いらいらしながら可能な限り車を飛ばして、ようやく目的地に着いた時にはマンションを出てから約30分が経過していた。 中林の言ったとおり、中学校の正面駐車場にあるには場違いな派手な高級車はsakuraのもので、どうやら彼は車内にいないらしく、エンジンが切ってあった。 ということは、sakuraは校内だ。 有也も車を停めて校内に入る。受付窓口の女性が不審そうに有也を見ていた。 無理もない。多分、この学校に入る部外者は今日3人目だろうから。 「保健室に行きたいんです」 「どういったご用件でしょう?」 「衛生器材の卸の件で伺いました。山口先生とお約束しているのですが」 相変わらず嘘が淀みなく出る口だと有也は内心で苦笑する。 「そうですか、それでしたら突き当りを左に入ったところになります」 だが、こんな水商売をしているとしか思えないような派手な男を簡単に業者だと信じる方も馬鹿だ。 「馨っ」 走り出したい気持ちを抑えて、長い廊下を経て保健室にたどり着いた時、有也は一番見たくないものを見た。 馨が泣いていた。 頬は痛々しく腫れ、服も言い訳程度にしか身に着けていない。何があったのかは問うまでもなく明らかだった。 間に合わなかった…? いや、間に合わなかったことが一体何だと言うのだ。馨が誰にレイプされようと、自分の想いは変わらない。汚いなんて思わない。本当は守りたかったけれど。 そう思いながら、有也は激しく苛立つのを自覚した。 足元には、どうやら殴り飛ばされたらしい山口が顔を押さえて蹲っていた。そして、馨の傍らに膝をつき、馨に服を着せようとしているのは。 「sakura」 感情の籠もらない声で、その名を呼んだ。馨が弾かれたように有也を見上げた。 「お前、何考えてんだ」 「何って?」 「こんなところに馨を連れてきて、何がしたかったんだって聞いてんだ」 sakuraはしばし無言の後、鼻で笑った。 その態度に、頭に血が上る。 「お前…!」 「何でだか、考えてみろよ」 「何?」 ゆらりと立ち上がったsakuraとの間に、一触即発の空気が流れる。有也は、sakuraに対して本気で殺意を抱いていた。 「…お前、殺す」 「やれるもんならやればいい。何で水沢と俺がここにいるのか、よーくよーく考えてみな」 考える暇も惜しいと思った。絶対殺すと心に決めて、sakuraの襟首を掴み上げる。 「お前、山口とはどんな関係だ」 「…はあ?どこをどう考えたらそうなるの。アンタ、単細胞だね」 「っ」 「やめてっ」 我慢できなくて、一発殴ってやろうと思って手を振り上げたところに、馨が縋り着いてきた。 「僕が頼んだんだ。朝倉は高校の同級生で…山口とのことも知っていたから。どうしても有也に知られずに片付けたくて…」 縋り付かれたことで、有也の右手は行く場所をなくした。 だが、苛立ちはますます募る。 有也に知られずに片付けたかった、だと? ぱしん、と馨の頬が乾いた音を立てた。 しばらくは、自分が馨を叩いてしまったことが信じられなかった。けれど、自覚するとふつふつと怒りが湧き上がってきた。 「俺に知られずに、って、何でだ」 「有也…」 「お前にとっての俺は何なんだって聞いてる!」 怒鳴りつけると馨はひっ、と息を呑んだ。 「有也さん!」 sakuraが、激昂する有也を止めようと背後から肩を掴んだ。 「そんなにこいつが良かったか?俺がそんなに頼りなかったか?」 「ゆう…」 「sakuraがいいなら別れてやろうか。あぁ?」 馨は目にいっぱい涙を浮かべながらも、きゅっと唇を噛んだ。 「別れたいならそう言えばいいだろ。俺はお前の何なんだよ!」 「有也さん!」 ばしん。 Sakuraが有也と馨の間に割って入ろうとしたのと、馨が有也を拳で殴り付けたのは、ほぼ同時だった。 「…有也と別れたいなんて思ってない。思ったことないよ」 ぼろぼろと涙を零しながら、馨は言葉を紡ぐ。 ああ、また泣かせてしまった。また傷つけた。 有也はじんじんと痛む頬の熱さに、少しずつ冷静さを取り戻していた。 そうして感じるのは、後悔。 「有也とずっと一緒にいたいから…有也の重荷になりたくないと思ったから…」 涙を拭う馨の手の甲は真っ赤で、有也を殴った馨の手も相当に痛かっただろうと想像させた。 「どうしても、一人で決着を付けたかったんだ。有也に守られてばかりで、重荷になるのが嫌だったから」 「馨…」 「…ごめん」 後は、俯いてしまった馨に、有也はどうしたらいいのか分からなくなった。 謝らなければいけないという思いと、馨に対するいとおしさ。別れたいなら別れてやるとは言ったけれど、こんなに愛しくて、こんなに自分を思ってくれている馨と、どうやったら別れられるというのだ。 「馨」 抱き締めると、素直に胸に顔を埋めてくる馨を、心底愛しいと思った。 「…有也さん、そろそろここ離れた方がいいかもよ」 「sakura」 「山口が不穏な動きをしてる…っと」 気づけば山口はドアから廊下に出ようとしていた。それをsakuraが遮る。 「始末は、俺がしといてあげてもいいし、後日でもいいじゃん。数日考えればいい始末の仕方思いつくんじゃない?2度と水沢に近づかせないような、さ」 単細胞なアンタでも、と嫌味を付け足すことは忘れない。 「それまでお預け、で、いいよね?」 山口の顔を覗き込んで、sakuraはにっこりと微笑んだ。 |