6.




(さて…どうしたもんかな)

 マンションに戻ってから、馨から大体の顛末を聞きだした。言いたくないことは言わなくて良いと言った。言わなくても想像が付くからだ。

 しかし、考えていたのと話が少し、違った。

 有也は頭から、犯人はsakuraだろうと決め付けていた。だから、全力で奴を潰し、夜の世界から追い出してやろうと思っていた。
 昨晩のあの思わせぶりな態度。それまでも話すチャンスはいくらでもあっただろうに、なぜかよりによって昨晩、話しかけてきた。おかしなことが起こり始めたのも昨晩。
 あまりにもタイミングが良すぎる。

 しかし、今回のことはあまりにもお粗末だ。

 sakuraは、いけ好かない奴ではあるが、頭は相当切れると思う。イベントを仕切らせてもうまいし、どんな話題にでも付いていける。そんな奴が、馨を本気で追い詰めるつもりなら、もっと周到で、もっと卑怯で、もっと容赦のない手段を考えるはず。
 
『電話は…中年っぽい男の声だったよ』

 違う。
 
『宛名は普通にペンで書いてあった』

 sakuraなら、筆跡が分かるようなものはきっと残さない。

 

 いつもより少しだけ早めに店に出た有也は、控え室に入るなりsakuraと視線がぶつかり、目を細めた。sakuraは少し笑い、その視線を真正面から受け止める。
 睨み合う、というわけではない。だが見つめあうというにはお互いに、少々きつい視線だった。
 有也とsakuraの仲が悪いのはVenusでも有名で、控え室にいたホストたちが固唾を呑んで成り行きを見守っている。本当にこの2人が決裂した場合、どちらに付こうかとでも考えているのだろう。人当たりが良く、後輩にも慕われている有也とは違ってsakuraは群れることを好まず、大抵一人でいた。ほとんどは有也に付くだろうが…そんなことは今はどうだっていい。

 どうだっていいのだ。
 
「sakura」

 先に口を開いたのは有也だった。

「話がある。ちょっと顔貸せ」
「…分かりました」

 口答えもせず、sakuraはソファを立った。もちろん、従順なのは口先だけで、目はとことん面白がっているのが分かる。いらいらするのを必死で抑えながら、有也はミーティングルームにsakuraを促した。
 本当に気に入らない。

 普段は、ミーティングルームとは名ばかりで、酔いつぶれたホストがそこいらで倒れているような部屋だったが、今日はまだ時間が早いこともあって誰もいなかった。

「聞かれたくない話?」
「まあ、な」
「有也さんらしくないね」

 いちいち勘に触る男だ、と思う。有也だって、こんなになりふり構わない自分を人に見られるのには抵抗がある。
 いつだってクールで、カッコイイ自分でいたい。ホストなら…否、男なら誰だってそうだろう。
 ただ、ことが馨に関わっているから、話は全然違うのだ。

「お前、水沢 馨の何だ?」

 直球で勝負する。
 Sakuraは、営業スタイルも外見も有也と正反対でありながら、基本的な、奥深いところではとてもよく似ていると思う。だからこそ嫌いなのだが、同時に攻略方法も思いつきやすかった。

 回りくどい言葉遊びのような駆け引きは、sakuraも得意としている。遠回しに言ったところで、はぐらかされるのがオチだ。それに、遠回しにすればするだけ奴は面白がるだろう。それはsakuraが犯人であってもなくても、そうだと思う。
 だが、ストレートに問いかければ、どうだろう。犯人であるなら面白がって掻き回すだろうが、そうでなければストレートに答えるだろう。
 
 多分、反応で分かる。

「ああ…同級生だよ。高校の」
 
 あっさりとsakuraは答えた。
 やはり、こいつではないと有也は確信する。

「アイツに用事って、何だ」
「それ、有也さんに言わなきゃいけないことですか」

 思ったよりきつい口調に、有也は一瞬返す言葉を失った。

「高校の同級生に用事があっちゃいけないんですかぁ?有也さんこそ、水沢の何なわけ?」
「中学の同級生だよ」
「それだけ?」

 キスシーンを見たなら、答えは分かっているだろうに、sakuraはあえて問い詰めてくる。
 
 一体、何がしたい。

「あれ?待って、ああそうか…」

 訝しむ有也をよそに、sakuraは一人で納得したように頷いた。

「アンタが、水沢の初恋の南か。昔、水沢を散々傷つけたっていう」

 ぎょっとした。なぜ、他人であるはずのこの男がそれを?

「別に無理やり喋らせたわけでも、嬉々としてあいつが喋ったわけでもないけど…何だ、アンタがそうなんだ。じゃあ、まあ、うまくやってるわけだ」

 良かったね、ミナミサン、と皮肉たっぷりの口調で言われて、有也は苛立ちを覚えた。
 有也はもともと、さほど気の長い方ではない。それに、今は馨に嫌がらせをした犯人を見つけ出したいと急いでいて、sakuraと言葉遊びをしている場合ではないのだ。

 とりあえず、この男が犯人ではないと確信できただけで、良い。

「…時間取らせたな」
「いいえ。ああ…有也さん」

 話を切り上げて立ち去ろうとする有也をsakuraが引き止めた。

「水沢にアンタの話を聞いた時、思ったんだけどさ…アンタ、相当甘い男だね」
「は?」
「詰めが甘い。だから、水沢がイチイチ泣く羽目になるんだよ」

 真剣な目で、睨むように見つめられて、有也は言葉を失う。
 何を言われているのか分からない。

「水沢を囲って、甘やかして、それがアンタの本気なわけか。でもそれって、同い年の男に対する扱いじゃねぇよな。大体、アンタは順番を間違えてる」
「何が…」
「間違えるな。アンタはまず、水沢のトラウマを取り除く努力をすべきだ」

 




 

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