4.




中3になり、水沢と別のクラスになった。
 クラスが変わってもしばらくは変わらなかった。授業中に水沢の姿が見えないのが多少不自然なような気もしたが、すぐに慣れた。
 2人の家は間に公園を挟んですぐ近くだったから、相変らず登下校は一緒だったし、帰りに公園で喋って帰ることも相変らずだった。
 しかし、修学旅行が終わった後から、水沢はあからさまに南を避けるようになった。

『南と一緒に修学旅行に行けなくて残念だな』

 同じバスに乗れない、同じ部屋に泊まれないことを、水沢は出発前日まで残念がっていた。その時はいつもと変わらない笑顔を見せていたはずだった。
 2泊3日の京阪神への旅行が、水沢の何を変えてしまったのだろうか。

 南には分からなかった。登下校も時間をずらされて、公園で待っていても現れない。もしや自分が何かしたのだろうかと、昼休憩を狙って水沢の教室まで出向いた。
 窓際の席に座った水沢はいつもより元気がないように見えた。クラスメイトがその周りを囲んで弁当を広げているが、水沢は一向に弁当に箸を付けようとしない。
 そういえば、痩せたか・・・?いや、痩せたというより、やつれたという方が正しい。
「あれ、南、どしたん」
 昨年度同じクラスだった横川が南に気付いて声をかけた。その声に、弾かれたように水沢が顔を上げる。
「あ、水沢に用事?」
「ちょっとな」
 自分が声をかける前に気付かれてしまったことにわずかばかりの気まずさを感じながら、南は水沢に目を向けた。
 一瞬だけ、視線が合う。けれど直後に、その視線は水沢によって逸らされた。
(・・・何でだ――?)
 どうしてそこまで、避ける必要がある?視線を合わせたくないほど、嫌いになったとでも言うのだろうか。
「水沢、話があるんだけど」
「・・・」
 廊下から声をかけても水沢は答えない。俯いて、膝の上で手を握り締めている。
 その手が小刻みに震えているのは見間違いでは済まされないほどに明らかだった。
「水沢。来いよ」
 そういってもしばらくは動かなかった。怯えたようなその態度にどうしようもなくムカついて、
「水沢!」
つい、声を荒げてしまった。
 案の定水沢はますます怯えたように肩を震わせたが、ゆっくりと立ち上がり、南の方へ歩いてきた。
「・・・何?」
「何じゃねぇよ」
 やつれた水沢は元々小柄だったが、一回り小さくなったように見えた。
「お前・・・」
「ここで話すの、目立つから嫌。屋上に行こう?」
 逃げ出すように足早に水沢は階段へ向かう。南は慌てて後を追った。
 屋上に人はいなかった。天気が良くて、とても清々しいが、今はそんな綺麗な空気に浸っている気分でもなかった。
「水沢、何でお前そんな顔してんの?」
 だって、水沢の顔にははっきりと涙の跡があって。
 そして左の頬には殴られたような青痣があったのだ。
「どうしたんだよ、お前!誰にやられたんだ!」
「どう、もしてないよ。じ、自分で転んでぶつけて・・・あ、あんまり痛かったから泣いちゃっただけ。あはは、僕って、女々しいよね」
 白々しい嘘に、南はますます苛立った。
「んな言い訳が通用すると思ってんのかよ!何ヶ月一緒にいたと思ってんだ!」
「っ」
 水沢は泣きそうに顔を歪めた。
「よ、余計なお世話だよ。もう、僕のことはほっといて!」
「ほっとけるかよ!」
「だからそれが余計なお世話だって言ってるんだよ!」
 ショックだった。
 親友だと思っていたのに、こんなことを言われてしまった。いや、親友と思っていたのも自分だけだったのかもしれない。
 妙に孤独な気分になった。
「そ、かよ」
「・・・」
「悪かったな。余計なお世話で・・・もう、何も言わない」
 水沢は何も言わない。俯いて肩を震わせている。泣いているのかもしれない。
「お前のこと、俺、大好きだったんだけどな。嫌われたなら仕方ないか」
 その頼りない肩を抱きしめて、慰めてやりたいと思うのに、今の自分にはそれを許されていない。
「もし、気が変わって、また俺と友達になってもいいと思ったら声かけてくれよ。俺、待ってるから」
 情けないほどに声が震えた。
「分かった」
 水沢はそう答えて、南の顔を見ることもせずにその場を後にした。
 その後姿を見送って、南は視界がぼやけるのを不思議に思った。
 何でだろう。なぜ視界が白く霞むんだろう。
 泣いていることに気付いた時には午後の授業開始のチャイムが鳴っていた。
「っ・・・」
 寂しい。どうしようもない孤独感と寂寥感。
 声を殺して泣いた。唯一無二の親友を、失った日。
 南はその日、初めて授業をサボった。




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