぬガキ大将を演じているつもりでも、気付く奴は気付く。男子より女子の方が敏感なようで、『南くん、何か荒んだよね』と噂されていることも知っていた。
今日の頭痛も、昨晩大量に飲んだ酒と、睡眠不足のせいに違いなかった。
少し寝れば良くなるだろう。ついでに、先生がいれば頭痛薬くらいくれるかもしれない。そんな思いで向かった保健室は、しかし、南の頭痛を更に悪化させることになった。
授業中に抜けてきたこともあって、廊下は静まり返っている。旧校舎の1階にある保健室は、普段から生徒があまり寄り付かなかった。
だからこそ、その声ははっきりと南の耳に届いた。
『あっ、やっ・・・』
保健室のドアの前で南の足は止まった。
今のは紛れもない、喘ぎ声だ。
こんな昼間に、授業中に、保健室で盛ってるなんていい身分だ。唾棄したい気分になる。
けれど同時に、興味も沸いた。中にいるのはおそらく山口という保健教師。生徒には甚だ評判の良くない30代の男性教師だ。
青白い、不健康で神経質そうな顔色とひょろひょろとした体を持つ彼は、発育の良い女子生徒をいつもいやらしい目で見ている。それに、あの目付き。
どこか正気を手放したようなあの目付きは、生徒たちに恐怖と嫌悪しか抱かせなかった。
そんな彼と、こんな昼間からセックスするような人間がいたとは、と南は純粋に驚いた。そして、その相手は一体誰なのだろうと。
笑いがこみ上げてくるのを必死で押さえて、南は保健室のドアに手をかけた。
現場に踏み込んでやったら一体彼はどんな顔をするだろう。教育委員会にちくってやると脅してみるのもいい。上手くすれば退職に追い込めるかもしれない。
『いやっ、あっ、あんっ・・・』
押し殺した喘ぎ声が少し大きくなってきた。そろそろフィニッシュが近いのかもしれない。南は勢い良くドアを開けた。
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