12.


 

 急に泣き出した馨を、有也は途方に暮れたような表情で見つめていた。

「・・・怖かった」

 普通、20歳もとうに過ぎたような大人の男が、同じ男に襲われたからといって泣くことはないだろう。
 けれど、馨にとっては気が狂うほど恐ろしいものだった。

「馨」
「10年前も、昨日も!一体僕が何をしたって言うんだよ!」

 かんしゃくを起こしたように、ヒステリックに馨は叫んだ。その悲痛な声に、有也は胸が潰れそうになる。

「馨・・・」

 俯く馨の首をそっと引き寄せる。その首は、少し力を入れれば折れてしまいそうなほど細く、頼りなかった。

「やめてよ!そうだよ!どうせ、どうせ僕は・・・ホモだから・・・」

 最後の言葉は声にならなかった。
 どれほど馨が傷ついていたのかを知る。あの不用意な、自分の一言に、馨はずっと傷ついていた。

「ごめんな」

 胸元に抱き寄せると一瞬抗い、しかしすぐに大人しく寄り添ってきた。

「僕がホモだからいけないんだ・・・僕が、南を好きになったりしたから」
「違うよ。悪いのはお前じゃない」

 耳に唇を触れさせて、吐息を吹き込むようにして囁く。

「やめてよ、そんな、女の子みたいに扱うの・・・何か、ごめん。取り乱しちゃった。あまりにも状況があの時と似てたもんだから」
「うん」

 似すぎている状況。男に襲われているところに、現れた自分。

 記憶が、重なる。

「10年前も、お前、泣いてたな。気持ち悪い山口の膝の上で、素っ裸で」
「何・・・」

 馨の体が硬くなる。また傷付けられるのではないかと怯えているのだろう。

「もしあの時、現れた俺が昨日みたいにお前を助け出していたら・・・お前、どうしてた?」
「え・・・?」

 馨の視線が迷う。分かっている、すぐに答えられるような類の問いじゃない。

「今の俺なら、助け出して、今みたいにこうやって抱いてあやして」
「!」
「それから、キスして、触って、犯してやる」
「やっ!」

 言葉通りにキスして、体を撫で回して、それから馨を布団の上に押し倒した。
 この行為は、馨の傷を深めるだけかもしれないという、不安はある。
 けれどそれ以上に、自分が馨に触りたくて仕方なかった。
 怖がって、傷ついている馨を、この体を使って慰めてやりたいと思った。
 そして、体に残る男たちの手の感触を全部拭い去り、塗り替えてしまいたかった。

 物を言うこともできずに、呆然と見上げてくる馨が可愛くて、顔中にキスを浴びせた。
 触り心地の良い髪の毛に指を絡めてすいてみる。案外、茶色いのだなと思った。
 トレードマークのような瓶底眼鏡はキスの邪魔になるから外した。

「やめて・・・僕が、南のこと好きだからって・・・今でもまだ好きだからって、同情しないでよ・・・」

 顔を覆って泣き出した馨の言葉に、有也の手が止まった。信じられない告白を聞いて、自分こそが都合のいい夢を見ているのではないかと思う。

「・・・俺のこと、好き?」

 耳を甘噛みしながら囁くと面白いほど体が跳ねた。

「ねえ・・・俺は、トラウマ持ちの男を同情で抱けるほど器用じゃないよ。もっと深く傷付けるかもしれないのに、同情だけで抱けると思う?ついでに言うなら、俺基本的には女好きだし」
「・・・それって、でも」
「とりあえず、あんまり深く考えるようなことじゃないよ・・・」

「!」

 囁きながら服を脱がせていく。

「・・・好きだよ、馨・・・ずっとずっと大好きだったよ。ひどいこと言ってごめんな。あの時は、俺もガキだったから」
「ぁ・・・や・・・」
「かわいい、馨。俺のことが好きなら、このまま流されてしまえ」

 瞳が溶けてしまうのではないかと心配になるほど、馨は泣いていた。
 それは、一体どんな感情を表しているのか・・・歓喜か、恐怖か、拒絶か。
 ただ、『まだ南を好きだ』という言葉だけを信じて、拒まれていないことを願って、有也は行為に没頭していった。
 


  

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