と、言われても。 Sakuraの言わんとするところは理解できるけれど、あまりにも謎めいていて、どう動いていいのか、悩む。 有也が馨を甘やかしていることは、その辺の同僚ホストにでも聞けばすぐに分かる。有也が恋人に甘いことは、有名な話だ。 確かに、同い年の男に対する扱いではないと、思うのだ。 けれど、同年代の男のように扱うには、あまりにも馨は脆いような気がして。 周りの雑音や困難から、全て守ってやった方が早いような気がするのだ。 でも、それでは駄目なのだろう。 (トラウマを取り除く、ねえ…) それができればとっくにやっている。 けれど、レイプされた人間の心の傷の深さは分からないから、正直馨のどこまで踏み込んでいいのか分からないのだ。 だから、あえて傷には触れないようにして、自然と癒えるのを待っていたけれど。 Sakuraが言いたいのは、多分そんなことではない。 「有也さん、ご指名です」 控え室でいつまでも物思いに耽っていることもできない。 「中林様です」 こそりと耳打ちされた名前に、有也は軽く舌打ちする。 彼女は、面倒だ。 「…お久しぶりです、中林様」 「久しぶりね、有也」 夫がどこかの議員で、自らもどこかの中学のPTA会長を務めるという彼女は、有り余る財力を盾に、有也によく無茶な要求をする。 『お金をあげるから、3日間付き合いなさい』 『ベンツ買ってあげるから、私と寝なさい』 一見するととても中学生の子供がいるようには見えない、若々しく上品な美人なのだが、その要求はバブル期の男性か、売れっ子の風俗嬢のように、派手だ。 「最近はお越しが少なく、寂しく思っておりました。お変わりはありませんか?」 とはいえ、そんな無茶な要求にも、有也は応えてきた。彼女が有也に多額をつぎ込んでくれたからホストとして大きくなったとも言える。 「有也こそ、元気そうね」 水割りを作ろうとするヘルプを手で制して、下がらせる。彼女は、有也と二人切りを好む。 要は太い客だ。下手に機嫌を損ねるのはまずい。 「うちの子の学校のことで少し揉め事があったものだから、なかなか外に出られなくて」 ヘルプが視界から消えると有也の肩に頭をもたれさせてくる。 悲しい女性だと、有也は思う。 夫は忙しくて見向きもしなくて、子供たちはそろって反抗期。ストレス解消をしたくても友達はいなくて、人付き合いも上手ではない。 あるのは、お金だけ。 悲しくて、寂しい人。 「それは大変でしたね。どんな揉め事だったか、聞いても構いませんか?」 その手に水割りのグラスを握らせて、肩を抱いてやる。 「いいわよ。あのねぇ、中学3年生が教師にセクハラされたんですって」 「セクハラですか」 「それも男の子よ?」 ぴたり、と肩を撫でていた有也の手が止まった。 「え?」 「あら、有也には信じられないわよねぇ。私もそうだったもの。でもそういう人っているのよね」 有也の驚きを、中林は勘違いしたらしい。 尚も話し続ける。 「結局は、その男の子の出鱈目ってことになったらしいけど」 「出鱈目、ですか」 「セクハラした教師っていうのが生徒の評判の悪い人でね。仕事はできるみたいだけど」 「そう、ですか」 どこかで聞いたような話だ。背筋に冷たいものを感じる。 「でもねぇ、何だか私、好きになれなくて。今回のことも正直納得行かないのよ。だから学校と少し揉めてね」 「その先生のことですか?」 「何か、蛇みたいな目つきで生徒のこと見てるのよ。とても正気とは思えないような…」 うまく言えないんだけど、と中林は苦笑した。 「山口先生…ああ、その先生のことね。今回のこと、本当に出鱈目だったのかしら。……有也?」 肩を抱く手に思わず力が入った。中林が怪訝な顔で有也の顔を覗き込む。 山口。 ここにきて、山口の名前が出てきたことに有也は奇妙な符合を覚える。 『電話は…中年っぽい男の声だったよ』 sakuraがストーカーだと思っていたけれど、山口の可能性もある。 「…紀子さん」 「なあに?」 「そのお話、詳しくお聞きしたいんですが」 「いいわよ」 苗字ではなく名前で呼んだことで、彼女は正確に有也の意図を読み取ったらしい。グロスで艶めく唇が笑みを刻んだ。 「…リシャール、入れてあげるわ」 |