7.


 

 有也は、基本的にその食生活のほとんどを外食に頼って生きている。
 たまに、本当にごくたまに、姪への貢物と引き換えに兄嫁に手料理をご馳走してもらう程度で、手料理というものにはとんと縁がない。
 もちろん、有也の容姿と収入を見れば女性が放っておくわけはなく、料理を作ってあげる、という女性は後を絶たない。が、アフターケアの煩わしさから、有也はここ何年も特定の相手というのを作っていなかった。
 有也はホストであり、この先もホストとして、男である自分を売り物にしていかなければならない。そんな彼に、恋人というものは仕事の邪魔にしかならないのだ。
 なぜなら、有也は恋人以外の相手にも必要とあれば「愛している」と囁くだろう。滅多にないが、必要とあれば、その体を抱くことさえ厭わない。大抵の場合、それに恋人は耐えられない。付き合ってしばらくすると必ず喧嘩になる。
 それがまず、面倒臭い。
 そして、それを宥めなければ関係を続けていけないのだ。考えるだけでうんざりだ。
 また、客の中には、『あわよくば有也の彼女になりたい』という思いで通って来る者もいる。その思いも結構煩わしいものだが、それが自分の収入に繋がるのだと思えば邪険にできない。
 そういう客は、有也に恋人がいると知ったら離れていく。
『女心を弄んで、卑怯者』とはよく詰られる。けれど、利用できるものは全て利用しないと勝ち上がれない。見た目ほど華やかで綺麗な世界ではないのだ。

 そんなわけで。
 たまには素朴な味の手料理が食べたいと思っても、誰も作ってくれる人はいない。自分で作ることもあるが、やはり何か物足りない。
 有也は手料理の味というものに飢えていた。

『僕、あんまり料理上手じゃないよ』
 途中で立ち寄ったスーパーで、馨は照れたように言った。
 けれど、慣れた手つきで食材の期限と値段、鮮度を確認してカゴに放り込んでいく様にはそれなりの年季が伺えた。

 馨に誘導されて、馨の住んでいるというアパートに着く。おんぼろというにふさわしい、木造2階建てアパート。今時都内にこんな物件があったとは、と有也は軽くカルチャーショックを覚えた。
「ごめんね。汚いけど、入って?」
「お邪魔します」
 8畳程の和室に、小さなキッチンが付いている。室内は多少古臭さと狭さを感じるも、綺麗に片付けられていて、汚いとは思わなかった。
「ごめんね。暑いよね。今エアコンつけるから、座ってて」
 言われるままに座布団の上に腰を下ろす。馨はぱたぱたと忙しなく動き回り、小さなちゃぶ台の上に冷えた麦茶を出してくれた。
「すぐご飯作るから、待っててね。テレビでも見てて」
 時刻はすでに20時を回ろうとしていた。

「お前、いつもこんな時間に家に帰ってご飯作ってるの?」
「え?うん。その方が経済的だし。もっと遅い時もあるよ」
「偉いなー、お前」
 ふふふ、とくすぐったそうに馨は笑ってキッチンへ立った。

 テレビでも見てろ、と言われたが、見る気にはならなかった。
 小さなキッチンで、一口しかないコンロの前でちょこちょこと動き回る馨を見ているのが、楽しかったから。
 ちゃぶ台に頬杖を付いて、黙って馨の動きを見ていた。



「お待たせ」

 30分ほどして、チーズの焼けるいい匂いとともに馨が戻ってきた。

「ん。いい匂い」
 はにかんだような笑みを浮べながら、馨は手際よくちゃぶ台に料理を並べていく。パングラタンとスープだ。
「南、好き嫌いなかったよね?」
「全然ない。何でも食べる」
 グラタン皿に綺麗に並べられた四角いパン。ほうれん草とベーコンと玉ねぎとホワイトソースが上からかかっている。ほうれん草と卵のスープも美味しそうだ。
「ごめんね。ちょっと食材けちっちゃったから、ほうれん草三昧」
「いや、美味しそうだよ」
「味は保障できないけど、食べてみて」
「頂きます」

 味は見た目を裏切らないものだった。
 手は込んでいるけれど、手料理独特の素朴さがあって、有也はとても満足していた。馨が正面で、笑いながら世間話をしてくれるのも嬉しかった。


 改めて、好きだと思った。




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