奇跡のようだ、と馨は内心で呟いた。 心の中ででも言葉にすることで、今のこの状況がどれほど有難いことかと痛感する。 奇跡のよう。 でも、これが現実。 「ぁ、ぁあ…」 背後から抱きしめられて、馨は有也の膝の上で揺さぶられていた。 わずかに茶色の髪が馨が首を振るのに合わせてぱさぱさと有也の顔を打つ。 「馨、こっち向いて」 いつもは限りなく優しい有也。どんな下らない話でもにこにこしながら聞いてくれて、可能な限り側にいてくれる。ちょっとした我侭でも言おうものならそれはもう嬉しそうに、どんなことでも叶えようとする。 優しい有也。大好きな人。 「馨」 けれど、自称・馨の奴隷だと言う彼は、ベッドでは性格が変わる。 もちろん、優しいことには変わりないし、本当に馨が嫌がることはしない。 「馨、こっち向けよ」 甘い声で、甘やかすような口調で、でも、逆らうことは許されないと感じさせる強さで有也は馨の耳元に囁くのだ。 「なぁに…?」 散々揺さぶられて、全身とろとろに溶かされて、馨は泣きながら振り返った。 本当はこんな醜い泣き顔を見せたくはない。きっと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。涎だって垂れているに違いない。 自分は男なのに、同じ男にこんなにも乱されて、女や子供みたいに泣いてしまうことを、いつも情けないと思う。 けれど、涙が出てしまう。有也のセックスは、目も眩むような快感と、信じられない幸福感をくれるから。 振り向いた先の有也は、セックスの最中とも思えないような涼しい顔でにっこりと笑った。馨の中で猛々しく暴れているものが彼のものだとは、顔だけ見た分にはとても思えない。けれど、その目はぞくぞくするほどの男の性的魅力を放っていた。 「可愛い」 本当にいとおしい、可愛いものを見るような目で、有也は微笑み、唇を重ねる。馨にしてみれば自分の顔がひどいことになっている自覚があるから、とても信じられないし、同時に穴があったら埋まってしまいたいほどの羞恥を覚える。 「可愛い、俺の馨」 「やっ…」 囁くと、有也は深く腰を使った。 「絶対離さない…死ぬまで閉じ込めてやる」 「あ、あぁ…」 がくがくと揺さぶられるままに、馨は頷いた。ほんの2週間ほど前、店が休みだという有也に数日に渡って部屋に閉じ込められ、苛まれたことを思い出し、体がますます熱くなった。 有也に執着されている。愛されている。 ありえない幸福。奇跡。 新たな涙が溢れた。乳首を強く摘まれて悲鳴が漏れる。 「愛してる、馨」 背筋がぶるりと震えた。綺麗で、セクシーで、誰よりも大好きな有也が、囁いてくれた愛の言葉。それは壮絶な毒気で馨の思考を犯した。 「ぼく、僕もっ…」 応えたくて、ようやくそれだけを口にする。自分も同じ気持ちなのだと分かって欲しかったし、10年前とは違うと実感したかった。 10年前は拒まれ、蔑まれた。けれど、今は違う。 「あぁ…やめてぇっ、ゆるして、ゆるして…」 一番奥の、一番気持ちいいところだけを熱いもので何度も突き上げられる。痛いくらいに抱きしめられ、首に噛み付かれた。 「もうだめ、だめ…」 「愛してる」 「いや、こわい、おかしくなるよぅ…」 「…愛してる。俺のものだ」 「あっ、ゆうや、ゆうやぁ…」 有也の名前を繰り返し呼びながら、馨は幸福感の中で絶頂を迎えた。 10年越しで実った初恋。10年思い続けた、誰よりも愛しい人の腕の中で愛される、奇跡のような現実。 神様がもしいるのなら、どれだけ感謝しても足りないと思う。 そして、この幸せを守るためなら、どんなことでもしようと馨は誓った。 それが人間として許されないことでも。 有也を、欺くことであっても。 |