馨の携帯をどれほど鳴らしても繋がらず、有也はひどい焦燥を覚えていた。 馨が、有也の体に残ったキスマークを見て逃げ出したのは間違いない。そして、多分自分の態度が更に馨に衝撃を与えたのだろう。 言い訳すれば馨は信じたかもしれない。キスマークがあったからと言って寝たとは限らないのだし、丸め込むことは可能だった。 けれど、有也はどうしようもないほど疲労していて、そんなこと思いつく間もなかった。キスマークが付いていることにさえ、さっき気が付いたのだ。 (ほんとに…俺は詰めの甘い男だよな) sakuraの罵る声を思い出して、更に凹む。こんなことで馨を逃がしてしまうなんて。 探しにいこうにも心当たりがないが、とりあえず大学と塾に行ってみようかと有也は立ち上がった。じっとしていると碌なことを考えない。 その時、テーブルに放ってあった携帯が中林からの着信を告げた。 『有也?今、子供の中学校に来てるんだけどね』 調べてあげる、と言った彼女は、有也と別れてすぐに中学校に向かったらしい。 夫以外の男に抱かれた体で、子供の通う学校に行くという神経を有也は疑ったが、結果的には彼女がそこにいてくれて良かった、と思った。 『あら?あの車…sakuraくんの車じゃないかしら。確か彼の車、日本で2台しかないって言ってたわよね』 「え!?」 『ああ、でもやっぱりそうだわ。あれはsakuraくんの車だわ…。えぇと、それでね、有也』 sakuraが山口に接触しようとしている?悪寒を伴って心臓が早鐘を打った。 行かなくては。 有也は車のキーを掴むと玄関に向かった。 「sakura、今何してます?」 『え?sakuraくんは車に乗ってるだけみたい。助手席から一人男の子が降りて走っていっちゃったけど…そういえば保健室に向かってるみたいなことを事務の人に…』 「紀子さんごめん!またかけ直すから!」 電話なんかしてる場合じゃない。sakuraが馨に接触して、山口のところに連れて行った。 『いいわよ。また電話頂戴』 おっとりと紀子が電話を切ったのを確認して、有也は駆け出した。 気ばかりが逸る。馨が、少しも傷ついていないといい、と願いながら、山口に会ったならそれは無理だろうと心のどこかで予感もしている。 どうして、sakuraは馨の傷口を抉るようなことを。絶対に関わらせたくなかったのに。 「くそっ…」 今日は散々だ。馨に逃げられ、sakuraに出し抜かれて。 それ以前に、中林を抱いたことで、馨をきっと傷つけたに違いない。 (もう絶対ホスト辞める) ホストという仕事にセックスが必須なわけではないけれど、有也のように体で仕事をしたことのあるホストには、今でもセックスを求める客が多く残っている。 VenusのNo.1のように、今までもこれからも清廉潔白に仕事をするだろうホストと有也は違うのだ。有也には、「前はしてくれたのに」と言われる弱みがある。 これからも、セックスを求められることはあるだろう。そのたびに断るつもりではいるが、多分もう、ホストとして上は目指せない。 『体でお客とるようになったらお終いだろ』 Venus代表である兄の言葉が蘇り、有也はそうだと思い出す。 ホストとして、自分はもうやってはいけない。 |