8.


 
 それから、有也は毎日のように馨の部屋に通うようになった。
 まともな食事をしていない、と言ったら馨が同情して、馨の方から夕食を一緒にすることを提案してくれたのだ。
 もちろん、有也に断る理由もない。馨の料理はおいしいし、少しでも一緒にいたいというのが本音だったからだ。
 いそいそと馨をバイト先まで迎えに行って、馨の部屋から出勤する。同伴やミーティングのない日の日課になった。
 そんな日々が、1ヶ月続いた。下心を全くないもののように押し隠して。
 それは、有也の忍耐を試し続ける日々だった。

 有也は、気付いていた。
 馨は、未だに誰かに触られることに強い恐怖を抱いている。
 10年前のことを思えばそれは当然。中学生の体を、大人の男に力でいいようにされたのだから。
 そして、その馨にひどいことを言って更に傷付けたのは他でもない、自分。これで恐れるなと言う方がおかしい。

 けれど、10年だ。10年もあったのだから、その傷は癒えているかもしれないと思った。とても都合のいい考えだけれど。
 でも、ふとした瞬間に少し触れただけで、あからさまに体を硬くするのだ。

『ご、ごめんね。別に南が怖いとかじゃないんだけど・・・何か』

 そういって、いつも申し訳なさそうに顔を俯ける。

 怖いのなら、家になど入れなければ良いのに。
 もう来ないで、と、そう一言言ってもいいのに。

 最後通牒を突きつけられないから、中途半端に期待してしまう。あんなに怖がっている馨を目にしても、どこかで許されているのではないかと、思ってしまって。
何事もなかったかのように、翌日にはまた馨の部屋に上がりこんでいる自分がいる。

 どうしようもないトラウマ。深すぎる心の傷。
 癒えるのを待とうと、有也はずっと思っていた。傷が癒えて、馨が振り向いてくれる日を待とうと思った。あんなに傷ついている馨を、更に傷付けるなんてしたくない。

 でも。




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