時間は少し前後する。 バイトを終えて、馨は帰途を急いでいた。 『ごめん、今日同伴だから迎えにいけない。ほんとごめん』 有也と付き合うようになってから、同伴やミーティングのない日は有也がバイト先の塾まで車で迎えに来てくれていた。夜道は危ないとか、女の子みたいな理由だったけれど、心配されるのも過保護にされるのも馨には嬉しかった。 というわけで、久しぶりに電車で有也のマンションに向かう。明け方に戻ってくるであろう彼のことを思いながら、何か軽いものでも作っておいてあげようと途中でスーパーにも寄った。 時間帯のせいか電車はかなり混んでいたし、スーパーもタイムセールを求めて結構な人で賑わっていた。 だから、分からないのだ。 「な、にこれ…」 有也のマンションに着くと、玄関の集合ポストに分厚い封筒が差し込まれていた。有也と半同棲のような生活をするようになって以来、ポストの郵便物を持ち帰るのは別に珍しいことではない。そのほとんどがダイレクトメールであり、別に馨が見ても、更には開封しても支障のないものばかりだった。 けれど、その封筒は明らかに異質だった。なぜなら、切手は貼ってなく、ただ手書きで『南 有也様』とだけしか書かれていないからだ。 誰かがここに来て、わざわざポストに入れて行ったとしか考えられない。 とりあえずそれを持ってエレベーターに向かう。携帯がバイブで着信を知らせたが、右手に封筒、左手にスーパーの袋を持っていたし、エレベーターに乗ることもあって、部屋に着いてからかけ直そうと馨はあえてとらなかった。 部屋について荷物を下ろす。妙な胸騒ぎがして、携帯の着信履歴を見ると非通知。胸騒ぎはますます強くなった。 と、同時にかばんの中に見慣れないものを見つける。 それは、有也のポストに入っていたものよりは幾分サイズの小さい茶封筒。 本能的な恐怖を感じて、馨は思わず封筒を取り落とした。 だって、覚えがない。いつ、誰がこのかばんにこんな封筒を?塾を出る時かばんの中を覗いたが、あの時はなかったはずだ。 おそるおそる、震える手で封筒を取り出し、封を切った。 「!」 あまりの衝撃に、言葉もない。 怖い。 封筒の中には、10年前の馨の写真が、数枚。 そして、走り書きのような便箋が、1枚。 『お前の過去を知っている』 今や震えは指先から全身に及んでいた。がたがた震えながら、有也宛の封筒に目をやる。 知られたくない。有也には、見られたくない。 有也の目に触れる前に、処分しなくては…。 普段なら、有也宛の郵便物を開けるなど考えもしないのに、今日は違った。 有也にだけは知られたくない。 10年前に見られている姿ではあるけれど、もし、今この写真を見て罵倒されるようなことがあったら? 疑ってはいない。有也の愛を信じている。 けれど、どうしても怖いのだ。 幸福の只中にいるから、有也の愛を手放すことが、恐ろしくて仕方ない。 封筒の中身は案の定、写真だった。 馨は震えながらも深呼吸をし、考えた。 次に何かアクションを起こすとすれば、自宅アパートだろう。 すでに相手は馨のバイト先、有也のマンションに現れている。アパートも知られていて不思議ではない。 (片付けなくちゃ) 有也が気づく前に。自分が正気でいられる間に。 これ以上、10年前のことを思い出すと、壊れてしまいそうだから。 馨はダイニングテーブルに走り書きのメモを残すと、自宅アパートに向かった。 |