11.


 

 目を覚ました時、馨は一瞬、自分の居場所が分からなかった。

 視界を覆うのは一面の藍。体は温もりで包まれているのに、決して暑苦しくない。そして、この匂い。
 煙草の匂いの混じった甘い香水の匂いは、ここ1ヶ月で慣れ親しんだものだった。

(気持ちいー・・・)

 1度は目を開けたが、あまりの心地良さにとろりと目を閉じる。
 このまま、溶けてしまいたいと思った。

 夢現に、考える。
 昨日の夜、とても怖いことが起こった。
 でも、誰かが助けてくれた。
 あれは・・・。

 馨は閉じた目をはっと見開いた。腕を突っ張って頭を起こす。
 カーテンの隙間から差し込む光の中にいるのは、未だ眠り続ける綺麗な男。

「南・・・」

 視界を覆っていた藍は有也のシャツの色。体を包んでいた温もりは有也の腕。
 そのことに気付いて、馨は真っ赤になった。

「し、信じらんない。僕一体なんてとこで寝てんだろ」

 馨は有也の胸にしっかりと顔を埋め、そればかりか上半身が有也の上に乗りあがった状態で眠っていたのだ。
 恥ずかしさと申し訳なさに顔から火が吹き出そうだ。

「んん・・・今、なんじ・・・?」

 馨の身動ぎが伝わったのか、有也も目を覚ましたようだ。
 まだ完全に覚醒してはいないようで、目をごしごしとこすっている。

「えっと、今11時・・・」
「ん・・・あー・・・すげぇ寝た。10時間も寝たら寝すぎだよな」

 むくりと起き上がり、コンタクトぱりぱりだー、などと呟いている彼を馨は呆然と見詰めた。

「おはよ、馨」
「おは、よ、じゃ、なくて」

 喉の奥で声がつかえた。

「わー、さすがにシャツもズボンも皺だらけだ。いっそ裸で寝るべきだったか」

 凝視する馨を気にすることもなく、有也は呑気に笑っている。

 昨日の夜、とても怖いことが起こった。
 でも、誰かが助けてくれた。

 あれは、あれは。

 南。

 10年前に、汚いと、二度と顔を見せるなと罵った男。

 でも。

「なー、腹減った。何か食べるものある?」

 でも。

「なあ、馨って・・・馨?」


 

  

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