9.


 

 いつものように、馨の家で寛いでいた時のことだった。
 下らないバラエティー番組を2人で並んで見ていた時、インターフォンが鳴った。

「誰だろ、こんな時間に」

 時刻はすでに23時が近い。他人の家を訪れるには多少不躾な時間だ。

「心当たりないの?約束があったとか」
「ないよ」
「・・・俺が代わりに出ようか?」
「ん、大丈夫」

 再びインターフォンが鳴って、馨は立ち上がった。

「はいはい・・・あ、斉藤」

 どうやら知り合いだったらしい。有也は少し安心して、テレビに視線を戻した。

「こんな時間にどうしたの?」
「いや・・・急にごめん。中、入れてくれないか?」
「え・・・?」
「こんな外でしたい話じゃないんだ。なあ、駄目か?」

 聞く気はなくても聞こえてくる会話。有也は息を潜めて成り行きを伺っていた。
 馨が出て行けと有也に言うのなら、素直に従おうと思う。けれど、斉藤という男の声の持つ切羽詰った響きが、有也の危機感を煽っていた。
 嫌な予感がする。

「・・・ごめん。散らかってるから。ここで話そう」
「・・・そっか。・・・あのさ、少し前に、水沢に好きだって、俺言ったじゃん」
「・・・うん」
「あの時、お前逃げたけどさ・・・俺、やっぱり諦められなくて・・・もう一回、考えて欲しいと思ったんだけど」

 数十秒、無言の時が流れた。

「ごめん」

 そして、沈黙を破ったのは馨の静かな謝罪の言葉だった。

「斉藤のことはいい友達だと思ってた。でも、そんな風に思われてるなら、友達ですらいられない」
「なっ」
「僕には、そんな気持ちはない」
「何でだよ!」

 どん、と壁が軋んだ。

「散々勘違いさせといて、今更それはないだろ!?」
「・・・斉藤がどんな勘違いをしたのか僕は知らない。でも、」

 馨の声が不自然に途切れた。

「でも、じゃねぇよ。あれだけ誘っておいて、今更・・・」
「やっ・・・」
「お前が悪いんだからな」
「いやっ、いやーっ!」

「馨!」

 我慢ができなくなって、有也は立ち上がった。
 馨は斉藤に組み敷かれて必死で暴れていた。

 呆然と、斉藤が有也を見上げる。

「放せよ、そいつ」
「なっ・・・」

 斉藤は驚きのあまり動けないでいた。

「いやっ、いやーっ!放して、放して!」

 馨はその間も、狂ったように叫んでいる。
 おそらく、10年前の怖い記憶が馨を苛めているのだろう。

「みな、南・・・南、許して・・・」

 そして、目の前には、あの時ひどく馨を詰った男がいて。

「放せ。早く」

 馨は辛そうに息をしていた。酸欠か、過呼吸か・・・どちらにしても早く宥めないと辛いだけだ。それに、あまり大声を出されると近所迷惑にもなる。

 斉藤はまだ呆然と、有也を見上げていた。

 埒が明かない。

「・・・ひっ、いやっ!」

 有也は斉藤の下から、半ば無理矢理馨の体を引きずり出した。
 その行為に怯えて、また大声を出そうとする馨にキスをして封じた。

 何度も何度も、キスをした。震える唇をこじ開けて舌で隅々まで犯した。
 何のためのキスなのか途中で忘れてしまうほど、夢中になった。

「馨」

 キスに酔って、焦点の定まらない馨をもう一度抱きなおす。

「馨」
「みな、み・・・」
「いい子。いい子だ」

 子供をあやすように背中を叩いてやりながら、玄関で立ち尽くしている斉藤に視線をやる。

「やま、山口が、」
「うん。山口はもういない」
「山口が、僕を」

 斉藤の行為によって、記憶がフラッシュバックしてきている。
 自分にとっても忘れていて欲しかったものだけに、斉藤が憎くなる。

「南が、みなみが」
「うん。俺が」
「みなみ・・・」
「うん。怖かったな。大丈夫。もう怖くないから」
「うぇ・・・っ・・・」

 有也に抱き付いて嗚咽を漏らし始めた馨の頬に優しくキスをして、もう一度斉藤を見上げた。
 今度は、睨みつける。

「っ」

 顔が綺麗なだけに、怒った時の有也の迫力は半端なものではない。斉藤も一瞬怯んだ。

「もう、帰れ。今はまともに話せる状態じゃないから」
「でも・・・」
「でもじゃねぇよ。殴るぞ。まともに話せないのはこいつだけじゃねぇんだよ」

 そう。有也自身も、怒りに我を忘れそうになっていた。



  

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