13.



 

 目を覚ますと、外はすでに夕暮れが近いようだった。寝入ってから、さほど時間は経っていないことに、有也はほっとする。
 そして胸の中にいる存在を確かめて、もう一度ほっとした。

 未だ馨は身に何かを纏うことを許されぬまま、裸で有也の腕の中で眠っている。頬に残る涙の跡に少しだけ心を痛めた。

 今日、馨を抱いた。
 ともすればケダモノか何かのようにひどく犯してしまいそうになる自分を必死で宥めながら。誰かをそんな風に抱くのは初めてのことだ。
 でも、絶対に傷付けたくなかった。

 意識が朦朧としてくるくらいまで愛撫した。体中に、触れてないところはないのではないかというくらいキスした。それこそ嘗め回すように全身可愛がった。
 耳に残る馨の嬌声は、成人男子のものとは思えないくらい可愛らしいものだった。
 山口との関係が終わってからの10年間、馨の体は本当に誰にも触られていなかったらしい。特別処女や初物にこだわる方ではなかったが、馨のことに関してだけは嬉しかった。
 しつこいくらいに後孔を解してから繋がった時には、馨の意識はほとんどなく、快楽に混濁し切っていた。それがたまらなく可愛くて、嬉しくて、馨が泣いて『やめて』と懇願するまで犯し続けた。『これ以上されたら狂ってしまう』と、そう言って泣き出すまで。
 体中に自分のものだという印を付けて、体に快楽を教え込んで。暗示にでもかける勢いで『俺のものだ』と囁き続けた。その度にがくがくと馨は頷いていた。

 思い出すだけで勃ちそうになるほど、その様は扇情的なものだった。

「馨」
「んん・・・」

 耳元で呼びかけると少しぐずってから、目が開く。しばらく状況を認識できないで瞬きを繰り返していたが、すぐに茹蛸のように真っ赤になった。

「ちょっ、いつまで裸でいるつもり?!うあっ、いた・・・」
「いつまでって、時間が許す限りいつまでもこうしていたいね、俺は。ねえ、もう一回しようよ」
「何馬鹿なこと!これ以上したら僕死ぬよ!」
「人間こんなことじゃ死なないよ」
「僕は死ぬの!」

 真っ赤な顔できゃんきゃんと喚き立てる馨を強引に胸の中に抱きこんだ。

「じゃあ、もうしないから。しばらくここにいて?」
「・・・」

 馨は答えなかったが、大人しく顔を胸に埋めてくれた。

「ねえ、馨・・・俺のこと、好き?」
「・・・」

 長い長い沈黙の後、馨は小さく頷いた。

「ほんと!?」

 また小さく頷く。顔を覗き込むとまた真っ赤になっている。

「まだ、ちょっと・・・触られるのは怖い気がするんだけど、南は優しいから・・・南は、大丈夫」
「馨・・・」

 きつく抱き締めると同じだけの力で馨が抱き返してくれた。

「怖いんだけどさ・・・多分、南以外の人に触られたら鳥肌どころじゃないと思う。でも、南のこと、僕、ずっと好きだったから・・・大好きな南が求めてくれるなら・・・僕の体を欲しいと思ってくれるなら、怖くても我慢できる」
「ん・・・」
「もし、南が本当は僕のこと汚いと思ってたとしても・・・好き。大好き。大好き、南」

 可愛いことばかり言うその口をキスで塞いだ。
 もしかしたら馨は、山口にレイプされたことよりも有也に暴言を吐かれたことの方が辛かったのかもしれないと思う。
 抱かれている間中、馨はきっと怯えていた。いつ、有也が掌を返したように冷たくなるのか、どんな風に罵られるのか、と。

「・・・もう、二度と傷付けない」
「ん」
「ごめんな」
「ん・・・」
「愛してる。俺の、馨」
「うん・・・」



 泣き出した馨の背をさすってやりながら、ずっとこのままこうしていたいと有也は思った。一生側にいたい。 馨の信頼を勝ち取りたい。心の底から安心して、全てさらけ出せる相手になりたい。
 それは、贖罪のためだけではなくて。
 有也は馨の細い体を撫でながら目を細めた。



 
 未熟な、初恋とも呼べないような10年前の恋は、今、こうして結実の時を迎えた。




  



End



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