3.




 水沢と公園で出会ってからの夏休みは、驚くほどあっという間に過ぎた。
 塾の帰り、水沢は必ず公園にいた。南の帰りを待つ風でもなかったが、南が通りかかるとすぐ気付き、あの屈託のない笑顔で『お帰り。お疲れ様』と言ってくれた。
 公園で初めて会ったとき一緒にいた猫はいたり、いなかったり。水沢に問うと、『捨て猫だし、それに、猫は気紛れだから』と答えた。
 塾が終わってから日が暮れるまで、南は水沢と一緒に過ごした。子供みたいに遊具で遊ぶこともあったが、もっぱらブランコに乗って話をすることが多かった。短い時間ではあったが、毎日そうすることで少しずつ2人の距離は近付いていった。
 1ヶ月にも渡る夏期講習が終了する頃には8月も20日過ぎ、全く手付かずのまま残っていた宿題に南は顔を覆った。塾の夏期講習で時間がなかったんです、なんていい訳が、学校に通用するわけもない。
 水沢に一緒に勉強しないかと誘いをかけると、それはもう嬉しそうな顔で頷いた。翌日からは2人で図書館に通った。水沢は文系が得意で理系が苦手、南は全く逆だったのでお互いに教え合ったりもした。
 あれほど気味の悪かった公園は、水沢と一緒にいると不思議なことに多少薄暗い程度にしか感じなかった。図書館が閉館したあと、公園でだらだら喋って帰るのが日課になった。




『僕、学校の先生になりたいんだ』
 いつだったか、将来の夢を語った。その時水沢は、照れたように顔を赤くしながらそういった。
『小学校でも中学校でも高校でもいいんだ。英語の先生になりたい。南は?』
 そう聞かれて、漠然とでも将来のビジョンを持っていないこと、そして水沢はすでに持っていることに焦りを感じた。けれど、表面には出せずに、
『俺は総理大臣になる』
という冗談で誤魔化した。水沢は笑いもせずに目を細め、
『頑張ってね』
とだけ言った。その言葉が、とても嬉しかった。




 2学期が始まっても付き合いは変わらなかった。タイプの全然違う2人が一緒にいること、それこそ登校も一緒、下校も一緒という2人に周囲は最初こそ驚いたものの、あっという間に日常として受け入れられた。南の人気、水沢の人懐こさがそうさせたのかもしれない。
 帰りの公園で話す話題に、互い以外の人間の名前が増えてきた。南は、水沢の友達が増えたことを喜んでいたが、一方で少しだけ複雑だった。
『ねえ、南』
 この頃には水沢は南を苗字で呼び捨てにするようになっていた。
『明日横川にカラオケに誘われたんだけど、南も行く?』
『え?俺誘われてないよ』
『行かないの?』
『だって誘われてないのに?』
 水沢を誘って自分を誘わないのはどういうことだ、という思いより、水沢を取られるような嫉妬が先に立った。けれど、
『南行かないんだ。なら、僕も行かない』
水沢のこの一言で怒りも嫉妬も消え失せた。水沢が自分を選んでくれたことが嬉しかった。翌日は公園で1日中遊んでいた。
 水沢と遊ぶのは本当に楽しかった。最初は水沢は相手に合わせるのが上手なのだと思っていたが、そうではないことがだんだんと分かってくる。嫌なことは嫌だと言うし、したいこともはっきり口にする。一緒にいてとても楽でもあった。
 秋が終わる頃にはお互いを親友と呼べるようになった。

 


 楽しくて、ずっとこんな日々が続いていくと思っていた。水沢も自分も、変わらずに一緒にいられるものだと。



 そんな2人の関係が変化するのは、冬を過ぎ、春を迎え――学年が変わった頃。




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