2.




 水沢馨は、中2の1学期末という、中途半端な時期に転校してきた。
『転校生の水沢馨くんだ』
『初めまして、水沢です』
 終業式の後のHRで、担任に紹介された水沢は、いかにもガリ勉です、と言わんばかりの黒縁眼鏡が印象的な少年だった。
『席は南の後ろだ。頼りになる奴だから何でも聞くんだぞ』
『ハイ』
 ガリ勉っぽい印象に反して、その声は明るく、屈託のない笑顔は可愛らしかった。
『よろしくね、南くん』
『よろしく』
 軽く挨拶をして、それだけ。南は今日から始まる夏期講習のことで頭が一杯で、とても水沢まで気を回すことができなかった。だから、HRが終わるとともに声をかけようとしていた水沢を無視するような形で、席を立ったのだった。




「思い出してくれた?」
 小首を傾げるようにして水沢は南の顔を覗き込んだ。
「あ、ああ」
「思い出してくれた?っていうよりは、覚えててくれた?って聞く方が正しいのかな」
 良かった、分かってもらえて、と水沢は笑った。ずきん、と南の心が痛む。
「あー・・・ごめんな。終業式の日、俺、急いでて」
 頼りにしろと言われたクラスメイトに転校初日に無視されて、きっと心細かっただろうと思う。新学期になったら謝ろうと思っていた。
「え?ううん、いいよ」
「でも」
「本当、いいんだって。僕転校には慣れてるからさ」
 そういう水沢は、怒りを隠している様子はなく、むしろなぜ謝られているのか分からないというような表情をしていた。
 南はほっと胸を撫で下ろした。
「でも、やな思いさせたんじゃないか?」
「んー、ちょっとは寂しかったかもね?」
「ごめん」
「謝らなくていいよー。南くん、案外気にし屋さんなんだね」
 また、笑う。つられて南も笑った。
 顔を合わせるのは今日で2度目。まともに喋るのは初めてだ。
 もちろん南は人見知りしたりはしないが、水沢はとても話しやすかった。人を和ませる雰囲気があって、とてもリラックスできる。
 ほとんど初対面に近いのに、不思議だな、と南は思う。水沢は転校に慣れているというから、人に合わせるのが上手いのかもしれない。
「ところで水沢、こんなところで何してるんだ?」
「え?遊んでるんだけど。こんなところって何?そういえば住宅地のど真ん中にあるわりには人来ないなー、とは思ってたんだ」
「ここ・・・出るんだよ」
 言いながら、この公園で怪談話をするのは妙なものを寄せ付けそうで怖いと思い、南は水沢を連れて公園を出た。
「出るって・・・」
「幽霊」
 公園を出てしまえばこっちのものだ。南は水沢にこの公園にまつわる怖い話の数々を面白おかしく聞かせてやった。
「うーん・・・」
「何だよ、怖くないのかよ」
 さぞや可愛く怯えてくれるだろうと思っていた南の期待を裏切り、水沢は眉を顰めて公園を振り返った。
「この公園・・・別に何もいないよ」
「!」
「僕、たまに見えたりするんだよね。見えなくても感じることは多くて。でもこの公園は大丈夫だと思うよ」
「お、お前・・・」
 情けなくも南の表情は凍りついた。
「あ、ごめん。もしかして南くん、この手の話全然駄目な人?」
「いや・・・」
「そういえばさっきすごい声だったもんね。もしかしてお化けが出たとでも思ったとか?」
「や、やめろよ!」
 水沢の言葉に先ほどの醜態を思い出して真っ赤になる。水沢の笑い声をお化けが出たと勘違いして、裏返った声で怒鳴ったことを・・・。
 水沢は遠慮なしに笑い出した。
「わ、笑うなよ!」
「ごめん、でもおかしいよ。南くんそんなにカッコイイのに、お化けとか駄目なんだ?」
「うるさいな!ああいう目に見えないのにいるっていうのが駄目なんだよ!」
「なら目に見えないものなんて信じなきゃいいのに」
「信じてねぇ!信じてねぇけど!」
「怖いものは怖いんだ?」
「だから笑うな!」
 南が怒鳴ると水沢はようやく笑いを引っ込めた。だが、相当苦労して堪えているらしく、喉や口元がひくついている。
「・・・誰にも言うなよ」
「くっ・・・」
「だから笑うなって」
「ごめんごめん・・・くくく・・・」
「もういいよ・・・笑いたきゃ笑ってろ」
「ごめん、悪気はないんだ。何かちょっと意外だっただけで」
 南がそっぽを向いたことで気分を害したと思ったのか、水沢は真剣な表情で謝ってきた。
「初めて会ったときさ、すごいカッコイイ人だなーと思ったもんだから。ギャップに驚いちゃって。いや、今も十分カッコイイんだけど、何か可愛いっていうか」
「お前全然フォローできてねぇよ」
「ごめんごめん」
 怒ったような口調を作りながらも、怒りは本当はすでになかった。
「ねえ、今日のこと誰にも言わないからさ」
「何?俺を脅迫するつもりか?」
「そう。今日のことバラされたくなかったら」
 何を言うつもりなのだろう。先ほどまで大笑いしていた水沢の表情は真剣そのもので。
 まさか金を出せとでもいうつもりなのだろうかと、南は身構えた。
「何」
「僕と友達になって?」
 笑えるくらいささやかな脅迫のネタと、それに見合った可愛らしい交換条件。
 南は一瞬の間を置いて破顔し、低いところにある水沢の頭をかき混ぜた。
「もう友達だろ?」
「・・・うんっ」
 輝かんばかりの満面の笑みとともに返された答えに南は満足し、そして、やはりコイツは可愛い顔をしている、と再認識したのだった。




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