3.




 sakuraかよ!よりによって!
 
 珍しく大声を上げた有也に、馨は驚いていた。
 とにかく、ろくな奴じゃないと言い含めて、あの晩は寝かしつけたが…。

 しかし、よりにもよってsakuraに惚れたとは。馨の同級生は不幸としかいいようがない。

 週の始まりの平日、しかも大雨。閑散とした店内を見回して有也はそんなことを考えた。
 どうでもいいが、今日は暇だ。

「sakuraさん、ご指名です」

 控え室に戻る有也と入れ違いに、指名を受けたsakuraが出て行った。一瞬だけ視線が合い、けれどすぐにsakuraの方から反らされた。

「sakuraっ、久しぶりっ」

 テーブルに着くと大仰なアクションで水商売と思しき女性がsakuraに絡みつく。それを抱き寄せて、首にキス。

 ぞくり。

「有也さん?」

 sakuraの着いたテーブルを見つめて固まっていたかと思えば、急に身震いした有也を、控え室に残るホストたちが不思議そうに見つめた。

 一口にホストといっても、色々だ。
 たとえば、Venusのナンバー1。身長162センチで童顔、話し上手で聞き上手な癒し系。マクラはしない。お客様はお友達か女兄弟。
 たとえば、有也。外見は綺麗めで、温和で優しい。マクラは昔やっていたが今はしない。お客様は恋人扱いするけれど、一線は引いている。本気にはさせない。
 そして。

『どうなんだよ。今日は朝まで付き合えるけど』
『でもぉ…』
『お前俺のこと好きなんだろうがよ。やらせとけよ』
『sakuraぁ…』

 sakura。ボディーピアスやらtatooやらで全身を飾り、海焼けしたワイルドな外見。営業スタイルはオラオラで、下半身営業が得意。

 ホストも人間。それぞれ個性があってもいい。どんな営業をしていたっていい。けれど、奴だけは気に入らないのだ。
 ナンバー2を奪われた、悔しさからかもしれないが。
 
 だからといって、sakuraと張り合って色恋やらマクラで営業する気は、やってやれないことはないだろうが今はない。馨がいるから。馨に操立てしていると言うよりも、馨以外の人間に触る気がしないというのが本音だ。
 そこまで想える相手に出会えたことを幸せだと思うし、出会っていないsakuraは不幸というか、可哀想かな、と思う。同時に、ホストとしては潮時かもしれないとも思う。
 
 まあ、sakuraに関しては余計なお世話というやつだ。

 控え室にかかった時計を見ると4時。閉店までは時間があるけれど、この雨では客も来ないだろう。
 馨の寝顔を期待して、有也は帰宅することにした。



「有也さん」

 帰ろうとして裏口から出たところを呼び止められた。
 思わず、眉間にしわが寄る。可愛い馨の寝顔を想像していたところに聞こえた、大嫌いな男の声だったからだ。

「…何」

 そっけなくなっても仕方ない。
 大体、なぜこの男がここにいるのだ。さっきまで甘いんだかどうなんだかよく分からない台詞で女性を口説いていたではないか。

「帰るんですか」
「…まあ、帰るけど。何か用事?」

 sakura。近くで見ると、結構整った顔をしたいい男だな、と有也は埒もなく考える。人気が出るのも頷ける。
 
「早く帰りたいから。用事ならさっさと済ませて」
「…」

 sakuraは少し考えるように顎を触った。目つきが、値踏みをされているようで、有也はますます苛立つ。

「…少し前、有也さんが男とキスしてるのを見ました」
「へえ、どこで」

 思い当たる節がないわけではない。馨と一緒に海岸にドライブに出かけた一昨日も、暗闇をいいことについキスをしてしまった。
 女相手の客商売だし、見られていいと思ってはいない。場所とタイミングは選んでいるつもりだ。
まあ、していることには変わりないし、どこかで見られていても不思議ではないのだが。

「何?俺がホモだったらどうするの。お客にばらしてみる?」
「そういうんじゃなくてぇ」

 今時の若者にありがちな(有也もまだ若いけれど)、間延びした口調にかちんと来たが、口に出さずに耐える。

「俺が言いたいのは相手。あれ、水沢馨でしょ」
「…誰?」

 意外な人物の口から、馨の名前が出たことに驚いたが、声にはその驚きは出さないようにする。
 水沢馨とは一体誰かという問いではなく。
 水沢馨を知っているお前は誰だと、問いたい。

「そんな怖い顔しなくても」
「うるせぇな。お前一体何が言いたいんだ」
「俺が言いたいのは」

 sakuraはそこで言葉を切ると意地の悪い笑みを浮かべた。嫌な予感に鼓動が早くなるのを感じる。
 自分に対して悪意があって、自分に何かするのなら、いい。馨が絡んでいると思うから、怖い。

「俺は、あいつを知ってる。過去も、全部だ」

 有也ははっと顔を上げた。

「その上で、あいつにちょっと、用事がね」

 馨に何かをするつもりか。

「言いたいことはそれだけだよ。ああ、オキャクサマには何も言わないから安心しなよ。有也さんの大事なお客様には、ね」

 悠然と立ち去る後ろ姿を、ただ見送る。背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
 そして、とりあえず馨の顔を見ようと急いで帰宅した時に限って、馨はいなかったりするのだ。
 嫌な予感は強くなる。






 

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